はじめに
こんにちは!市川です!
僕は日本登山医学会認定の国際山岳医で「登山をもっと安全に」をテーマに登山に関する医学的内容を発信しています。
今日のテーマは「暑熱順化(しょねつじゅんか)」です。
僕の住む長野県松本市はまだ朝夕は涼しくて、肌寒い感じすらしますが、日中はかなり暑くなってきましたね。
暑熱順化は今後の本格的な夏山シーズンに向けてとても大事なテーマです。
暑熱順化
✔️何それ?
✔️なんとなく聞いたことがある。
✔️熱中症対策でしょ。
などなど、人によってそれぞれだと思います。
「暑熱順化」をすることで、
暑さに対する耐性がついて、熱中症になりにくくなるばかりか、運動パフォーマンスが向上します。
この記事では「暑熱順化」について登山医学の視点からわかりやすく解説します。
以下のような疑問が解消しますので、是非ご一読下さい!
🔥 暑熱順化が不十分だと起こるリスクとは?
暑熱順化が不十分だと、
といったデメリットがあります。
熱中症のリスク増大

順化していない体は、
①発汗開始が遅れる
②発汗量も少ない
③体温が上昇しやすい
という特徴があります。
結果的に体温が急上昇しやすく熱中症リスクが高まります。
脱水・電解質喪失による筋痙攣・判断力低下
汗中のナトリウムが多く失われると、足がつりやすくなり、めまいや集中力低下が起きます。

あれ?さっき発汗量が少ないって書いてあるじゃん
何で発汗量が少ないのにナトリウムが多く失われるの?
と思った方は鋭いですね。
理由は3つあります。
①発汗の開始が遅れたり、発汗の「効率」が悪い。
②汗のナトリウム濃度が高い
③事前に蓄積しておける体液量が少ない
①発汗量が少ないのは、高温環境にさらされた初期の話です。
高温環境にさらされてまもなくは「発汗開始が遅く」「発汗量も少ない」です。
しかし、結果として、高体温になってしまうため、高体温になれば発汗量は一気に増加します。
⭕️暑熱順化できていれば、深部体温に合わせて必要量の汗が出る(体温調整機能として効率よく汗が出る)
❌暑熱順化できていないと、発汗の開始が遅れたり、発汗の効率が悪い(体温が上がってからドバッと汗が出る)。
→結果として、体温上昇に見合う効率的な冷却が難しくなる。
②暑熱順化できていないと、同じ汗の量でも失われるナトリウム濃度は多くなります。
なので低ナトリウム血症と呼ばれる電解質異常は、より起こりやすくなります。
そうなると判断力が低下して、道迷いなどのリスクが上がります。
「最悪の場合には低ナトリウム血症そのもので命を失うこともあります」
③暑熱順化できると全身の水分量および細胞外液(血漿)量が増加します。
簡単に言えば「体液の貯蔵庫」が拡大している状態です。
逆に暑熱順化できていないと、そもそもの貯水量が少ないので、脱水になりやすいのです。
脱水・電解質喪失と筋痙攣(足がつる)の関連は過去記事をご参照下さい!
運動パフォーマンスが低下する
未順化の状態では、暑熱環境下での運動パフォーマンスが著しく低下することが知られています。(1,2.
順化していない体では、
①体温上昇に伴う心血管系への負担が大きくなり、
②相対的な運動強度が増加し、
③疲労感がより大きくなります。
また、少しの暑さでも心血管系への負担が大きくなるということは、中高年登山者や心疾患の既往がある人では山中で心臓病を発症・増悪するリスクが高まりますので、特に注意が必要です。
暑熱順化のしくみ|体がどう変わる?

1. 皮膚血流の増加と熱放散の効率化(1
暑熱順化により皮膚血管拡張が早期に起こり、より多くの血流が皮膚へ向かい、熱放散が促進されます。
皮膚の血流を増やすことでラジエーターの働きをして、体温を温度を下げるんですね。

2. 発汗開始の早期化と発汗量の効率化(4
体温上昇に対して早期から発汗することで、気化熱による体表面からの蒸発冷却が促進され、深部体温の上昇を抑制します。体温上昇に見合った効率的な発汗をすることで結果的に発汗量は抑えられます。

3. 汗中のナトリウム濃度の低下(1,2
暑熱順化の最も重要な適応の一つは、汗腺がナトリウムを再吸収する能力が向上し、汗中の電解質(特にナトリウム)の損失が減少することです。
メカニズムは以下の通り
アルドステロン分泌が促進され、汗腺におけるNa⁺再吸収が強化→ナトリウム損失の軽減
それによって得られるメリットは以下の通り、
1. 脱水と筋痙攣(こむら返り)の予防になる
2. 低ナトリウム血症のリスクを下げる
3. 発汗量が増えても身体が耐えられる
※運動誘発性低ナトリウム血症については後日あらためて記事にします。
4. 心拍数の減少と循環効率の改善(1,4
そもそも順化できていない状態で運動すると・・・
✔️皮膚血流を増やす(体温を下げるため)
✔️筋肉もたくさん血液(酸素・カロリー)を必要とする
➡️心血管負荷が増大するので、心拍数を上げてカバー
暑熱順化が進むと・・・
同じ運動強度であっても、心拍数の上昇が抑制され、より低い心拍数で運動が可能になる。
【メカニズムは?】
①全身の交感神経活動の低下
②暑熱順化により、総体液量(血漿量)が2~3L、または体重の約5~7%増加
➡️一回拍出量(心臓が一回の拍動で送り出す血液量)の増加
➡️心臓はより少ない心拍数で同じ量の血液を送り出すことができる
➡️運動持久力の向上、疲労軽減
5. 体液量(血漿量)の増加
前述のとおり、暑熱順化により血漿量が増加することで循環血液量が拡大します。
その結果、
①運動持久力の向上、疲労軽減
②体液量が増えることで脱水になりにくい
といったメリットがあります。
⛰️登山者としての暑熱順化の5つのメリット
前項の仕組みをふまえると登山における暑熱順化のメリットは以下の5つになります。

🏔 登山者におすすめの暑熱順化の実践法

暑熱順化の仕組みとメリットはわかったけど、
じゃあ、暑熱順化するには何をどのくらいの期間やればいいの?
順化にはどのくらいの期間が必要?
初期適応(心拍数・体温調節)は3〜5日で始まり、発汗機能や電解質保持などの完全適応には10〜14日を要するとされています。
最低5日間、できれば7〜14日間は暑熱順化トレーニングを行うようにしましょう。
どんな運動がいいのか?
60〜90分の軽~中強度の有酸素運動を暑熱環境下で毎日実施(3
まずは前提として・・・
💧熱中症のリスクを減らすため、活動前に十分な水分補給を行いましょう。
💧トレーニング中にも十分な水分補給を行いましょう。
暑熱順化トレーニングだから水を飲まないようにするのは、トレーニング中に熱中症になってしまうため本末転倒です。
以上の前提を守った上で、
暑熱環境(WBGT>28℃)の屋外で低山登山、ジョギングを行うのがベストです。
1回あたりの運動は60〜90分ぐらい行うのが望ましいです。
屋内での実施であれば、クーラーが効いていない暑い部屋での自転車漕ぎや階段昇降になりますが、暑いし、楽しくないので、できれば屋外の方がいいですね😅
🌡️ WBGT(湿球黒球温度)とは?
「暑さ指標」として表現されており、湿度・日射・輻射熱を含めて評価した温度です。
気温だけよりも熱中症リスクを正確に判断できるため、最近は天気予報でもよく利用されていますね。
⭕️気温30℃でも湿度30%とカラリとしていればそこまで熱中症リスクは高くない
❌気温26℃でも湿度90%とジメジメしていると熱中症リスクは警戒レベル
運動強度の目安は?
運動強度の目安は最大酸素摂取量(VO₂max)の40〜60%程度です。
具体的には「軽い息切れはあるが、会話ができる程度」でOKです。
過去の研究では「50% VO₂maxの60分運動」と、「75% VO₂maxの30分運動」は同等の順化効果であったという報告(5がありますので、暑熱順化に高強度トレーニングは必要ありません。
ゼーゼーハーハーと息を切らしながら運動する必要はなく、おしゃべりしながらの低山登山・ジョギングで十分です。
※VO2max(ぶいおーつーまっくす):別記事で説明しますが、あなたが実施できる最大強度の運動限界です。
以下は目安です。人によって体力(VO2max)が異なるので絶対的な指標ではなく、相対的な指標です。
低強度 | 〜40%VO2max | ゆっくり歩く程度 |
中強度 | 40〜60%VO2max | 少し息は上がるが会話は可能 軽いジョギング |
高強度 | 60〜85%VO2max | 会話が困難 インターバル走、ヒルトレーニング |
最大強度 | 85%VO2max〜 | 全力疾走レベル 短時間しか運動できない |
暑熱順化はどのくらいの期間維持されるのか?
暑熱順化は以下のように失われていくとされています。
効果の減衰開始 | 約3日後 |
約50%の減衰 | 1〜2週間後 |
ほぼ完全に消失する | 3〜4週間後 |
一般的には、「2週間以上空く場合は再順化が必要」とされています。
普段がデスクワークで仕事では暑熱環境にいない職業(我々医師もそうですね)の方達は毎週末登山していればいいですが、2週間空くときには注意が必要です。
たった2週間で半分以下・・・というのは残念な結果ですが、
「再順化は短期間(3〜5日)でも有効」です。
登山期間が2週間以上空いてしまう場合には、登山数日前からジョギングをしておけば大丈夫です。
理論上は「3〜4日に1回は暑熱環境下でジョギングしておけば維持できる」と言うことですね。
♨️ サウナや入浴だけで順化できる?

サウナや入浴でも暑熱順化に有効だと聞いたことがあるけど・・・
どうなんでしょうか?
「熱中症予防や暑熱順化のためには入浴がよい」としている情報はよく目にします。
これは一部は正しいです。
結論から言うと、
「サウナや入浴でも暑熱順化に有効ではあるが、効果は限定的」であくまで補助的に使用する
サウナや入浴で得られる効果と得られない効果は以下の通りです。
【サウナ・入浴で得られる効果】
【サウナ・入浴で得られない効果】
運動後の入浴(40℃、40分)を10日間継続したことで、
✔️深部体温・心拍数の低下
✔️運動中の発汗量の増加
✔️主観的熱ストレス感の減少
➡️暑熱順化の効率が改善したという報告があります。(6
上記論文のポイントは「運動後」というところです。
運動後にサウナ・入浴することで暑熱馴化のスピードと質を改善させるとされています。
しかし、入浴やサウナ単独では心拍数の減少や血漿量の増加はみられても、運動パフォーマンスは改善しないことが知られています。
サウナに入るだけで体力がつくわけないですよね😅
サウナ・入浴は運動後に利用するのがベストです。
まとめ
まとめです!
《暑熱順化をしないデメリット3つ》
❌熱中症リスクが上がる
❌脱水・電解質喪失が増加→足が攣りやすくなり、判断力も低下
❌運動パフォーマンスが低下→疲労感を感じやすい
《暑熱順化をするメリット5つ》
⭕️皮膚血流の増加し、効率よく体温を下げる
⭕️発汗が早期から得られて、効率よく体温を下げる
⭕️汗中ナトリウム濃度が低下することで、電解質喪失による筋痙攣を防ぐ
⭕️心拍数の減少と体液量増加により、運動パフォーマンスの向上
⭕️体液量が増加することで、脱水になりにくい
暑熱順化は夏季登山中の熱中症を予防するだけでなく、「こむら返りを防ぐ」、「疲労を感じにくい」、「脱水になりにくい」など快適に登るためには非常に重要です。
もう夏山シーズンは目の前です!
今シーズンは皆さんの夏山装備に「暑熱順化」を是非加えて下さい!
以上です。最後まで閲覧いただきありがとうございました!
引用文献
- Sawka MN, et al. Integrated physiological mechanisms of exercise performance, adaptation, and maladaptation to heat stress. Compr Physiol. 2011;1(4):1883-1928.
- Périard JD, et al. Adaptations and mechanisms of human heat acclimation: Applications for competitive athletes and sports. Scand J Med Sci Sports. 2015 Jun;25 Suppl 1:20–38.
- Wilderness Medical Society Clinical Practice Guidelines for the Prevention and Treatment of Heat Illness: 2024 Update
- Nielsen B, et al. Human circulatory and thermoregulatory adaptations with heat acclimation and exercise in a hot, dry environment. J Physiol. 1993;460:467–485.
- Houmard JA et al. The influence of exercise intensity on heat acclimation in trained subjects. Med Sci Sports Exerc, 1990;22(5):615–20
- Zurawlew MJ, et al. Post-exercise hot water immersion induces heat acclimation and improves endurance exercise performance in the heat. Scand J Med Sci Sports. 2016;26(7):745–754.
コメント
暑熱順化毎年必要性を感じていますが、フルタイムで働いていると中々毎日60~90分を確保するのは難しく、それでも汗活の為に毎日クーラーを消した部屋で30~40分程エアロダンスをするようにしていますが、それでは到底順化にはおよばないと今回のブログを拝見し少々焦っています。
それにしても順化するにも連日34度~35度の関西は歩くだけで汗が吹き出します。
近年の北アルプスも暑さが増し、夏本番の夏山が恐怖です。
遠藤さん
そこまで生真面目に考えなくても「毎日クーラーを消した部屋で30~40分程エアロダンス」でも十分だと思いますよ。
「連日34度~35度の関西は歩くだけで汗が吹き出します」これも暑熱順化になっていると思います。
なにも毎日60分以上の運動を確保する必要はなくて、それこそウォーキングも含めてかまわないので、30度超えの中で駅まで歩くとかも含めて1日Totalで60分ほど汗をかく活動していれば十分だと思います。
根つめて暑熱順化すると、暑熱順化そのもので倒れてしまうので、手を抜きながらやって下さいね(^_^;
30分のエアロダンスでも順化は可能との事で少し安心しました(^-^)
とにかく夏山に向けて春頃から徐々にトレーニングし始め6月ぐらいから暑熱順化に取り組み始めますが、年々の猛暑化に追い付けなくなってる気がしていました。
[根つめて暑熱順化すると、暑熱順化そのもので倒れてしまうので、手を抜きながらやって下さいね(^_^;]
ホントに。順化で疲弊しそうですね^^;
手を抜きつつ取り組みます。
ありがとうございます。