はじめに
こんにちは!市川です!
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今日のテーマは「ハチ刺されによるアナフィラキシー」です。
スズメバチは7月頃から活発になり、8月~10月にかけて最も攻撃性が高まります。
特に9月頃は新女王バチが誕生し、巣の規模が最大になり、巣を守るための警戒心と攻撃性がピークに達する時期です。
日本では毎年20人前後が蜂刺されで命を落としており、これは野生動物による死亡原因の中で最多です。
厚労省・環境省の統計でも、蜂刺されによる死亡の約7割が7〜10月に集中していますので、今一度、ハチ刺され対策をしっかり学んでおきましょう。
今回の記事を前回の前編にひきつづき読んでいただければ、以下のことが分かります。
アナフィラキシーショックは1つ対応を間違えれば命に関わります。
いざそのときに迷うことなく行動できるように、是非最後まで読んで、これから来る秋山シーズンに望みましょう!
前編記事はこちら👇
ハチ刺されによるアナフィラキシー
前編では局所つまり刺された部位のハチ毒による痛み・腫れに対する対策を解説してきました。
しかし、皆さんご存じの通り、ハチ刺傷で本当に怖いのは全身反応つまりアナフィラキシーショックですね。
ハチ刺傷によるアナフィラキシーの頻度
蜂刺されでは、ほとんどの場合「刺された部位が腫れて痛い」という局所反応で終わります。
しかし一部の人は、全身反応=アナフィラキシーを起こします。
ハチに関しては他のアレルゲンよりもアナフィラキシーの比率が高いとされています。
ハチ刺傷4,482例のうち、
✔️アナフィラキシーを示したのは19.2%(862例)
✔️アナフィラキシーショックまで至ったのは約1%
と報告されています。
山と溪谷社, 小川原辰雄著「人を襲うハチ 4482件の事例からの報告」
しかも、やっかいなことにハチ毒によるアナフィラキシーは食物や内服薬と比較して、早期にアナフィラキシーシになることが分かっています。
つまり、迅速な判断が必要ということです。

一般社団法人日本アレルギー学会,アナフィラキシー ガイドライン2022 より引用・作図

ハチ刺されによるアナフィラキシーは5分以内に起こる
アナフィラキシー発現から15分で心停止してしまう
冒頭で触れたようにハチ刺傷による死亡は、あらゆる野生動物被害のなかで最多です。
そのほとんどがアナフィラキシーによるものです。
したがって、ハチに刺された場合にアナフィラキシーなのかどうかを判断することが最も重要です。
アナフィラキシーとアナフィラキシーショック
アナフィラキシーの重症型がアナフィラキシーショックです。

アナフィラキシーだけでも十分重症なのですが、アナフィラキシーショックまで至ると心肺停止一歩手前という感覚です。
具体的には以下のとおりです。
ただし、山中で両者を明確に分ける必要はありません。
アナフィラキシーでも十分に重症ですし、時間経過でアナフィラキシーショックに移行することも多々あります。
対応としてはどちらも同じなので違いに関しては気にしなくても大丈夫です。
アナフィラキシーを見極めるポイント
アナフィラキシーなのかどうかを判断するのは命に直結するため非常に重要です。
今この場にエピペンがあったとして、それを打つ勇気はありますか?
必要なのは勇気ではなく、知識です。
アナフィラキシーだと判断出来ればエピペンを打つ勇気は自然と湧いてきます。

ハチに刺された後、
✔️ 呼吸器症状:咳が出る、息苦しい
✔️ 循環器症状:顔色が悪い、立っていられない
✔️ 消化器症状:繰り返す嘔吐、腹痛
こんな症状が1つでも出れば、「アナフィラキシー」です。
平地なら救急車が数分で来ますが、山での救助は数時間〜1日以上かかることはザラにあります。
そのため、早めにアナフィラキシーとして対応することが命を守るカギです。
アナフィラキシー時の対応とエピペンのよくある疑問
アナフィラキシーを疑ったらためらわずエピペン!

アナフィラキシーと判断したら・・・
エピペンがあればためらわずに打ちましょう。
打つ場所は太腿の前外側です。
具体的な打ち方はこちらのメーカーサイトの説明がわかりやすいのでご参照下さい。
しっかり覚えておかないと間違えると事故にも繋がります。
エピペンを打ったら、もしくはそもそもエピペンがなければ、上図のように症状に合わせてケアをしつつ救助要請をしましょう。
それではここから先はエピペンにまつわる良くある疑問にお答えしていきます。
ただのハチアレルギーだけの人に打ったら、意味がない?

アナフィラキシーと間違えて、ただの蕁麻疹に打ったら意味がないんじゃなの?
それどころか有害なのでは?
たまに上記のような質問をもらうことがあります。

アナフィラキシーを疑ったら、ためらわずエピペンを打ってください。
それがただの蕁麻疹だったとしても大丈夫です。
アナフィラキシーを疑ったら、ためらわずエピペンを使用。
アナフィラキシーではなく、蕁麻疹だったとしても何の問題もありません。
蕁麻疹もエピペンで治まります。
【エピペン(アドレナリン筋注)の効果】
エピペンの効果は上記の通りです。
エピペン=アドレナリンなので、ショックに対して血圧を上げるために投与していると思っている医師・看護師もいるかもしれませんが、実際には上記のようないろんな作用があります。
β2作用があるため、アレルギー反応を引き起こす化学物質を抑えるため蕁麻疹そのものも抑制して、その先に繋がりうるアナフィラキシーの発症を抑えてくれます。
逆にアドレナリン筋注(エピペン)が遅れることで、
✔️アナフィラキシーが重症化してエピペンが効きづらくなる
✔️2峰性反応(一旦エピペンで治まっても数時間後にぶり返す)が起きやすくなる
とされており、世界中のどのガイドラインでも「迷ったらアドレナリン筋注をする」というのがコンセンサスになっています。
エピペンを本人の代わりに打ってもいいのか?

エピペンの重要性はわかったよ。
でもエピペンは処方された本人が使わないとダメなんでしょ。
俺は医者じゃないし、使えないでしょ。

でも、家族なら使っていいって聞いたことがあるよ
本人が使えない状況なら周りの人が使ってあげてもいいんじゃない?
エピペンを持っている同行者がアナフィラキシーになって意識もうろうとしている。
エピペンを自分で打てるような状態ではない。
同行者である自分が代わりに打って上げていいのか?
これもとても良くある疑問ですね。
結論としては、
代わりにエピペンを打っても問題ありません。
原則は「処方された本人が自己注射する」のが基本です。
しかし、例外として、
⭕️家族
:対象が子供の場合は親も使用法の指導を受ける
⭕️救急救命士:救急救命士法で規程
⭕️学校や保育所の関係者
:医師、家族からの承諾が必要
も法律やガイドラインで使用を許可されています。
学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン(令和元年度改訂)
保育所におけるアレルギー対応ガイドライン(2019年改訂版)
したがって、
友人だとしても医療資格のないの第三者がエピペンを使用しても良いのかどうかは法律・ガイドラインには記載されていません。
「じゃあ、ダメじゃないか」となりそうですが、
エピペンのメーカー(ヴィアトリス)が緊急時に上記に該当しない第3者が使用することをについて厚生労働省に問い合わせをしています。
その回答は以下の通り
医療施設外においてアナフィラキシーショックで生命が危険な状態にある患者に対し、救命の現場に居合わせた一般生活者(エピペンの使用方法の教育を受けた者、受けていない者問わず)もしくは看護師が、アドレナリン自己注射薬を自ら注射できない本人に代わって注射することは、緊急性を要することと反復継続する意図がないものと認められるため、医師法第17条によって禁止されている医師の免許を有しない者による医業に当たらず、医師法違反にならないと考えられる。
厚生労働省らしく何やらわかりにくい文章ですが、要約すると・・・

エピペンの使用法を教育されていない第三者であっても、生命の危機がある状況なら代わりにエピペンを使って上げても良いよ。
ということになります。
公式文書はありませんが、厚生労働省が上記見解を述べており、ヴィアトリスも我々医師にその旨を説明しています。
刑法上の緊急避難の考えからも、代わりに使用しても医師法違反に問われることはまずないでしょう。
登山中のエピペン使用で考えられるいろんなケースを検討しよう
✅登山者としてAさん、Bさん、Cさんに登場してもらいます。
✅3人で登山をしています。
✅Aさんはもともとハチでアナフィラキシーの既往があり、医師から処方されたエピペンを持っています。
ケース①:3人とも医師ではない。エピペンを持参しているAさんがアナフィラキシーになる。

これは前述のケースですね。
刑法上の緊急避難からも厚生労働省の見解からもAさんが生命の危機に瀕しているのであれば、BさんもしくはCさんがAさんのエピペンを代わりに使用して救命するのは問題ありません。

Aさんのエピペンを第三者が代わりに使用することは可能
ケース②:3人とも医師ではない。エピペンを持参していないBさんがアナフィラキシーになる。

次はちょっとややこしいです。
Aさんはもともとハチでアナフィラキシーの既往があり、医師から処方されたエピペンを持っています。
ここでBさんがハチに刺されてアナフィラキシーになってしまった場合はどうでしょうか?
「その場にエピペンはあるけど、Bさんのために処方されたものではない」ということです。
非常に難しいジレンマを抱えていますね。

結論としては、
AさんのエピペンをBさんには使用すべきではありません。
✔️ 医師法違反
エピペンの注射は「医行為」にあたります。
医師法第17条には「医師でなければ、医業をしてはならない」と定められており、医療資格を持たない人が、他人に対して医行為を行うことは、原則として医師法違反となります。
✔️ 医療上の問題
Aさん、Cさんは医師でないので、本当にBさんがアナフィラキシーなのか正確な判断ができません。
別の理由でショック状態になっている可能性もゼロではありません。
また、本来は体重に応じてアドレナリンの投与量も変わりますので、その辺も医師でないと判断ができません。
以上の理由からは「エピペンを打つべきと言うのは難しい」です。
救命のため他に方法がなく、Bさんが生命の危機にある場合には「緊急避難」として使用する判断はあり得るとは思います。
ただし自己責任であり、法的にも医学的にもグレーゾーンであることは認識しておくべきです。
ケース③:Cさんが医師。エピペンを持参していないBさんがアナフィラキシーになる。

Cさんが医師の場合にはどうでしょうか?
🐝 Aさんに処方されたエピペンがある
🐝 Aさんは元気
🐝 Bさんはハチに刺されてアナフィラキシー

Cさん(医師)がBさんに対して他人のエピペンを使用するのは問題ありません。
(Aさんの許可はもちろん必要です)
Cさんが医師であれば、先ほどの医師法の問題、医療上の問題はいずれも解決します。
唯一の問題は、薬機法上「処方薬を他人に投与」は通常禁止になりますが、持ち主であるAさんが許可さえすれば、医師の診療行為として緊急時に必要な薬剤を投与することは可能です。

Bさんにエピペンを使ってしまった後で、Aさんも実はハチに刺されてて、後でアナフィラキシーになったらどうするの?
Cさん(医師)は責任を問われるんじゃないの?
痛いところを突いてくる嫌な質問ですね😅
Cさんの心情的には「やってしまった・・・」と悔やむ気持ちが出るかもしれませんね。
しかし、
Aさんのアナフィラキシーショックに対する責任は問われない可能性が高いです。
その理由は2つあります。
⭕️医師の診療行為としての正当性
「アナフィラキシーショックに陥ったBさんにエピペンを投与する」という判断は、標準的かつ妥当な医療行為です。その場にある最善の医療資源(Aさんのエピペン)を使用することは緊急避難にあたると判断される可能性が高いです。
⭕️予見可能性と過失
医師は「未来の出来事」を予見できる範囲でのみ責任を負います。
Bさんが命の危機にさらされている状況で、CさんはBさんの診療をしているのであり、その時点でAさんの未来の出来事を予測しなければならない立場ではありません。
Aさんが自分のエピペンを使用してもいいと許可したのであれば、実はAさんもこの後アナフィラキシーになるというのは簡単に予見できる状況ではないと思われます。
エピペンが1本しかない状況で、
・Bさんは命の危機にさらされている
・Aさんは今は元気
その状況では、医師であれば、現時点でより重篤な症状を呈している患者を救うことが優先されます。
もちろん絶対に問題にならないわけではありません。
訴訟に発展することもあり得るでしょう。
そのためにも山中であったとしても病院と同じようにできるだけ正確に診療記録を残すことが重要になります。
「山の中でカルテなんて書いている場合じゃないよ」と思うかもしれません。

スマホで写真や動画でたくさん記録を撮りましょう。
正確な時間とともに画像、映像が残りますので、十分な記録になります。
以上、3ケースをまとめると下図のような感じになります。

まとめ
まとめです!
ハチ刺されによるアナフィラキシーの大半は5分以内に発症します。
迷えば迷うほど重症化リスクが高くなります。
15分後には半数が心停止に至ります。
迷わず行動できるようにしっかり知識を備えておきましょう!
山の中でできることは限られますが、知識と準備で助かる命があるのは事実です!
そして、それを実行できるのは我々山岳医ではなく、皆さんです。
最後まで閲覧いただきありがとうございました!
【おまけコーナー】
ハチ刺されに関する基礎知識が学びたければ以下の本がオススメです。
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