はじめに
こんにちは!市川です!
「登山中に目の前の人が突然倒れたとき」、あなたはどう行動しますか?
この記事では、登山中の心肺停止(CPA:cardiopulmonary arrest)に遭遇した際の対応を、医療者の視点も交えてわかりやすく解説します。
対象は一般の登山者はもちろん、山岳救助や医療支援に関わる医療従事者にも有用な内容になっていると思います。
今回は後編です!
「AEDの意義と使い方」「心肺蘇生をやめるタイミングは?」を中心にお話しします。
是非、最後までご覧下さい!
前編をまだ読んでないって方は是非コチラを先に閲覧してください。
心肺蘇生の概要
この章は前編の復習です。前編と丸かぶりなので前編から来た人はコチラをクリックして読み飛ばして下さい。「しっかり覚えてない」という人は復習がてら是非読み進めて下さい。
登山中に目の前で人がいきなり倒れたとき、どのように対処すればよいか簡単にまとめると以下の通りです。

①〜④までは前編でお話ししましたので、今回は⑤AEDの使い方、⑤心肺蘇生をやめるタイミングを中心に開設していきます。
登山中の心肺停止(CPA)は救命できるのか?
と、その前に冷静な方であれば以下の様な疑問を感じるかもしれません。
「そもそもこんな山奥で心肺停止になった人を救命できるのか?」
「助かる可能性がない人を救助して自分の身が危険になったら?」
その感覚は正しいです。
そもそも街中であっても日本国内全体で目撃者がいる心肺停止の救命率はわずか7.4%と報告されています。
なので、「心肺蘇生をしない、やめる」という覚悟も時に必要になることは否定しません。
しかし、結論から言うと登山中の心肺停止(CPA)でも救命は可能です。
医療資源の限られた山中では救命率が高くないのは事実です。
一方で、運動中の心肺停止は適切な処置をすることで救命率が極めて高いことが報告されています。
特に以下のような条件がそろっていると、救命率は高くなります。
- 運動中の心肺停止は心室細動(VF)が原因である可能性が高い
- 目撃されてすぐに心肺蘇生(CPR)を開始できた
- AEDが速やかに使用された
- 要救助者がもともと健康で体力がある
詳細については以下の過去ブログをご参照下さい。
それでは心肺蘇生において最も重要なAEDについて説明していきます。
5. AEDの意義と使い方
AEDの意義
AEDの使い方の前に、心停止(=心肺停止)には3種類あります。
💔 心室細動(VF)
💔 無脈性電気活動(PEA)
💔 心静止(Asystole)
この3つの詳細な違いは過去記事をご参照下さい
→心肺停止には3種類ある
この中で山中であっても救命の見込みが高いのは「心室細動」になります。
PEAと心静止は医師でないと救えませんし、正直に言えば医師であっても医療資源の乏しい山中では助けられる可能性はかなり低いです。特に心静止となると救命率は極めて低いです。
しかし、
「運動中(登山中)に突然発生する心停止はその多くが心室細動」であることがわかっています。
Marijon E, et al. Circulation 2015;131(16):1384-91.
つまり、非医療従事者であっても適切な行動をすることで救命できる可能性がある心肺停止になります。
そのために必要になるのがAEDです。
心室細動に対する唯一の治療はAEDによる電気ショック(電気的除細動)です。
つまりここまでの①〜④はすべてAEDにつなぐためにあります。
逆に言うと、AEDがないと救命は極めて困難です。山中ではAEDが届かないことも十分あり得ますが、そのときは救命は厳しいと認識しながら心臓マッサージを続けましょう。
いつやめればいいのかは、後半で解説します。
AEDの使い方

AEDの使い方は非常にシンプルです。
①まずは電源を入れましょう。
②あとは指示に従えばOKです。
電源の入れ方は様々で電源ボタンがあるもの、蓋を開ければそれで電源が入るものなどありますが、どの機種でもわかりやすくしてくれています。
電源が入れば、あとはAEDが音声でその後の行動をアナウンスしてくれます。
③「パッドを貼って下さい」
④「心電図を解析します。体から離れて下さい。」
⑤-1「ショックが必要です」「充電中です」「ショックボタンを押して下さい」
⑥「ショックを実行しました」「胸骨圧迫を再開して下さい」
もしくは、心室細動(VF)ではない場合はAEDでは治療できないので、
③「パッドを貼って下さい」
④「心電図を解析します。体から離れて下さい。」
⑤-2「ショックは不要です」
⑥「胸骨圧迫を再開して下さい」
となります。
いずれのパターンでも2分ごとに④にもどって心電図を解析します。
③パッドを貼る

パッドの貼り方は覚えなくても、パッドに書き込まれています。
通常は、右前胸部と左脇腹です。
パットを貼る上でのポイントは以下の3つです。

パッドの役割は2枚のパッドを通して心臓に電気を流すことです。
したがって、心臓を挟めていれば大丈夫です。
両脇であっても、胸と背中であっても、両脇であっても。
左右逆でも問題はありません。わざわざ貼り直すぐらいならそのまま実行しましょう。

それよりも大切なことは、
・皮膚に密着させること
・2枚のパッドの間に電導体を挟まないことです。
皮膚への密着を妨げる一番の要因は体毛です。
少しぐらいなら気にする必要はありませんが、前胸部に剛毛がある場合には注意する必要があります。
①剃毛する(通常はAEDにカミソリが入っています)
②予備パッドがあれば、パッドを貼って体毛ごと剥がす(予備パッドを電気ショックに使用)
③体毛をさけて右脇と左脇に貼る(側胸部に体毛がなければ)
個人的には③>②>①の順でオススメです。
時間が短く済むからです。とにもかくにも「できるだけ早く電気ショックをかけること」が重要です。
「2枚のパッドの間に電導体を挟むのはNG」はイメージしにくいと思いますが、以下のような場合です。
・水滴で体が濡れている場合
・水たまりの上で横たわっている場合
・金属ネックレスをかけている場合
こういうときには、電気が周囲に漏れることで、通電効果が下がってしまう可能性があります。
「体を軽く拭く」、「水たまりの上を避ける」、「金属ネックレスは外す」などの追加作業が必要になります。
なお、雪は空気を含んでおり電導性は低いので、雪面は大丈夫です。
また、胸部とは関係ない指輪などもそのままでかまいません。
その他、以下のような注意点も稀にあります。
・貼付剤が貼ってあるときは剥がす。
(通電効率の低下や火傷のリスク)
・ペースメーカーからは2〜3cm離す。
(通電効率の低下)
④心電図の解析→⑤電気ショック→心臓マッサージの再開
④心電図の解析とは、心肺停止の3種類:心室細動、無脈性電気活動、心静止のいずれかを判断しています。
前述の通り、電気ショックが有効なのは心室細動のみです。
したがって、以下の通りです。
心室細動 → ⑤-1「ショックが必要です」
それ以外 → ⑤-2「ショックは不要です」
「ショックは不要」とは言い換えれば「治療できません」ということです。
⑤-2「ショックは不要」であれば、「胸骨圧迫(心臓マッサージ)を再開する」のは分かりますが、
⑤-1「ショックが必要」で「電気ショックをかけた後に、なぜ胸骨圧迫(心臓マッサージ)が必要」なのでしょうか?
・電気ショックで心室細動が止まらなかった場合(無効だった場合)
→当然、胸骨圧迫(心臓マッサージ)を続ける必要があります。
・電気ショックで心室細動が止まって正常の脈に戻った場合(有効だった場合)
→電気的には正常の脈(洞調律)になっていても、心臓は気絶状態でしばらくの間、動くことができないとされています。
したがって、電気ショックが有効であれ、無効であれ、いずれの場合でも心臓マッサージが必要になります。
心肺蘇生のまとめ
心肺蘇生のまとめです!
ここまで長々と読んでいただきましたが、端的にまとめると下図をダウンロードして持ち歩いて下さい。
もちろんそれぞれの意味を理解していないと応用は利きませんが、復習・カンペとして利用してもらえれば幸いです。

6. いつ心肺蘇生をやめるべきか? 〜中止の判断基準〜
心肺蘇生をやめるのは、大きく3パターンあります。
- 蘇生できたとき
- 救助隊が到着して引き継ぎをした
- いつまで経っても蘇生できない
①蘇生できたとき
上記のようなときには心臓が動いている証拠です。
よくあるパターンは「顔をしかめる」「心臓マッサージを払いのけようとする」ですね。
要するに「心臓マッサージが痛い」と感じてるんです。
こんな兆候が出てきたら、心臓が動いている可能性が高いので、気道を確保して呼吸の確認をしましょう。
呼吸がなければ人工呼吸だけは続ける必要があることもありますが、多くの場合には弱々しくも呼吸があることの方が多いでしょう。
どのくらいの時間心臓が止まっていたかにもよりますが、意識はまだもうろうとしていることがほとんどです。
意識障害があると気道閉塞しやすいので、回復体位を取って、保温しつつ救助を待ちましょう。

側臥位にすることで、気道を確保しつつ嘔吐しても窒息しにくい
②救助隊に引き継いだ
この場合にはいわずもがなプロに任せましょう。
まだ蘇生できていないのは残念ですが、ベストは尽くしました。
③いつまで経っても蘇生できない
これはとてもつらいパターンですが、一番あり得るパターンとも言えます。
山岳エリアではAEDも救助隊も来ないまま延々と心臓マッサージを続けるという状況になりがちです。
そんなときいつまで心臓マッサージを続ければいいのでしょうか?
これに対する明確な答えはありません。
しかし、そうはいっても目安がないと、いつまでも頑張っていては自分たちの身も危うくなるのが山岳地帯です。
そこで私見ではありますが、
心肺蘇生を30〜40分続けても蘇生できなければ断念する
僕はこれぐらいが妥当だと思っています。
この根拠は以下の通りです。

Yoshikazu Goto, et al. J Am Heart Assoc. 2016 Mar 18;5(3):e002819
上記の2つの文献はいずれも山中ではなく、街中での救急の話です。
心肺蘇生時間が35分を過ぎると99%以上救命できない
この35分という時間は僕自身の経験による肌感覚にも合う数字です。
あくまで統計的に99%救えないだけで、もちろん蘇生できるケースもあります。
僕自身も30分以上かけて蘇生に成功した経験もあります。
しかし、山岳エリアという医療資源の限られた環境では街中以上に厳しい数字になることは想像に難くありません。
救助者自身の身の安全も加味すると、「30〜40分間心肺蘇生を行っても救命できなければ断念する」というのは合理的だと考えています。
もちろん安全の優先度は「自分>周囲の人たち>傷病者」なので、大雨が降っている等の身の危険を感じる状況では、もっと早くに断念するケースもあると思います。
おまけ:目撃者のいない心肺停止の場合
ここまでは「目撃者がいる心肺停止」の場合を検討してきました。
現実的には誰も倒れた瞬間をみていなくて、倒れている人を発見したというケースもあります。
つまり、「いつ心臓が止まったのかわからない」というケースです。
目撃のない心肺停止(≒心肺停止時間が不明)というケースでは、最初から蘇生しないという選択肢もあります。
心肺停止状態では1分で10%救命率が低下します。
これは言い換えると、10分経過するとほぼ100%助からないことを意味します。
10分以上前に倒れたケースは最初からほぼ助かる見込みのない戦いになります。
もちろん最初から諦めることを勧めているわけではないので、現場の状況とリスクを総合して判断しましょう。
まとめ
まとめです!
- 安全確認
- 意識なし+呼吸なし=心肺停止と判断
- まずは人を集めて、救助要請+AEDを持ってきてもらう
- 心臓マッサージを開始する(人工呼吸は原則なしでもいい)
- AEDが届き次第すぐに電源On
- 「体動が出てきた」→蘇生成功!→呼吸の確認をして回復体位+保温で救助を待つ
- 30〜40分頑張っても蘇生できなければ断念して自分の身を守る選択肢もあり
以上の流れを頭に入れつつ、それぞれどんな意味があって行動しているのか把握していると質も変わるし、応用も利きます。
前編・後編あわせて何度も読み直して頭にたたき込んでください!
登山×医療の視点:山岳地帯における限界と可能性
厳しい自然環境+医療資源の限られた山岳エリアでは心肺蘇生の限界があることは事実です。
一方で、救命しやすい条件も十分にあるため、可能な限り早くAEDを使用することさえできれば救命できる可能性はあります。
高所(海抜 3,000 メートル超)登山中の心肺停止でありながらAEDにより救命し得た1例
前田 宜包ら. 日救急医会誌. 2010; 21: 198-204.
そのためには、
✓山岳エリアへのAEDの普及
✓登山者自身が心肺蘇生を正しく行える知識と判断力を持つこと
が重要です。
皆さんも是非しっかりと勉強して、できれば講習会にも参加して体にもたたき込んで「いざ」というときに備えてください。そのときは突然やってきます。
山小屋に着いた際には「AEDがどこにあるのか?」確認しておくのも大切です。
心肺停止状態になってしまった方を助けられるのは、山岳医でも山岳救助隊でもなく居合わせたあなただけです。
前編・後編に渡る長文を読んでいただきありがとうございました!
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