はじめに
こんにちは!市川です!
今日は「低体温による心肺停止からおそらく世界最長⁉の蘇生時間から復活した事例の紹介」です。
通常の心肺停止では1分間に10%救命率が下がると言われています。
つまり、理論的には心停止から10分後には死亡率100%です。
心臓マッサージをすれば、1分間に3〜4%程度の救命率低下まで抑えられるとされています。
それでも心肺停止時間が35分以上になるとほぼ蘇生は不可能とされています。
患者さんの背景(年齢や基礎疾患、もともとの体力など)で大きく変わるので、一概には言えませんが、僕自身の経験的にも心肺蘇生時間が30分を超えると蘇生率はかなり低くなりますし、仮に蘇生できても何らかの脳障害が残ることが多いです。
しかし、「低体温症」では信じられないほど長い時間、心停止していたにもかかわらず助かる人がいます。
まさに「No one is dead until they are warm and dead」ですね。
今回は僕が知る限りでおそらく世界最長の心停止時間からほぼ完全に回復された事例を紹介します。
もちろん僕自身が経験した症例ではなくて、症例報告からのご紹介です。
なるべく非医療従事者でもわかるように略語説明を入れていきますが、どうしてもやや難しい内容になりますので、細かなところは読み流して、物語としての雰囲気を味わっていただければ幸いです。
出典
Forti A, et al. Hypothermic Cardiac Arrest With Full Neurologic Recovery After Approximately Nine Hours of Cardiopulmonary Resuscitation. Ann Emerg Med. 2019;73(1):52-57. DOI:10.1016/j.annemergmed.2018.09.018
✓山中での心肺停止、心肺蘇生に関する詳細はこちらの過去記事をご覧下さい!
症例概要
まずは「事例概要」と「心肺蘇生のまとめ」をざっくり説明します。
時間がない方はここを読むだけで概要は理解できます。
事例概要
- 対象者:31歳の健康な男性クライマー
- 発生場所:イタリア・ドロミテ山脈(標高2,800m)
- 状況:夏のクライミング中に落雷と冷雨による急激な低体温症→意識消失
- 初期心電図:心室細動 → 無脈性電気活動 → 心静止
「心室細動→無脈性電気活動→心静止」が分からない方はこちらを参照!
端的に言うと、低体温症から急激に心停止し、どんどん悪化しているということです。
心肺蘇生のまとめ(合計8時間42分)
ざっくりとした蘇生プロセスは以下の通り
ステップ | 内容 | 時間 |
---|---|---|
手動・機械CPR | LUCAS2による胸骨圧迫 | 3時間42分 |
ECLS導入・加温 | VA-ECMOで1°C/hの加温 | 5時間 |
自己心拍再開 | 電気ショックにより洞調律へ | 蘇生開始後:8時間42分 |
- 搬送しながらの心臓マッサージを3時間42分継続
- 病院に着いたらECMO(エクモ)=人工心肺装置を装着して加温を5時間施行
- 最終的には電気的除細動(電気ショック)をかけて、接触から8時間42分後についに自己心拍再開!
という流れです。
以下は用語解説です。
※CPR:Cardiopulmonary Resuscitation = 心肺蘇生のことです。主に心臓マッサージを意味します。
※LUCAS2とは自動心臓マッサージ器です。
詳細はこちら↓
https://www.lucas-cpr.com/files/5564638_100901-17_Rev_B_LUCAS2_IFU_JP_LowRes.pdf
機械が自動で心臓マッサージをするということで使っている姿は非常にシュールですが、
①人手が一人浮く
②疲れを知らないので心臓マッサージの効率が時間経過しても落ちない
というメリットがあります。
山岳エリアで使う場合には、
③周囲が不整地でも効率のいい心臓マッサージができる
④搬送しながら心臓マッサージを継続できるというメリットも追加になりますね。割と重くてでかいので山中に持って行くのは非効率かもしれません。
※ECLS:Extracorporeal Life Support=体外式生命維持装置のことです。
ECLS≒ECMO(エクモ)=人工心肺装置と思ってもらって概ね問題ないです。
コロナで一般の方にも認知されるようになったエクモと同じです。
※ECMOにはVA-ECMO、VV-ECMOがあります。ざっくり言うと、
VA-ECMO:心臓も肺も悪いときに使う≒ポンプ機能+人工肺
VV-ECMO:心臓は大丈夫だが肺が悪いときに使う≒人工肺機能のみ使う
こんなイメージです。
それでは以下にもう少し詳細な病歴を記載していきます!
症例詳細:世界最長⁉ 約9時間の心肺蘇生からの完全回復
❶ 急激な低体温からの心停止
現場:イタリア・ドロミテ山脈 標高2800mのMarmolada岩壁
状況:
26歳のパートナーと2名でクライミング中。
夏の午後〜夕方にかけて、雷雨が発生し、気温が急激に低下、外気温は約0°Cまで下がりました。
大量の雨水が岩壁を流れ落ち、31歳男性が冷水を直接浴びる状況に陥りました。
31歳男性はレインウェアなどの防水装備を着用しておらず、雷雨発生からわずか数分で心停止から意識消失してしまいました。
→極めて急激な体温低下を来したと推測されますね。
同行者はスマートフォンのライトを点滅させて近くの山小屋に救助を要請。
19:20 医師同乗のヘリコプターが出動。
19:42 ヘリが現場に到着。患者はすでに意識消失・無反応状態。
ウインチで救助し、岩壁から30m吊り上げられ、ヘリ内で心電図を確認。
19:48 初期心電図波形は心室細動
すぐに心臓マッサージを開始 → 電気的除細動(200J二相性) → 機械CPR(LUCUS2)へ移行。
※なお、イタリアは日本に比べて緯度が高い+サマータイムが導入されているので、夏の日没は20時半前後であり、この時間はまだ日没前です。
❷ 初期対応(現場〜病院搬送まで)
時刻 | 処置 | 詳細 |
---|---|---|
19:42 | ヘリ救助 | 医師同乗ヘリが30mウインチで収容 |
19:48 | 心室細動を確認→すぐにCPR開始 | 心臓マッサージ→除細動(200J)1回目 |
19:50頃〜 | LUCAS2による機械的CPR開始 | 胸骨圧迫継続、ETCO₂:14–22 mmHg 除細動計3回、アドレナリン1mg投与 |
20:10 | PEA(無脈性電気活動)→ Asystole(心停止)へと悪化 | |
20:20 | ヘリでBelluno病院へ搬送開始 | CPRを続けながら中間病院へ (日没のためにECLSセンターまでヘリ搬送できず) |
20:34 | Belluno病院到着 | 体温26.6°C。CPR継続。ETCO₂ 22 mmHg |
21:00 | 陸送でTreviso病院(ECMOセンター)へ | 83kmの距離を機械CPR継続で移送 |
- ETCO₂の値が救命ポイント①です。
ETCO₂とはEnd-Tidal Carbon Dioxide、日本語で言うと「呼気終末二酸化炭素分圧」 です。
なぜこれが重要かといえば、「心臓マッサージによって血液が体内を循環できているかどうか=心臓マッサージの効率」を反映しているからです。
ETCO₂の値はおおよそ以下の様に判断します。
ETCO₂<10mmHg:循環が不十分→CPR(心臓マッサージ)の質が悪い→蘇生率が低い
ETCO₂>10mmHg:循環が保たれている→CPRは合格範囲
ETCO₂>20mmHg:循環がしっかり保たれている→CRPは有効で蘇生率が高いとされている
- ETCO2が22mmHgで保たれていたというのは、LUCUS2(機械的CRP)によって絶え間ない有効な心臓マッサージがされていたということを意味します。
- ECLSセンターとはいわゆるECMOが導入できるレベルの病院ということです。
かなり侵襲的な治療なので、どこの病院でもできるわけではありません。日本国内であれば3次救急と呼ばれる施設であればほとんどの病院でECMOが使えるはずです。
有効な心臓マッサージにも限度があるので、いかに早くECMOを回せるかが救命ポイント②なります。
❸ ECMO導入と加温(Treviso病院)
時刻 | 処置 | 詳細 |
---|---|---|
23:00 | ECMO準備開始 | VA-ECMOのカニュレーション準備 |
23:30 | VA-ECMO導入 | 体温26.1°C、血液ガス:pH 6.97、K4.8mEq/L、乳酸14.9mmol/L |
深夜〜早朝 | 1°C/hで加温 | Perfusion 2.0–2.2 L/min/m²でコントロール |
4:30 | 体温32°C到達 | 心電図:心室細動に変化 →除細動1回でROSC(心拍再開) |
VA-ECMO導入時点でpH6.97というのは、乳酸アシドーシスという状態で心肺停止時間が非常に長いことを示唆します。
低体温症が背景になければ、ほとんどの医師が蘇生を諦めるレベルの数値ですね・・・。
ただし、血清K値4.8mEq/Lというのは低体温症ということを加味すれば救命できる可能性を示しています。
低体温症による心肺停止の基本は「復温」です。
つまり、体温をできる限り35℃以上に戻すことが必要です。
「No one is dead until they are warm and dead」です。
ECMOで全身の循環を開始すれば、以下の2つのメリットがあります。
✓脳に十分な血液を送り、脳保護ができる
✓血液を直接加温できるので、容易に復温が可能になります
しかし、急激に加温すると再灌流障害といって多臓器の障害が出てしまうので、1時間に1℃というペースで復温させたようですね。
これまで数時間にわたって心静止(Asystole)であったのが、深部体温32℃まで復温したことで心室細動という電気ショックで有効な蘇生の見込みがある波形に変わりました。
そこで除細動(電気ショック)をかけることで、ついに自己心拍が再開したそうです!
総蘇生時間(心停止時間):8時間42分
❹ 自己心拍再開後の集中治療
- DAY1:心機能:EF 5%、VA-ECMO継続(血流3 L/min)
腎障害・高CK血症: 持続的な血液透析を施行 - Day 7:EF 40%、呼吸不全持続のためVV-ECMOへ移行
- Day 21:人工呼吸器から離脱
- 事故から3ヶ月+10日後:CPCスコア1で退院!
自己心拍再開=心臓が動き出しても、まだモソモソとわずかにうごいているだけでポンプとしての有効な動きをしていません。
EF(左室駆出率)とは、心臓のポンプ機能を表す用語です(正常値はEF60-70%ぐらい)。
したがって、EF5%というのは、動いてはいるものの事実上はまだ心停止に限りなく近い状態なのでVA-ECMO(ポンプ機能+人工肺)を継続しているわけですね。
腎臓もまだ復活していないので、かわりに血液透析もやって生命維持をしているというわけです。
そうやっていろんな治療で生命維持をしているうちに、若い31歳クライマーの体は徐々に復活してきて、DAY7 にはEF40%(正常の心ポンプ機能の2/3ぐらい)まで回復したそうです。
EF40%であれば、生きていけるだけの血液を全身に送れます。したがって、VA-ECMO(心肺補助装置=心臓と肺のサポート)はやめてVV-ECMO(人工肺=肺のみサポート)にしたようですね。
3週間後には肺も改善して、人工呼吸器から離脱
その後、リハビリを経て3ヶ月もの期間がかかりましたが、約9時間にもわたって心臓が止まっていたのに、脳障害がほとんどないCPCスコア1=普通の生活が送れるレベルにまで改善して退院できたそうです。
すばらしいですね〜。
僕自身も心肺蘇生患者を何人もみてきましたが、元気に歩いて帰れることは決して多くありません。
救命の連鎖のたまものですね。

❄️ なぜ低体温症では長時間のCPRでも救命できるのか?
通常の心肺停止状態では「救命率が1分で10%低下する≒10分でほぼ100%救命できない」
のに対して、なぜ低体温症では長時間心肺停止状態でも救命できるのでしょうか?
① 低体温が脳を保護する
- 深部体温が1°C下がるごとに、酸素消費量は約6%減少するとされています。
- 本症例では、氷水を浴びるような状況で急速に冷却されており、
- 脳の代謝を低下させ、
- 低酸素状態に対する耐性を高めた(=神経保護)と考えられています。
“There is a decrease in oxygen consumption of approximately 6% for every 1°C reduction in core temperature that is postulated to result in a neuroprotective effect.”(本文より)
② 目撃された心停止であり、no-flow timeが非常に短かった
そうはいっても長時間脳への血流がないと脳死状態から死亡してしまいます。
no-flow timeとは、血流が全くなくなる時間、すなわち心肺停止してから心臓マッサージが開始されるまでの時間です。
今回のケースでは・・・、
- 心停止した瞬間を仲間が目撃しており、すぐに救助要請した。
- ヘリ到着後、速やかに心肺蘇生(CPR)が開始され、中断なく継続された。
➡️ 血流が全くなくなる時間(no-flow time)が極めて短かったため、組織損傷が最小限に抑えられたと考えられます。
③ 高品質かつ継続的な機械CPR
- LUCAS2による機械的CPR(心臓マッサージ)で、3時間42分にわたり高品質なCPRを維持(ETCO₂=14〜22 mmHg:十分な血流が維持できていた)
➡️ LUCUS2の使用によって脳や臓器への酸素供給が途絶えず維持された可能性が高い。
過去記事で記載しているように「低体温症による心肺停止は断続的CPRも許容される」となっています。
「断続的CPR?」と言う人はこちら
→https://tozan-medical.com/hypothermia_guideline_20192/#toc9
しかし、一方でCRPをできるのであれば、やはりすべきです。
今回はヘリの中でもLUCAS2による機械的心臓マッサージを続けたことが勝因の1つだと考えられます。
ヘリの中で人間が心臓マッサージを続けるのは危険だし、バランスを崩して有効な心臓マッサージは難しいと思います。
日本の山岳救助でも是非導入を検討していただきたいですね。
(実際に導入されているかはわかりませんが、検証はされているようです)。
④ 早期のECLS導入と制御された加温
- Treviso病院で速やかにVA-ECMO(体外循環)を導入できたこと
- 加温速度は1°C/時に制御され、急激な温度変化を避け、再灌流障害のリスクを低減させ、復温中も臓器保護が十分に行われたこと
上記2点も低体温症からの復温・救命に大きく寄与しています。
⑤ アドレナリンの使用が最小限
通常のCPRでは心肺停止が続いている限りは3〜5分おきに1mgのアドレナリンを静脈注射するというのが基本です(1時間蘇生していれば1mgを15回投与する計算になります)。
しかし、本症例ではアドレナリン1mgを1回使用のみです。
なぜこんなにアドレナリンの使用が少ないのでしょうか?
体温30℃以下でのアドレナリンや抗不整脈薬の有効性は証明されていません。
低体温下ではアドレナリンを頻回に使用すると脳の酸素化に悪影響を与えるとの動物実験結果もあります(Resuscitation.2016; 104: 1-5.)ので、アドレナリンの使用を最小限に留めたことも生還の一因かもしれません。
まとめ:なぜ助かったのか?
今回は約9時間もの間、心臓が停止していたにもかかわらず後遺症なく救命できた一例をご紹介しました。
これは奇跡だったのでしょうか?
著者らは、上記の条件を組み合わせることで「最長8時間42分の蘇生でも神経学的に完全な回復が可能」であることを示し、今後の山岳・寒冷地医療における標準的な救命体制の構築を強く推奨しています。
今回の事例は「奇跡ではなく、救命体制を構築することで再現可能な救命」と語っています。
これからの春〜初夏にかけては最も低体温症が発生しやすい時期です。
山岳救助隊の方を含めて、いろんな山岳関係者が低体温症での心肺停止例を経験する機会はありえます。
山岳エリアで心肺停止から救命することは非常に大変であり、そんな時に自分自身も危険な環境で諦める気持ちが出てくるのも人としては仕方ないと思います。
しかし、こういう症例が存在すること知っておくことが、救助する力を維持する一助になれば幸いです。
低体温症に関しては、諦めずに病院まで連れて行ければ、助かる可能性は十分にあります。
以上です!最後まで閲覧いただきありがとうございました!
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