はじめに
こんにちは!市川です!
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9月に入り、山は少しずつ秋が近づいてますね。
安曇野も朝は半袖では肌寒いぐらいになってきました。
秋の登山は涼しく快適ですが、同時に蜂によるリスクが高まる季節でもあります。
ということで、今日のテーマは「ハチ刺され」です。
スズメバチは7月頃から活発になり、8月~10月にかけて最も攻撃性が高まります。
特に9月頃は新女王バチが誕生し、巣の規模が最大になり、巣を守るための警戒心と攻撃性がピークに達する時期です。
日本では毎年20人前後が蜂刺されで命を落としており、これは野生動物による死亡原因の中で最多です。
厚労省・環境省の統計でも、蜂刺されによる死亡の約7割が7〜10月に集中していますので、今一度、ハチ刺され対策をしっかり学んでおきましょう。
今回の記事では、ハチの知識、予防などは一般のサイトでたくさん情報があるため割愛して、登山×医療ブログらしく「登山者が知っておくべきハチ刺されのリスクと対処法」を中心に解説します。
今回の記事ではこんなことがわかります。
本当は上記を1記事で書くつもりでした。
一般情報を割愛したのに、すごく長くなってしまったので、前後編に分けることにしました😅
まず今回は前編として、
✅ 刺されたときの応急処置
・局所への適切な処置
・ポイズンリムーバーの効果
について解説しします!
ポイズンリムーバーの効果は人それぞれ評価があります。
実際の医学の世界ではどう評価されているのでしょうか?
是非最後まで読んで、これから来る秋山シーズンに望みましょう!
1つ対応を間違えれば命に関わるアナフィラキシーショックについては後編でまとめます!
ハチに刺されやすい場所は?
対策の前にあまり一般のサイトでは触れられない「どこを刺されやすいのか?」というお話です。
山と溪谷社が出版している小川原辰雄 著「人を襲うハチ 4482件の事例からの報告」という書籍によると、
《主な刺傷部位》
1位:手17.3%
2位:腕12.5%
3位:顔8.2%
4位:頭6.6%
番外編:まぶた1.7%
手・腕で全体の3割を占めるのは、襲い来るハチを手で払いのけようとした結果でしょう。
スズメバチは黒い物を狙うため、顔面、頭部が多いのも特徴です。
まぶたも眼球を狙われたためと推測されます。
余談ですが、「人を襲うハチ 4482件の事例からの報告」
こちらの書籍、なかなか興味深いので虫が苦手でなければ是非読んでみてください。
ハチに刺されたときの応急処置
ハチに刺された時の応急処置は、以下の通りです。
①針が残っていれば除去する(ミツバチのみ)
②流水で洗浄・冷却
③ステロイド外用を塗布
ミツバチは針が残る
ちなみ刺してくるハチは大別すると以下の3つです。
🐝 ミツバチ
🐝 アシナガバチ
🐝 スズメバチ
それぞれが細かい種類がたくさんありますが、僕の専門でもないのでそこは別のサイトにお任せします。
この中でも山で刺されやすいのはアシナガバチとスズメバチですが、実はミツバチだけ局所の応急処置でちょっとした違いがあります。
ご存じの方も多いと思いますが、
ミツバチは刺すと針が抜けて死んでしまうのです。命がけで攻撃してくるんですね・・・。
アシナガバチやスズメバチは針は抜けないので、同一個体が何度も刺してきます。
ミツバチに刺された場合には、返しがついた針と毒嚢がセットで皮膚に残ります。
放置すると毒嚢は自動的に収縮して毒を注入します。
針を抜こうとして「つまんでしまうと毒が体内に注入されるため、カードなどで擦り落とすのがベスト」と言われてきました。
これ本当なのでしょうか?
実は2020年に除去法による違いで毒の注入量に差が出るのか検証したレビュー論文が発表されました。
ミツバチに刺された後の針と毒嚢の処置は?
✔️刺針が皮膚に残る時間が長いほど毒の注入量が増加。
✔️30秒以内に注入はほぼ完了していた。
✔️除去までの時間が長いほど腫れが悪化した。
✔️除去方法(つまんで引き抜く vs カードでこすり落とす)による差はなかった。
Lee J, et al. Methods of Honey Bee Stinger Removal: A Systematic Review of the Literature. Cureus. 2020;12(5):e8078.
重要なのは「方法」ではなく「除去の速さ」
ピンセットやカードを探す暇があったら指で弾き飛ばしましょう😊
適切な局所処置は流水洗浄・冷却・ステロイド外用
「ハチ毒は水溶性だから洗浄すべき」と言われています。
確かにハチ毒は水溶性ですが、大半の毒素は数秒〜数分で体内に拡散されてしまうので、洗浄の効果は皮膚表面に付着した毒素を流し落とすにすぎません。
沢水のような冷たい流水であれば、冷却によって血管を収縮させて、痛みや腫れを和らげる効果は期待できます。
逆に沢水が近くにないのであれば、冷却は期待できないので飲料水で皮膚の汚れと毒素を少し洗い流すだけで十分です。
ファーストエイドキットにステロイド外用薬を入れておくと便利です。
ハチに限らずアブ・ブヨなどでも有効で、炎症を抑えることで患部の痛み・腫れを引かせることができます。

ステロイド外用薬は効果に応じて5段階に分けられます。
強いステロイドを長期間使用すると副作用が生じますが、虫刺されのような数日であれば副作用はほぼありません。
ハチ毒による炎症は強いので、できるだけ強いステロイド外用薬がオススメです。
市販薬で言えば、リンデロンVsやフルコートfが該当します。
なお、外用薬には軟膏、クリーム、ローションの3剤形あります。
それぞれの特徴は以下の通りです。
《汗に強い》
軟膏>クリーム>ローション
《皮膚への吸収が早い》
軟膏<クリーム<ローション
《べたつき》
軟膏>クリーム>ローション
汗をかきやすい登山という環境では、ストロングステロイドの軟膏がベスト
しかし、べたつきが気になる場合には、即効性のローションを頻繁に塗り直すのもありです。
この辺は好みの問題で使い分けましょう。
ポイズンリムーバーは本当に効くのか?
ハチ刺されと言えば、ポイズンリムーバーですよね。
対策として必須のように取り扱っているサイトも散見されますし、「実際に効果があった」とおっしゃる方も少なくありません。
しかし、本当に効果があるのでしょうか?
そもそもハチに刺されるとハチ毒は数秒〜数分で体内に吸収されます。
実際にハチ刺されによるアナフィラキシーショックの多くが5分以内、早いときには30秒ほどで起こるといわれています。
ハチに刺された後、安全圏内まで逃げて、ザックからポイズンリムーバーを取り出し、使用する。
その数分の間にはハチ毒は大半が吸収されてしまっているので、理論的には効果はありません。
医学的エビデンスの不足
実はハチ毒に対してポイズンリムーバーが有効かどうかを検証した臨床研究は存在しません。
少なくとも僕が検索した限りでは見当たりませんでした。
つまり、有効性に関しては検証されないままに、なぜか商品ばかりがたくさん作られ販売されているということです。
ヘビ毒に関しては、ポイズンリムーバーの使用は無効どころか有害であるというレポートが主になっています。
ヘビ咬傷の際にポイズンリムーバーで吸引できたのは注入量のわずか2%にすぎず、臨床的に意味のある効果は期待できないとされています。
Michael B Alberts, et al. Ann Emerg Med. 2004; 43(2): 181-6.
ヘビ毒の場合には咬傷の傷を悪化させる可能性や感染を引き起こす可能性からポイズンリムーバーの使用は控えるように注意喚起がされています。
Nicholas C Kanaan, et al. Wilderness Medical Society Practice Guidelines for the Treatment of Pitviper Envenomations in the United States and Canada. Wilderness Environ Med. 2015 Dec;26(4):472-87.
「効いた気がする」理由
登山者の間では「ポイズンリムーバーで吸い出したら楽になった」という声をよく耳にします。
腫れの程度については、毒液の注入量によるので一概に比較することは難しく、たまたま注入量が少なかっただけなのかもしれません。
ポイズンリムーバーを使用することで確かに体液が吸い出せます。
これが「毒を吸い出した」という安心感に繋がり、かゆみや不安感を軽くしている可能性があります。
いわゆる「プラセボ効果」ですね。
結論:使うなら補助的に
ヘビ咬傷と異なり、ハチ刺されの場合には傷そのものは大きくないのでポイズンリムーバーの使用によって傷が広がったり感染を引き起こす可能性は低いと考えられます。
したがって、「使ってはいけない」わけではありませんが、過信は禁物です。
ポイズンリムーバーに頼るよりも、まずは 刺針を速やかに除去(ミツバチの場合)→洗浄→ステロイド外用薬で対応する方がはるかに効果的です。
ポイズンリムーバーはあくまでお守り程度に考えておきましょう。
ハチ刺され対策ファーストエイドキット3選
ハチ刺され対策として必要なファーストエイドキットを3つご紹介します。

- 洗浄キット:プラティパス+穴開けペットボトルキャップ
- ステロイド外用薬(リンデロンVsなど)
- エピペン(※医師から処方されている場合)
ハチに刺されたら、まずは洗浄して皮膚に付着している汚れ、毒を落としましょう。
その上でステロイド外用薬を早めに塗布することで腫れや痛みはかなり軽減しします。
この2つが基本です。
ハチ毒による腫れ・痛みは強い(特に山で刺されやすいスズメバチ、アシナガバチ)ので抗ヒスタミン薬はほとんど効果がありません。
ステロイド外用薬のなかでもできるだけ強いものを選びましょう。
市販薬のなかで最強なのはリンデロンVs、フルコートfです。
どちらかであればハチ刺されの腫れにも対応できます。
そして、もしエピペンを処方されていて、アナフィラキシーの兆候がみられたらためらわずにエピペンを使用すべきです。
エピペンに関しては次回掘り下げますが、1つだけ疑問にお答えしておきます。

エピペンはどういう人なら処方してもらえるの?
アナフィラキシーの既往がないとダメなの?

エピペンを処方してもらえる条件としては、大きく分けると2つです。
①アナフィラキシー既往がある場合
②アナフィラキシーを起こすリスクが高い場合
②はどういうことかというと、
✔️ハチ毒のIgE抗体が陽性
(病院で検査可。林業・造園業者は40%が陽性という報告があります)
✔️食物・薬物などによるアレルギーがある人
中でも、
🫁重症化リスクがある(呼吸器・循環器疾患)
⛰️医療機関までのアクセスが悪い環境で生活・活動する人
は処方してもらえる可能性が高くなります。
登山ガイドや山岳ガイドなども当てはまる方もいるのではないかと思います。
最終的には医師の判断になるので、医療機関で相談してみて下さい。
まとめ
まとめです!
いろんなサイトで紹介されているポイズンリムーバーですが、医学的に適切な評価を行った研究は国内外含めて見当たりませんでした。
逆に言えばエビデンスがないのに、なぜか複数のメーカーからポイズンリムーバーが量産・販売されているのです。
理論的にはポイズンリムーバーで吸える毒はほんのわずかであり、ほぼ効果は期待できません。
一方で、有害である可能性も低いので、ポイズンリムーバーを使用してもよいでしょう。
しかし、ポイズンリムーバーよりも大切なことは、
「虫刺されに備えてファーストエイドキットにステロイド外用薬を入れておく」ことです。
早めに強いステロイド外用薬を塗っておけば、腫れ・痛みはかなり軽減します。
是非、お試し下さい!
次回は「ハチ刺されによるアナフィラキシー」です。
ハチで本当に怖いのはアナフィラキシーです。
「ハチ毒の場合、アナフィラキシー発現から心停止までの時間は15分(中央値)」と報告されています。
R S Pumphrey: Clin Exp Allergy 2000. 30(8): 1144-50.
この15分間で何ができるのか?
是非、後編もご期待下さい!
最後まで閲覧いただきありがとうございました!
洗浄用のペットボトルキャップでこんなのが売っていました。

IGNEOUS(イグニアス)のBOTTLE CAP BIDETという商品です。
そこそこお高いですが、わずか4gということで、キリで穴かけキャップを自作するのが面倒な人はありかもしれません。
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