登山中のカロリー不足が招く3つの危機|判断力低下・筋疲労・低体温を防ぐ補給戦略

登山と健康
  •  当サイトではアフィリエイトリンクを使用しています。

はじめに

こんにちは!市川です!

今日のテーマは「登山中のカロリー管理」です。

「地味だな〜」と思うかもしれませんが、

カロリー不足の結果として、低体温症転倒・滑落といった遭難リスクが上がる可能性がありますので、とても大切です。

登山の基本は「体力」ですが、その体力の源は食事から得られるカロリー・エネルギーです。
登山は、心肺機能と筋力の両方を長時間にわたり使う全身運動であり、多くのエネルギーを必要とします。

この記事では、「登山中のカロリー管理」について、最新のスポーツ栄養学や医学的知見をベースに解説します。

  • 補給を怠るとどんなリスクがあるのか?
  • 登山でどれくらいカロリーを消費するのか?
  • 登山中・前後での効果的な補給方法とは?

これらを「行動食」「登山前の朝食」「下山後の回復食」などに分けて、具体的な事例も交えて紹介します。

注:本記事ではカロリー=エネルギーと解釈して下さい。カロリーと表記したり、エネルギーと表記したりしますが、同じ意味だと思って読んでください。

カロリー不足が招くリスク

登山中にカロリーが不足すると、以下のような身体的・認知的リスクが高まります。

  • 低血糖による集中力の低下 → 道迷いリスク
  • 筋肉が分解される → 筋力低下・EAMC→転倒・滑落リスク
  • 体温維持が困難 → 低体温症リスク

EAMC(運動関連筋痙攣):いわゆる「こむら返り」のこと。典型的には「足が攣る」ですが、疲労している筋肉はどの筋肉でも攣ります。

そもそもカロリー不足とは?

カロリー不足によるリスクを語る前に、そもそもカロリー不足とは何でしょうか?
結論から言うと、

カロリー不足とは糖質の枯渇です。

いわゆる、ハンガーノックやシャリバテといわれるものですね。

人体は3大栄養素と呼ばれる以下の3つを代謝してエネルギー(すなわちカロリー)を得ています。

  • 炭水化物(糖質)
  • 脂質
  • タンパク質

このうちで主に運動中のエネルギーとして使われるのは炭水化物(糖質)脂質です。

タンパク質は筋肉の維持・修復・免疫機能などには不可欠ですが、運動中のエネルギー源としてはほとんど使用されません飢餓状態や長時間運動では筋肉が分解されることでエネルギー源となりますが、むしろ望ましくない状態です。

《炭水化物の役割》
炭水化物(糖質)は筋収縮に必要なエネルギーの主原料であり、主に高強度の運動で消費されやすいという特徴があります。
筋肉や肝臓にグリコーゲンとして蓄積されていますが、その蓄積量は決して多くはなく登山中に枯渇してしまうとハンガーノック(シャリバテ)になります。

《脂質の役割》
脂質1g=9kcalと高カロリー燃料です(糖質やタンパク質は1g=4kcal)。
体脂肪として体内にも大量に貯蔵されています(体重60kg体脂肪率10%なら約6000g)。

登山で脂質を使い切るような状況は考えられないですが、一方で高強度運動では代謝されず低〜中強度の運動でしか消費されません
また、糖質が枯渇してしまうと脂質も代謝できなくなるため、「カロリー不足=糖質の枯渇」という図式がなりたつのです。

「糖質を燃やすか、脂質を燃やすか」みたいな話は今日の本題からずれるので、また別で記事を作成予定です。

それでは、以下に登山中のカロリー不足、つまり糖質の枯渇による3つのリスクについて説明していきます。

低血糖による集中力の低下

脳の主要なエネルギー源はブドウ糖(糖質)であり、1日に120gぐらいのブドウ糖を消費します。
血糖が下がると脳はエネルギー源を失うので、判断力・注意力が著しく低下します。
足場の悪い場所では滑落・転倒事故につながる恐れがありますし、判断力が低下することで道迷いのリスクも上がるでしょう。

《余談》
脳に栄養を送る場合には血液脳関門を通過する必要があります。
この血液脳関門は脳を守るために血液中の有害な細菌・ウイルス・炎症物質などが物理的に通過できないようバリア構造になっています。

脂質(脂肪酸)はこの血液脳関門を通過できないので、脳でエネルギーとして使用することはできません。
一方で、絶食状態、長時間の運動が続くと、肝臓が脂肪酸をケトン体へと変換します。
ケトン体は血液脳関門を通過できるので、飢餓状態では脳のエネルギーとなり得ます。
一部にはケトアダプテーション(ケトン体利用に慣れた状態)している登山者もいますが、一般的には集中力を維持するには糖質は必須です。

筋肉が分解される

エネルギー不足が続くと、身体は筋タンパクを分解して糖新生を行います。
つまり、筋肉を分解してエネルギー源となる糖質を作るんですね。
しかし、そんなことをしたら、筋肉量が減り、歩行・登攀能力が低下してしまいます。

足の踏ん張りが効かないと、ふらついて転倒したり、滑落してしまうリスクにも繋がります。

特に長期行動の登山では、筋肉タンパクの分解によるパフォーマンス低下が起こりやすく、事前の準備と行動中の補給が重要になります。

運動中、筋肉は主に筋グリコーゲン(糖質)をエネルギー源として利用します。
糖質が不足して、筋グリコーゲンが枯渇してしまうと、筋肉の収縮と弛緩に必要なエネルギーの供給が不十分になります。
これにより、筋肉の正常な機能が損なわれ、さらに筋肉そのものが分解されはじめると、足が攣りやすくなるとされています。

足の攣り(EAMC)についてはこちら↓の過去の記事をご参照下さい。

体温が維持できない=低体温症のリスク

低体温症は山岳遭難死因の第2位とかなりの多数を占めていますので、「低体温症を侮るべからず」です。

低体温症の要因はもちろん寒冷環境です。
寒冷環境つまり熱を奪う(熱放出)要因は以下の3つです。

  • 低温
  • 濡れ

逆に体温の産生は主に運動食事(カロリー)によって発生します。
運動を継続するにもカロリーは必須ですので、そういう意味ではカロリーなくして熱は産生できません。

低体温症は「体温産生」と「寒冷環境」のバランスで決まります。
このバランスが寒冷環境側に傾くと低体温症となってしまいます。

今回のテーマから外れるので省略しますが、低体温症の予防・治療には「寒冷環境から避難すること(隔離・保温)」や「体外から加温すること」も大切です。

登山ではどのくらいカロリーを消費する?

つづいては「そもそも登山中にどのくらいカロリーを消費するのか?」を考えましょう。

登山の場合には他の運動と違い、基本的には行動食を自分で持って行く必要があります。
つまり、計画の段階でどのくらいカロリー消費をするのか知っていないと戦えないと言うことですね。

中原玲緒奈, 山本正嘉ら, Japanese Joumal of Mountain Medicine Vol.26:115-121, 2006.
山本正嘉 著:登山の運動生理とトレーニング学

登山における消費カロリーは
5 × 体重 × 行動時間(h)」が目安。

例えば、60kgの人が6時間歩くと、5×60×6=1,800kcalを消費することになります。

注意点としては、あくまで上記の式は「比較的ザックが軽く(10kg未満、小屋泊程度)、標準コースタイム通りに歩く場合に適用される」ということです。

ザックが重い場合標準コースタイムと比べて極端にペースが速いor遅いなどでは上記の式は使えません。
もちらん、積雪期にラッセルを強いられるなどでも使用できません。

個別にカスタマイズ可能なこだわり派に向けて下記のような式もありますが、計算が極端に細かいので、上記の式で概算を知るだけでも十分なのかなと思っています。

山本正嘉 著:登山の運動生理とトレーニング学

《余談》
これらの式は鹿屋体育大学の山本正嘉先生が中心となって作成されました。山本先生は登山医学・運動生理学の世界ではとても有名な先生です。
山本先生が書かれた「登山の運動生理とトレーニング学」は名著で非常に勉強になりますので、登山に関する運動生理学が気になる方は是非読んでみてください。
僕も愛読しています😁

登山中のカロリー補給のコツ

行動中にすべてのカロリーを補うのは現実的ではありません。
体重60kgの人であれば8時間登山をするには、5×60×8=2400kcalですからね。
これだけの量を山に持って行くのは大変です。

  • 普通の人、中高年:消費カロリーの70〜80%を補給
  • 体力に優れた人:消費カロリーの50〜60%を補給

登山中にはこのぐらい補給できればOKとされています(山本正嘉 著:登山の運動生理とトレーニング学)

この理由は、事前に前日、朝食で食べたカロリー(エネルギー)を使用できるため、行動中に全てを補給する必要はないからです。
逆に言えば事前にきちんと食事を摂っておくことはとても大切です。

補給タイミングと頻度

30〜60分おきに少量ずつ摂取するのが理想

その理由は以下の通りです。

  • 高所や運動中は、胃腸の血流が減少しており、消化機能も低下しています。
  • 「筋グリコーゲンを枯渇させる=バテる」ので定期的に摂取して血糖値を維持する。

ガッツリ昼食を食べても一気に消化できないこともありますので、行動食として少しずつ食べるのが理想です。

ただし、山でおいしいご飯を食べるために登山をするときもありますよね。さほど疲労しないコースを選択すれば山ごはん目的での登山もありですね😊

行動食の実例

行動食としてのポイントは以下の4つ

  • 即効性のエネルギー補給(糖質中心)
  • コンパクトで携帯しやすい(軽量・個包装)
  • 消化吸収がよく胃にやさしい(少量ずつ摂れる)
  • 寒冷・高所でも硬くならず、味の飽きがこない
行動食おすすめ理由特記事項
羊羹(ようかん)高糖質(主にブドウ糖)、個包装、柔らかく寒さに強い井村屋や尾西の登山用が定番
ドライフルーツ天然の糖と食物繊維、ミネラルも補えるよく噛んで唾液で消化促進
チョコレート高カロリー、脂質と糖のバランスが良い夏は溶けやすい、冬は固すぎてまずいので、春・秋など季節は限定される
エネルギージェル即効性、吸収良好
酷暑でも飲みやすい
30〜60分毎に1パック想定
おにぎり・玄米バー主食代用、脂質少なめで腹持ち◎やや嵩張るが食べ応えあり
ナッツ(クルミ・アーモンド)高脂質・高カロリー
咀嚼で熱産生UP
長時間登山に向く
カロリーバー
(カロリーメイト・SOYJOYなど)
携帯性・味の多様性・バランス食パサつきが苦手な人もいるので水分と一緒に。暑いときは食べにくいので注意。
干し芋ゆっくり吸収され腹持ち◎
自然甘味
荷物多めの人向き、日持ち注意
グミ(ブドウ糖系)糖補給+噛む刺激で覚醒効果アクエリアスグミなども◎

登山前後のエネルギー戦略

登山でのエネルギー戦略を考える上では、登山前後での食事もとても大切です。
登山中だけだとどうしても重量制限などから十分なカロリー、栄養を補給するのが難しい面もあるからですね。

前日の食事と登山前の朝食は重要!

登山の前に筋肉に十分量の炭水化物(糖質)を蓄積させておく必要があります。

炭水化物は筋グリコーゲンとして、体重1kgあたり6〜10gを蓄積可能
(体重60kgなら360〜600g)

しかし、朝食のみではこれらを全てを吸収・蓄積しておくことはできないとされています。

登山前3〜4時間に体重1kgあたり1〜4gの炭水化物を摂取がベスト
(60kgの場合、60〜240gの糖質)
少なくとも1時間前には摂取しましょう。

《朝食の例(炭水化物量)》
カステラ1切れ=約35g
白米1膳(150g)=約55g
バナナ1本=約25g

朝食だけで補えない分(約4〜5g/kg)は前日の夜にしっかり食べておきましょう

登山終了後のリカバリー食

タンパク質+糖質で筋肉回復、グリコーゲン補充を行うことが大切です。
特に縦走などで翌日以降も登山を継続する場合にはその日の消費はその日に補う必要があります。

「筋肉を回復させるには運動後30分以内にタンパク質を補給した方がいい」っていうよね。

こんな話を聞いたことがある方もいるかもしれませんが、これは最近はそうでもないとされています。

アナボリックウィンドウという考えがあり、
運動後、特にレジスタンストレーニング後の約30〜60分以内に、タンパク質および炭水化物を摂取することで、筋タンパク合成が最大限に高まるとされていました。
Roy Jentjens et al. Sports Med . 2003;33(2):117-44. 

しかし、この考え方は最近の論文では覆されており、タンパク質摂取は「全体量」「分散摂取」がより重要だとされています。

運動後24時間内十分なタンパク質(1.2~2.0g/kg/日)数回に分けて摂取できていれば、筋タンパク合成(MPS)はしっかり進む。
Schoenfeld BJ, et al. J Int Soc Sports Nutr. 2018;15:10
Thomas DT, et al. Med Sci Sports Exerc. 2016;48(3):543–568.

>2.2g/kg/dayのタンパク質を摂取してもこれ以上は筋肥大には繋がらない
Morton RW et al. Br J Sports Med . 2018;52(6):376-384.

運動後にタンパク質を摂取するのは筋肉の再生と回復には重要ですが、運動後すぐに摂取する必要はなく、また一気に大量に摂取するよりも複数回に分けた方がよいと言うことになっています。
さらにタンパク質も大量に摂ればいいということもないようです。

一方で、

「運動後30分〜2時間はインスリン感受性が上昇しており、筋グリコーゲンの再合成速度が最大化されている」
さらに「炭水化物とタンパク質を3:1の比率で同時摂取することでグリコーゲン合成が促進される」
Ivy JL et al.J Appl Physiol. 2002

以上をまとめると、

  • 運動直後に筋肉の回復のためにタンパク質を大量に摂取する必要はない
  • 運動後24時間内十分なタンパク質(1.2~2.0g/kg/日)数回に分けて摂取がいい
  • 運動後30分〜2時間で炭水化物とタンパク質を3:1の比率で摂取すると筋グリコーゲン(糖質の蓄積)は回復しやすい。

ということになります。

運動後早めに炭水化物、タンパク質を補給することは重要ですが、絶対ではありません。
と、ここまで何やらいろいろと細かく書きましたが、こんなことを意識して登山してたら疲れますよね😅
ということで登山終了後の栄養補給に関してざっくり結論をまとめると以下の通りです。

《結論》
いろいろ細かな数字は書きましたが、あまりそこまで気にすることはなく、「山小屋到着後はおやつ、夕食、翌朝の朝食も含めて翌日登山に出発する前に数回に分けて炭水化物、タンパク質を意識的に摂取すれば十分」ということです。
十分量を分散して食べること
炭水化物もタンパク質も両方食べること

大切なのはこの2点です。

高所や冬山ではカロリー戦略が変わる⁉

高所ではエネルギー消費量が増加する

標高エネルギー消費根拠論文
2,650mBMR+15%Lippl et al. 2010
4,300mBMR+27%
3週間滞在後BMR+17%
Biff F P et al. 2014

※BMR=基礎代謝量

上記の表のように標高があがると基礎代謝量も運動時のカロリー消費量も上がるという研究はいくつもあります。
2020年代に入ると低酸素室で行った研究が多いですが、いずれも同様の結果です。
しかし、それぞれの研究条件が違ったり、測定項目が違ったり、順応の影響もうけるため、一概に「どの標高っであればどのくらいエネルギー消費量が増えるのか」とは言いづらいです。
ということでまとめると以下の3点を抑えて下さい。

  • 高所(>2,500m)ではエネルギー消費量は増加するので、低地よりも食べた方がいい。
  • 標高 <5000m では、時間経過とともに順応すれば、エネルギー消費量も低地に近づく
  • 標高 >5000m では、順応が難しい+食欲低下も加わり、体重・筋量が持続的に低下する

糖質中心、特に吸収の早い単糖類や中鎖脂肪酸(MCT)が有効です。

寒冷環境ではエネルギー消費量が増える

寒冷環境では震えることがあります。震えは医学的にはシバリングといいます。
シバリング(震え)は体温を産生するために起こる不随意運動(意図しない動き)ですが、これに多くのエネルギーを消費します(基礎代謝量の2〜5倍)。

また、震えていなくても寒冷環境下では褐色脂肪細胞が活性化するためにやはり基礎代謝は亢進します。

低体温症のリスクの項目でも話しましたが、寒冷環境ではエネルギー不足になると低体温症リスクが上がります。

「寒冷環境では普段よりも意識的に行動食を食べてカロリーを維持するように心がけましょう!」
チーズ、ナッツ、ピーナッツバターなどは軽量かつ高エネルギーで、冬山での携行食に適していますね。

まとめ

まとめです!
登山は中強度の運動を長時間続けるために、多くのカロリーを消費しています。
そして、登山中には必ずしも山小屋で補給できるわけではなく、自身でカロリー管理をしないと、

  • 筋力低下による転倒・滑落
  • 判断力低下による道迷い
  • 低体温症から最悪命を失うことも・・・

5×体重(kg)×行動時間(時間)

「5×自分の体重」を記憶しておこう!
60kgなら、5×60=300kcal
1時間あたり300kcalが消費される
と覚えておけばすぐに計算できます。

事前に登山中に消費するカロリーを計算して、その70〜80%ぐらいは行動食として持参・摂取するように心がけましょう。

そして意外と大事なのは、前日夜・当日朝の食事です。
最初から筋グリコーゲンに糖質が蓄積されていない状態ではあっというまにバテてしまいます。
きちんと貯金満タンの状態で登山に挑みましょう。

最後に高所や寒冷地では上記の式よりもより多くのカロリーを消費している可能性が高いので、意図的に食事を多めに食べるようにするといいですね。

以上です!
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!

コメント

タイトルとURLをコピーしました