はじめに| 脱水になると高山病になりやすいというのは本当か?
こんにちは!市川です!
今日のテーマは「急性高山病」です。
「脱水になると高山病になりやすい」
「高山病にならないようにしっかり水分補給をしましょう」
こんな話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
しかし、最新の登山医学では、脱水と高山病の因果関係を直接示す明確な研究結果は存在しません。
本記事では、急性高山病の総論として、症状、分類、危険因子、予防法や治療法まで、登山者が実践できる内容を医学的知見に基づいてざっくり解説します!
今回はあくまで総論なので、細かな内容については別の記事で触れていこうと思います。
「急性高山病とは何か?」その病態を中心にざっくりと理解して下さい!
急性高度障害とは?|主な症状と分類
急性高度障害:Acute altitude illnessとは、高所に急に到達した際に起こる病態の総称であり、以下の3つを含みます。

一般的には標高2,500m以上で発症しやすくなりますが、高所への耐性は個体差が大きく、標高2,000m未満でも発症することがあります。
高地脳浮腫(HACEヘイス)、高地肺水腫(HAPEヘイプ)は急性高度障害のなかでも重症型であり、致死率も高いです。
しかし、いわゆる高山病と言われているのは、大半が「急性高山病:AMS」であり、高地脳浮腫や高地肺水腫はかなり稀です。
標高5,000mに急性暴露された際のそれぞれの発症頻度は以下の通り
✓急性高山病(AMS):発症率51%
✓高地脳浮腫(HACE):発症率0.28%
✓高地肺水腫(HAPE):発症率0.49%
Tian-Yi Wu, et al. High Alt Med Biol. 2007; 8(2): 88-107.
高地脳浮腫、高地肺水腫はすごく稀ですよね。
標高5,000mですらこの頻度なので、日本国内ではさらに少ないと考えられます。
急性高山病(AMS)であれば、ほとんど場合には時間さえかければ順応できますので命に関わる事態になることは稀です。
したがって、
✓急性高山病(AMS)
✓高地脳浮腫(HACE)
✓高地肺水腫(HAPE)
それぞれの症状を理解して、自分がどの分類に相当するのか把握しておくことが大切です。
登山中に自分や同行者が高地脳浮腫や高地肺水腫を疑う場合には救助要請すべきでしょう。
急性高山病(AMS)の主な症状

急性高山病の主な症状は上の4つです。
中でも「頭痛はほぼ必発」といわれています。
これら4つの症状のみであれば、その高度に留まることで順応することが可能です。
高地脳浮腫・高地肺水腫は重症型で致死率も高い
これらの症状が出てきたら、速やかに高度を下げる必要があるため、救助要請すべきです。
下山の遅れは命に関わります。
【高地脳浮腫:HACE】
急性高山病から重症化して発症することが多いです。
つまり、頭痛、胃腸症状、倦怠感、めまいなどAMS症状が先行します。
精神変化とは、理不尽な行動や病識の欠如を指します。
具体的には、以下のような症状です。
✓怒りっぽくなる
✓「自分は大丈夫」「一人にしてほしい」など客観的にみておかしな主張をする
運動失調とは、平坦な道なのにまっすぐに歩行できないなどが該当します。
【高地肺水腫:HAPE】
急性高山病を介さずにいきなり高地肺水腫になることがあります。
高地肺水腫の最初にみられる症状は「急に疲れやすくなり、登山の歩行ペースが著しく落ちる」ことだと言われています。
普段、コースタイム通りに歩ける人が急に倍の時間がかかるようになった場合には高地肺水腫になっている可能性があります。
急性高山病のメカニズム|なぜ起こるのか?

過去の記事で説明したように、高所では吸入酸素分圧が低下します。
そうすると人体は上記のような生理的な代償反応が起こり、低酸素環境下に適応しようとします。
上図はややこしいんで、「ふーん」と読み流してもらってもOKです。
とにもかくにも、
✓酸素運搬能を改善させる
✓換気効率を改善させる
といった反応を起こして、低酸素環境に適応するのです。
この適応がうまくいかない、もしくは、代償範囲を超えて吸入酸素分圧が低下してしまうと、急性高山病を発症します。

低酸素血症が進行することで、血管透過性が亢進します。
これは簡単にいうと、血管から水分が組織中に漏れやすくなるということです。つまりはむくみやすくなります。
体液調節ホルモンに関しても、本来は尿として排泄して水分量を減らすことで血液を濃縮させて酸素運搬能を改善させますが、その機能が破綻するので、水分が体内に蓄積してしまい、血管透過性と相まってさらにむくみを助長させます。
さらに血液中の酸素濃度が低下すれば、ヒトの体は重要臓器に血液を集めて酸素を送るように努力します。
重要臓器とは脳や心臓です。
その結果として、脳血管が拡張するため、頭蓋内圧が上昇して頭痛が生じます。
本来は起こるはずの低酸素性換気応答が不十分だとCO2が体内に貯留して、それもまた脳血管を拡張させる方向に働きます。
と、ここまで小難しく書いてきましたが、要するに何を言いたいかというと、
「急性高山病が発症する病態生理に脱水は関係がない」
ということです。
積極的に飲水することで急性高山病は防げるのか?
WMS急性高度障害に関するガイドライン2024
John W Castellani, et al. J Appl Physiol (1985). 2010; 109(6): 1792-800.
一方で、以下の点も重要です。
結論としては以下の通りです:
積極的に水分補給をしても、急性高山病の予防にはならない。
しかし、脱水の症状と急性高山病の症状は酷似している。
さらに、高所では脱水になりやすい。したがって、脱水と急性高山病は似た症状で区別しづらいので、「適度な水分補給」で脱水を予防することは重要になります。
要するに「山ではちゃんと水分を補給しろ」ってことには変わりないですね。
急性高度障害の危険因子は?

上記はWMS急性高度障害に関するガイドライン2024に記載されている表を和訳したものです。
海外登山ではいいですが、日本国内の登山ではいまいち使い勝手が悪そうですね(^_^;
以下に急性高山病の危険因子とその重要度を一覧表にまとめてみました。
重要度は論文的な客観性を持たせつつ、一部僕個人の主観も入ってますので、その辺を理解しつつ使って下さい。
リスク因子 | 根拠 | 重要度 |
---|---|---|
登高速度が速い | 多数の疫学研究が、登高速度とAMS発症率に相関があることを示しています。 | ★★★★★ |
就寝高度 | どの標高で眠るか(=就寝高度)は非常に重要であることか示されています。就寝高度が高いほどAMSリスクは上昇します。 | ★★★★☆ |
AMSの既往歴 | AMSは体質的要因が大きいです。過去にAMSを発症した人は再発しやすいことが分かっています。 | ★★★★☆ |
若年者(20〜30代) | 若年者の方が統計的にAMS発症率が高いことを示す研究はありますが、根拠としては弱いです。 | ★★★☆☆ |
肥満・睡眠時無呼吸 | ガイドライン上には記載はないが、過去の小規模研究では睡眠時無呼吸は高山病ハイリスクとされています。 | ★★☆☆☆ |
激しい運動 | 酸素消費増加によりAMSを促進しうる。体力と高所耐性には関連がないが、体力はある方がいいです。 | ★★★☆☆ |
アルコール摂取 | 呼吸抑制作用によりリスク上昇が示唆。 | ★★★☆☆ |
肥満・睡眠時無呼吸 | ガイドライン上には記載はないが、過去の小規模研究では睡眠時無呼吸は高山病ハイリスクとされています。 | ★★☆☆☆ |
女性 | 一部研究でやや高率だが、結果はまちまち | ★☆☆☆☆ |
高山病の予防法|これが基本!
急性高山病を予防する方法としては以下の4つが挙げられます。
- ゆっくり登る Gradual Ascent
- 事前に高地順応をしておく Staged Ascent
- 目的地についてもすぐに寝ない
- 薬物治療による予防
なかでも最も重要で効果的なのは①ゆっくり登るです。
②事前に順応しておくはちゃんとやれば効果的ですが、意外と難しいので注意が必要です。
③目的地についてもすぐに寝ないはエビデンスのほどは定かではありませんが、簡便にできますのでオススメです。山岳診療所で活動していると③をすれば防げたのにというケースは多々遭遇します。
④薬物による予防もエビデンス、ガイドライン的には有効なのですが、日本国内の山でそこまでする必要があるのかは微妙です。日本登山医学会からも副作用を熟知した上で限定的に使用することを推奨していますので、第一選択にはなりにくいですね。
ということで以下に1つずつ説明していきます。
① ゆっくり登る Gradual Ascent

ゆっくり登ることが最も効果的かつ一番に推奨される予防法になります。
「ゆっくり登る」と言っても、単純にゆっくり登ればいいというものでもありません。
具体的には「就寝高度 Sleeping altitude」という考え方が重要になります。
就寝中が最も低酸素状態にさらされるため、どの高度で眠るか?ということですね。
例えば、奥穂高岳に登る場合、
上高地(1,500m)→涸沢(2,300m)→穂高岳山荘(2,996m)と初日に一気に穂高岳山荘までいくと、2800m以上で就寝することになるので、急性高度障害リスク評価の中リスクになってしまいます。
高所に弱くない方でも涸沢(2,300m)で1泊した方が高度順応的には無難です。
標高3,000m以上では1日あたりの就寝高度の上昇は500m以内が望ましい
本来は標高3,000m以上では1日300〜500m以下の上昇に留めるべきとされていますが、日本では富士山でしか使えないし、「2,000mを超えると高山病になってしまう」という方もいますよね。
急性高山病には高度閾値のようなものがあり、「標高●●mを超えると高山病になりやすい」と自分自身で高山病になる閾値の標高を体感的に分かっている方も多いと思います。
高所に弱い方は、
①初日は高度閾値以下の標高で就寝する
②2日目以降も就寝高度の上昇をできるだけ500mに抑える
という感じが「ゆっくり登る」という意味になります。
例えば、標高2,000m以上で高山病になりやすい人なら、先ほどの奥穂高岳に登るケースでいうと・・・、
①初日は横尾(1,620m)で就寝
②2日目は涸沢で就寝(1,620→2,300m=680m)
③3日目に奥穂高岳(3,190m)に登頂後に穂高岳山荘で就寝(2,300→2,996m=696m)
④4日目に下山する
こんな感じです。
「2日目、3日目は600m以上登ってるじゃないか!」というツッコミが来そうですが、それはもうどうしようもないですよね(^_^;
だって間に山小屋がないんですからね。
教科書通りにいかないところは他の方法で工夫していくしかありません。
しいて言えば、
就寝高度が500mを超えてしまう場合には、一度、さらに標高を上げて少しでも高度に順応してから再度降りて就寝するという方法も推奨されています。
上記のケースで言えば、③一度山頂(3,190m)まで高度を上げて山頂で休憩して多少順応してから、穂高岳山荘(2,996m)まで降りて就寝するという行動が該当します。
もっと安全に行くのであれば、「③3日目に涸沢から奥穂高岳ピストンして涸沢(2,300m)で就寝する」というのが高度障害的には最も低リスクになります。
ただし、稜線の山小屋に宿泊する魅力もあるので、この辺はケースバイケースですね😁。
②事前に高地順応をしておく Staged Ascent
もう一つの急性高山病予防する方法としては、「事前に高地順応をしておく」ですね。
キリマンジャロに登る前に富士山に登っておくみたいな感じです。
しかし、実はこの効果は限定的である可能性が高いです。
WMS急性高度障害に関するガイドライン2024には、
標高4,300m以上に行く際には、
✓標高2,200~3,000mで6〜7日間滞在する
✓標高3,000mに2日間滞在する
ことが急性高山病の予防に有効と記載されています。
社会人にとっては現実的ではない滞在期間が書かれています・・・(^_^;
文献的には一定期間(数日レベル)で順応しないと効果はあまりないと言うことになっています。
高所順応のメカニズムを考えると、体の組成が高所向きに変わってくるのに数日〜数週間かかるので当然と言えば当然かもしれませんね。
キリマンジャロやヒマラヤに行く前に、
・富士山に日帰り or 1泊で登るよりも、
・標高3,000前後の山小屋(もしくはテント)での縦走(連泊)の方が効果的だと考えられます。
低酸素室での順応は効果があるのか?
ところで低酸素室の利用はどうなんでしょうか?
結論から言うと、
急性高山病予防としての低酸素室の効果ははっきりしません。
高所登山の前に低酸素室での反復曝露の影響を調査した研究は数多くありますが、これらの研究結果はまちまちです。
つまり、有効だとする研究結果もあれば、効果がないとする研究結果もあり、結論が出ていません。
一般的には、
🙅短期曝露(例:登頂前に数十分〜数時間を数回行う)は順応に有効な可能性が低く、
🙆長期曝露(例:1日8時間以上を7日以上継続)は有効な可能性が高い。
とされています。
コチラもやはり数日はかかると言うことですね。
③目的地についてもすぐに寝ない

標高が高い山小屋などの目的地に到着しても、すぐに寝てはいけません。
長い行程を歩いてきて、疲れて休みたい気持ちはよくわかりますが、睡眠は最も低酸素状態に誘います。
眠らなくても横になるだけでも体内に酸素を取り込みにくくなるので気をつけましょう。
高所に到達したばかりで順応できていない体で寝てしまうのは急性高度障害を引き起こす大きなリスクとなります。
ましてや、冷たいビールを飲んで気持ちよくなって寝てしまうのは最悪ですね・・・(^_^;
気持ちはすごくよく分かりますが・・・。
目的地に着いたら、
⭕ 周囲を散策して景色を楽しむ(軽い運動は呼吸を促します)
⭕ 水分をしっかり補給して脱水を補正する
⭕ 横にはならず座って時間を過ごす
こんな行動が急性高度障害を予防するには大切です。
④ 薬による予防💊
急性高山病を予防するのに有効な薬剤はいくつか研究で証明されています。
国内ではすべて処方薬であり、医師でもないかぎり処方できないので今回はサクッと紹介だけにしておきます。
ポイントは、以下の3つです。
- 薬物療法は非薬物的手段(ゆっくり登る・就寝高度を抑える)に代わるものではない。
- 救助などで高所順応が困難・AMSの既往者には、薬物予防を考慮してもよい。
- 急性高山病の保険適応はないので自費になる(安価な薬剤なのであまり影響はありません)
特に重要なのは①ですね。
あくまで「ゆっくり登る」「就寝高度を抑える」など非薬物的な方法で高山病を予防することが第一選択になります。
これらが不可能なとき、これらを全て実践してもどうしても急性高山病になってしまうときには薬物治療も選択肢になりますので、山岳医に相談して下さい。
山のことをよく知らない医師に処方してもらうのはあまりオススメできません。
副作用もありますし、薬物以外の高山病予防もしっかり指導してくれる医師の元で処方してもらうことをオススメします。
「急性高山病に対する薬物治療」の詳細についてはいずれ別の記事でまとめようと思いますので、興味がある方は楽しみにお待ちください!
急性高山病の治療法|高度を上げないが基本
急性高山病になってしまったら・・・、
こちらも詳細については別記事を作成しますので、今回は総論として簡単に紹介します。
- 駐留:まずはこれ以上高度を上げずにその標高で滞在する
- それでダメなら高度を下げる
- 薬物治療や酸素吸入はオマケの治療
高度を上げない:駐留する
急性高度障害のほとんどは急性高山病です。
つまり、重症型であるHAPEやHACEは極めて稀です。
そして、急性高山病は同一高度を維持して、口すぼめ呼吸をすることでやがて順応していきます。
数時間から場合によっては1〜2日かかることもありますが、日本国内の高度であれば半日ほどで順応できることが多いです。
それでもダメなら高度を下げよう
どうしても順応できず頭痛、嘔気、嘔吐が続く場合。
急性高山病以外の疾患の可能性も否定はできませんので、下山しましょう。
自力で歩けないぐらいふらつきが強ければ救助要請もやむを得ないでしょう。
酸素投与や薬物治療は高度を下げるまでの時間稼ぎです。
あくまで補助的に使用するに留めて、基本的には駐留で順応できないなら、下山が原則になります。
🏔 まとめ
巷でよく言われる「水分補給をすることで高山病を防げるというのは本当か?」というテーマで急性高山病の総論をサクッと紹介するつもりが、7,000文字を超えてしまいました(^_^;
急性高山病の総論が余計だったかもしれませんが、総論として高山病の全体像をおおよそ把握しておいてもらえれば、今後のドンドン出していく予定の高山病豆知識的な記事がより理解しやすくなると思います。
以上です!
今回も長文になってしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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