はじめに:目がかすむ・・・、その原因が低体温⁉
こんにちは!市川です!
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循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。
市川智英
今日のテーマは「低体温症による視力障害」です。
極寒の冬季登山中に「目がかすむ」と感じたことはありますか?
もしかすると、それはそれは“低体温症”かもしれません。
僕が運営に携わっている赤岳鉱泉山岳診療所では2021年〜厳冬期も開所する国内唯一の山岳診療所として冬季も医療活動を行っています。
その診療のなかで、これまでに“5例の低体温症によると思われる視力障害”を経験しています。

低体温症で眼が見えなくなるの?
聞いたことないけど・・・



そういう疑問を感じた方の感覚は正しいです。
医学文献的には「低体温症の症状として視力障害をきたす」と書かれているものは存在しませんでした。
(市川調べ)
しかし、現実には・・・
冬季診療所において”低体温症が原因と思われる視力障害”によって遭難に至るケースを毎年のように経験しています。
残念なことに、その結果として命を落としてしまったケースもあります。
そのような現実を見てきた中で、どこの文献にも見当たらない「低体温症による視力障害のリスク」について冬季登山者のみなさんには是非知っておいていただく必要があると考えました。
今回の病態を”低体温性視機能障害(Hypothermic Visual Impairment: HVI)”と仮称しようと思います。
こちらは正式名称ではなく、便宜上僕がつけた名称です(過去に報告がないので当然ですね)。
寒冷環境下において、
- 眼球の局所冷却または全身性低体温症に伴い生じる
- 無痛性の視力低下および霧視
- 復温により速やかに改善するものを指す。
と定義します。
可逆的であることや単純な視力低下ではないことから、視力障害ではなく、視機能障害としました。
今回の記事では「冬季登山者への警鐘」として、低体温性視機能障害(HVI)について・・・
- 冬季診療所で経験した低体温性視機能障害の中身
- 推定される機序
- 考えられる対策
について解説します!
どんなに屈強な登山者でも視力を失うと遭難リスクが跳ね上がります。
是非、最後まで閲覧いただき、冬季登山における現実と対策を学んで下さい!
山岳診療所で経験した低体温性視機能障害(HVI)とは?
どんな症状?
低体温性視機能障害(HVI)を認めた方達は以下の様な訴えがありました。



ゴーグルが曇っているのかと思った・・・
でも、ゴーグルを拭っても見えにくくて・・・



ガスっているのかと思った・・・
でも、仲間に聞いても視界は悪くないって・・・
これらをまとめると・・・
- 主症状は「かすみ目」「眼が霞む」
- 眼の痛みはない
雪山登山で視力障害というと一番に思い浮かぶのが「雪目」だと思いますが、雪目は眼が痛みますので大きな鑑別点になります。
また、診療所で経験した低体温性視機能障害はお亡くなりになってしまった例を除き、全例で視力が回復しています。
タイミングは様々ですが、共通しているのは、
- 山小屋にたどり着いて暖かい環境で甘い飲み物を飲んだ
- ビバーク中にカロリーを補給した
- シュラフに入って保温された
など、低体温症に対する処置を行った後のタイミングで視力が回復しています。
体温が回復することで、視力も回復したのではないかと推定されます。
保温・カロリー補給で体温が回復すれば、視力も回復する
なぜ、寒さで目が見えなくなり、温めると治るのでしょうか?
つまり、これは「眼の病気」ではなく、人体が低体温となった際の「生理学的なSOS」である可能性が高いと僕は考えています。
なぜ低体温で「目が見えなくなる」のか? 山岳医が考える3つのメカニズム
まずは大事な前提ですが、「低体温症によって視機能障害が起こる」ということを証明した文献はありません。
少なくとも僕は見つけられませんでした。
したがって、今回の“3つのメカニズム”は考えられる機序を僕が様々な文献を調べて医学的に推定したものであることをご理解下さい。
今後の医学の進歩の結果、「実は違うじゃん・・・」ということもあり得ます😅
なぜ、低体温症=”寒さと疲労”で視力が奪われるのか。
そのメカニズムを「カメラ」に例えて見てみましょう。
- 角膜=レンズの濁り
- 網膜=フィルム感度の低下
- 低血糖=バッテリー切れ
1つずつ詳しく解説していきます。
しかし、その前に眼の構造を理解しておきましょう。
眼の構造


光が“角膜”と”水晶体”という2つのレンズを通過して、網膜(フィルム)に映った映像が、視神経を介して脳に伝達されます。
なお、“網膜”と“視神経”が同じ黄色で描かれていますが、実は網膜も視神経も“脳が飛び出してきたもの=中枢神経系の一部”なのです。
この事実は後述する低体温性視機能障害のメカニズムに大きく関わりますので、是非覚えておいて下さい。
それでは、低体温によって視機能障害が出現する3つのメカニズムを解説します。
① レンズの濁り(角膜浮腫)


眼球の表面(角膜)には、水分を排出して透明度を保つ「ポンプ」があります。
このポンプは寒さに弱く、冷え切ると停止します。
すると、レンズ(角膜)が水浸しになってむくみ(角膜浮腫)、すりガラスのように白く濁ります。
これが「痛くない曇り」の正体の1つと考えられます。
ざっくり解説はこんな感じですが、医師向けにもうちょっと詳しく解説します。
角膜浮腫のメカニズム(興味がある方はタップ!)
角膜内皮の主な機能は、実質の透明性を維持することです。
角膜内皮はNa+/K+-ATPase など多数のイオンポンプの存在により間質の水分排出を維持することで、角膜の透明性を維持しています。
角膜内皮細胞のポンプ機能は、明確な温度依存性を示します。
これは主にエネルギー(ATP)を消費してイオン(特にNa+やHCO3-)を能動輸送する機能であるため、低温へ移行すると、ポンプ機能の低下により角膜が膨潤することが知られています。
② フィルムの感度低下(網膜の酸素不足)
眼の奥にある網膜(フィルム)は、事実上の脳の一部であるため、脳以上に酸素を大量消費する組織です。
低体温になると・・・
- 血液が攣縮し、血流(酸素の運搬トラック)が減少
- 血液(トラック)が荷物(酸素)を運んできても、寒さで荷台のドアが凍り付き、現場(網膜)で荷物(酸素)が降ろせなくなる= “酸素解離曲線の左方移動”という現象です
が起きます。
つまり、呼吸をして十分に体内に酸素があっても、眼の細胞レベルでは「酸欠」になり、映像が映らなくなるのです。
医師向けのもうちょっと詳しい解説はこちら👇
網膜の感度低下のメカニズム(興味がある方はタップ!)
網膜は単位重量あたりの酸素消費量が脳よりも高く、人体で最も酸素を必要とする組織の一つ。
Country MW. Brain Res. 2017;1672:50-57.
健康な人の眼を冷却すると、網膜中心動脈の血流速度が有意に低下することを示した研究(Sato E, et al. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2010;51(12))があり、寒冷刺激による交感神経緊張、および低体温による末梢血管収縮が網膜動脈に及び、一過性の虚血(一過性黒内障に近い状態)を引き起こす可能性が考えられます。
加えて、低温による酸素解離曲線の左方移動により網膜組織への酸素供給が低下することも網膜感度の低下に拍車をかけると推定されます。
参考ですが・・・
体温を下げると、低酸素状態でなくとも網膜電図(ERG)の反応が低下(=機能的視力低下)することを示した動物実験がありますので、低温そのものが網膜というセンサーの感度を鈍らせていると考えられます。
Mizota A, et al. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2002;43(12):3754-7.
③ バッテリー切れ(脳と網膜のエネルギー枯渇)
脳や網膜がエネルギー源として使えるのは”ブドウ糖だけ”です(脂質は使えません)。
糖質が枯渇すると・・・
- ガス欠により脳や網膜の機能が低下
- 震えることができない→低体温症が進行
前述の通り、“網膜は脳組織の一部”です。
脳は脂質をエネルギー源として使うことができず、糖質に依存しています。
脳の一部である網膜も糖質のみをエネルギー源としているので、糖質の枯渇(=シャリバテ)は網膜の機能低下を招きます。
さらに・・・
寒冷環境下では震えることで体温を維持しています。
しかし、震えるには、安静時の約5倍ものエネルギー(糖質)を使います。
食事を摂らずに行動し続けると、エネルギー(糖質)が枯渇します。
低体温症による視力障害事例はどれも寒冷環境下での長時間行動の末に発生しています。
このことからも低カロリー状態が関与している可能性が高いです。
鑑別:雪山で起こりえる視力障害を知っておこう
冬季登山中に「目が変だ」と思った時、それが低体温性視機能障害(HVI)なのかを見極めることが重要です。
なぜなら、低体温性視機能障害(HVI)は放置すれば死に至るからです。
【雪山で起こりえる視力障害4選】
- 低体温性視機能障害(HVI:Hypothermic visual impairment)
- 雪目(医学名:紫外線角膜炎)
- コンタクトレンズ障害
- 高所網膜出血(HARH:High Altitude Retinal Hemorrhage)
低体温性視機能障害とその他の雪山で起こりえる視力障害との鑑別ポイントは以下の通りになります。
| 鑑別ポイント | 低体温性視機能障害 (HVI) | 雪目 (紫外線角膜炎) | コンタクトレンズ障害 | 高所網膜出血 |
|---|---|---|---|---|
| 主な症状 | かすみ目 霧の中にいる感じ (全体が均一に白い) | 目に砂が入ったような異物感 流涙 羞明(まぶしくて目が開かない | ゴロゴロする、張り付く感じ 視界が曇る | 無症状 視野欠損 |
瞬きによる反応 | 変化なし | 眼を閉じていた方が楽 | 一時的に視力が 改善 or 悪化と変動する | 変化なし |
| 痛み | なし | 激痛 | チクチク・乾燥感 | なし |
| 発症のタイミング | 長時間寒冷環境・空腹時 | その日の行動後など遅れて発症 | 強風・ 長時間行動時 | 高所 (3000m以上) |
| コンタクトを外すと・・・ | 変わりない | 変わりない | 症状は改善 | 変わりない |
| 対処法 | 全身の保温・加温 カロリー摂取 | 鎮痛剤(NSAIDs) 安静 | ツェルトをかぶって点眼 ゴーグルを装着 | 標高を下げる |
| 予後 | 適切に対処しないと命に関わる | 命には関与しない 回復までに24〜48時間程 | 命には関与しないコンタクトを外せば症状は改善 | 命には関与しない下山で90%以上が視力回復する |
雪目(医学名:紫外線角膜炎)


雪目の病態は一言で言えば「角膜の日焼け(熱傷)」です。
雪面からの強い照り返しにより、角膜の最表面にある角膜上皮細胞が破壊され、神経が露出するため、痛みを伴います。
雪目は通常、被曝してから6〜10時間後に発症します。
「行動中は平気だったのに、テントや小屋に入って夜になってから痛みで目が開けられなくなる」のが典型的です。
【HVIとの鑑別ポイント】
- 痛みがあるかどうか
HVIは“行動中に発症”し、“無痛”で、“温めると治ります”が、
雪目は“遅れて発症”し、“激痛”で、“すぐには治らない”のが鑑別点になります。
【予防】
雪目対策としては、UVカットのサングラスやゴーグルで紫外線を防ぐのが一番ですね。
【対処法】
雪目になってしまったら残念ながら特効薬はありません。
鎮痛剤(NSAIDs)を服用し、冷やして、眼を閉じて、角膜上皮が再生するのを待つしかありません。
通常は24〜48時間程度で自然に治癒します。
コンタクトレンズ障害


寒冷・乾燥・強風により眼球表面にある“コンタクトレンズが乾燥し、眼に張り付いたり、視界が曇る状態”です。
“視界が曇る”という点では”かすみ目”のような感じもあり、低体温性視力障害に似ているかもしれません。
【症状】
鑑別ポイントは「ゴロゴロする、張り付く感じ」という症状です。
【対処法】
コンタクトレンズを外せば解決しますが、強風下の山中で外せません。
- ツェルトをかぶって点眼
- ゴーグルを装着して強風を防ぐ
といった対処が現実的です。
コラム:冬季にコンタクトが凍ることはないのか?
角膜の表面温度は、涙の循環と眼球内部からの血流により、外気が-20℃〜-30℃であっても約32℃〜34℃に保たれているとされています。
したがって、コンタクトレンズが眼球上で凍ることはあり得ません。
1982年にこのことを動物実験で示した方がいます。
ウサギの眼にコンタクトを装用させて極低温下(-28.9℃、風速78m/s)に3時間さらしても問題はなかったとする報告です。J F Socks, et al. Am J Optom Physiol Opt . 1982; 59(4): 297-300. PMID: 7102786
現在ではとてもじゃないですけど、倫理的にできない研究ですね😅
この論文を見つけた時の僕の感想は「ひどすぎる・・・」でした💦。
でもこうした過去の研究があるからこそ証明されている事があるのも事実です。
ちなみに上記論文の結語に書かれていたのは・・・
「the research can be expanded to include human subjects.」
「本研究は、ヒトを対象とした研究へと発展させることができる。」
でした・・・。ヒトの眼球を風速78m/sにさらすの⁉マジで⁉💦
高所網膜出血(HARH)


高所網膜出血とは、病名だけ聞くと何やら怖そうな感じがしますが、標高3,000m以上で比較的よく見られる現象で、予後も悪くはありません。
【病態】
低酸素による網膜血管の拡張と、腹圧上昇(いきみ)などで毛細血管が破綻して出血します。
出血した部分だけ見えなくなる(視野欠損)するのが特徴です。
【症状】
多くは無症状ですが、出血が黄斑部(視力の中心)にかかると、急激な視力低下や視野欠損を来します。
HVIとの鑑別ポイントとしては、“視野欠損“といって、視野が一部欠けると言うところが違います。
【対処法】
下山により酸素供給が改善すると、数日から数週間(通常1-4週間)で出血が吸収され、視力・視野が90%以上が後遺症なく回復します。
生死を分ける3つのアクション&3つの処置
眼が痛くもないのに、「全体に景色が白んでかすむ」と感じたら、それは低体温症になっている可能性があります。
気のせいだろうと思い込む心(正常性バイアス)を捨てて、直ちに行動してください。
この症状が出ている時点で、あなたの体は「自力下山の限界ギリギリ」である可能性が高いです。
以下に生死を分ける3つのアクションと3つの処置をご紹介します。
まずは本当に“視力障害があるのか”を確認します。
単純にゴーグルが曇っている可能性もあります。
①まずはゴーグルを外してみましょう。
- ゴーグルを外して視界がクリアになるなら問題はありません。ゴーグルを拭っておしまいです。
- ゴーグルを外しても、視界がクリアにならない場合には・・・
②同行者に天候を確認する
「今はガスっているのか?」
- ガスっている→視力障害はなし
- ガスってはいない→視力障害あり
③眼の痛みはある?
- 眼の痛みがある→雪目の可能性あり
- 眼の痛みがないのに、視界が霞む→低体温性視機能障害の可能性大
- 寒冷
- 酸素不足(低温による相対的な)
- 低カロリー
この3つが低体温性視機能障害の本態です。
それぞれに対して対策をすれば十数分〜1時間ほどで視力が回復する可能性があります。
- 寒冷対策=隔離・保温


- ツェルトをかぶって防風・防雪。
- ダウンを着込む。
- ゴーグルをして眼を温める(局所の保温)。
- 酸素不足対策=酸素供給量up
- 口すぼめ呼吸や深呼吸を繰り返すことで、酸素の絶対量を増やす。


- 口すぼめ呼吸や深呼吸を繰り返すことで、酸素の絶対量を増やす。
- 低カロリー対策=カロリー補給
- 温たくて甘い飲み物を摂取する。これが最も効果的です。
- ブドウ糖などすぐにエネルギーに変換される食物を摂取するのも有効です。
網膜のバッテリーを復活させましょう。
- 3つ処置をして視力が回復しても、「撤退」が基本です。
- 一度症状が出たということは、身体のエネルギー備蓄は空っぽです。
無理に進めば、次は「行動不能=死」が待っています。 - 低体温症では冷静な判断が難しいです。温かい飲み物を飲みながら、安全に下山する方法を最優先に考えて下さい。
まとめ:眼は「体温計」となりうる
まとめです!
過去の文献・教科書・ガイドラインなどでは全く紹介されていませんが・・・



山岳医としての経験から
「低体温による視機能障害=低体温性視機能障害(HVI)は存在する」と確信しています。
低体温症のサインは「震え」だけではありません。
「視界の異常(白い・暗い・ぼやける)」もまた、体が発する静かな、しかし緊急のSOSです。
低体温性視機能障害は決して弱い登山者にのみ発症するものではなく、むしろ屈強で力のあるベテラン登山者でも発症しています。
どんなに力のある登山者であっても、視力を失えば行動不能は避けられません。
運動は体温を上げる一番の方法であり、それを奪われるということは死を意味します。
冬山でふと視界が霞んだ時、この記事を思い出してください。
「あ、これは眼の異常じゃなくて、体温が下がってるんだ。なんとかしないと。」
そう気づけるだけで、防げる遭難・助かる命があります。
十分な装備とカロリー、そして正しい知識を持って、安全な冬山登山を楽しんでください!
以上です!最後まで閲覧いただきありがとうございました!


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