【第1回】雪山の凍傷はこうして起きる|八ヶ岳22症例からわかった“凍傷の現実”

目次

はじめに

こんにちは!市川です!

僕の自己紹介はコチラ

循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営
(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。

市川智英

今回のテーマは「凍傷」です。

今回は赤岳鉱泉山岳診療所で実際に診療した 凍傷22例を徹底分析し、
“どんな登山者が、どんな状況で、なぜ凍傷になったのか” を分かりやすく解説します。

皆さんはこの冬、どの山に登る予定ですか?
八ヶ岳に登る方も多いのではないでしょうか?

実は八ヶ岳は日本でも有数の凍傷多発地帯ということをご存じでしょうか?

八ヶ岳で凍傷が多発する理由

冬季でも登山者が多い

  • 都心から近い(関東・東海からのアクセスがいい)
  • 積雪量が少なく、冬季でも営業小屋が多い

一方で・・・
寒冷環境は厳しい

  • 厳冬期には-20℃まで冷え込むことも珍しくない
  • 3,000m級に匹敵する稜線が連なり、強風が吹き付ける

凍傷が多発する

もちろん、北アルプスの方がより厳しい環境になります。
しかし、厳冬期の北アルプスは営業小屋はほとんどなく、厳しすぎる環境のために、そこを目指す人もごく限られた熟練の登山者であるため、結果的に凍傷の数としては多くはありません。

逆に八ヶ岳は登りやすいことから、比較的初心者の方も多く、結果的に凍傷が多く発生します。

厳冬期も開設する「赤岳鉱泉山岳診療所」

2021年に南八ヶ岳にある赤岳鉱泉という山小屋に併設する形で赤岳鉱泉山岳診療所が発足しました。
赤岳鉱泉山岳診療所は日本国内で唯一厳冬期にも開設している山岳診療所です。

したがって、ここには”今まさに凍傷になった直後”の診療を経験します。
僕自身も発足当初から運営に携わっているため、今回は赤岳鉱泉山岳診療所での凍傷事例から学べる経験を解説します!

過去4シーズンで22例の凍傷症例が受診しています。

医療従事者であれば分かると思いますが、これは驚くべき数です。
実は医師であれ、山岳医であれ、「生涯で一度も凍傷を診たことがない」のが圧倒的多数です。

さらに「凍傷を診たことがある」という医師であっても、おそらくは数日経過したあとの「出来上がった凍傷」であり、数時間前に凍傷になったばかりの「フレッシュな凍傷」を診たことがある医師はほとんどいないのではないでしょうか?

そんなレアキャラである凍傷が、たった4シーズンで22例も受診するというのは極めて多い発生数です。
しかも、「今さっき凍傷になったばかり・・・」という超急性期の凍傷です。

凍傷は緊急疾患であり、発生直後からできるだけ早期に対応する必要があります。
数日経過してしまっては、凍傷は完成しており、すでに医師ができることは限られています。

赤岳鉱泉山岳診療所の診療経験からは、年末年始に凍傷が多発します。

今回は年末年始の凍傷事例をできる限り少なくするために、注意喚起目的に「赤岳鉱泉山岳診療所での凍傷事例」についてその特徴と対策について解説します。

本記事では、

  • どんな人が
  • どんな状況で
  • どんな行動の結果

凍傷になってしまうのか。

そしてそこから見えてくる
「凍傷になる登山者の共通点」
「受診パターン」
を実例に基づいて解説します!

ちなみに凍傷については書くことがいっぱいあるので、今回を含めて3つの記事に分けて解説していく予定です。

  • 第1回:雪山の凍傷はこうして起きる|八ヶ岳22症例からわかった“凍傷の現実”
  • 第2回:凍傷の応急処置は温めるな!?山岳医が教える”急速解凍の危険性”と正しい初期対応
  • 第3回:凍傷は病院に行けば治る?|諏訪中央病院での”治療の実際”と”ガイドラインの限界”
注意
  • 今回の記事は赤岳鉱泉山岳診療所の公式見解ではありません。あくまで市川の個人的見解です。
  • 山岳診療所のみで凍傷治療は完結できません。地元の二次医療機関である「諏訪中央病院」が八ヶ岳エリアの凍傷治療を主に行っています(詳細は第3回記事へ)

4年間22例の凍傷から分かった“5つの事実”

結論からお示しします!

〜実例から分かる
凍傷における5つの重要ポイント】

  • 凍傷受傷時には重症度判定はできない
    • 初期段階から重症として対応しないと、指を失うリスクがある
  • 中高年の受診割合が多い!高齢者ほど要注意!
  • 手指の凍傷が最多
    • 装備不足、準備不足、操作ミスが目立つ
    • ベテラン登山者も実は要注意・・・
  • “風”が最大のリスク
    • 凍傷症例の90%以上が風が強い稜線・尾根・アルパインエリアで発生
    • 樹林帯での発生はわずか1例のみ
  • 初期対応を誤ると悪化リスクが高まる
    • 詳細は次回記事(第2回)を参照

それでは、「なぜこういう結論になるのか」
22例の凍傷事例から解説していきます!

と、その前に「凍傷」の実例写真をご紹介しておきます。

初期の凍傷はどんな感じ?重症度は分かる?

凍傷の初期には白色変化と感覚障害のみ重症度判定はできない
時間経過とともに想像以上に広範囲で重症であったと判明することもあるので、早めの対応がbetter!

凍傷というと「水疱ができて、指が赤黒くなり、場合によっては壊死して指が欠損してしまう・・・」
そんなイメージをお持ちじゃないでしょうか?

間違ってはいませんが、上記は数日レベルでかなり時間経過した後の凍傷です。
山中で「凍傷かな?」と思うような超急性期にはもっと分かりづらいです。

しかし、この分かりづらい段階で「凍傷」と判断し、「下山・治療」へとつなげていく必要があります
凍傷が完成してしまってからでは手遅れです。

凍傷:時間経過での見た目の変化
※タップすると凍傷画像が出てきます。苦手な方はご遠慮下さい。
受傷直後の超急性期の凍傷写真は貴重ですので、できれば是非ご覧下さい。

どんな人が凍傷になっているのか

山岳診療所を受診した22例の傾向をまとめると、以下のような特徴がありました。

性別・年齢

受診者の平均年齢は53.9歳でした。
最年少は30歳、最高齢は74歳と幅広い年代が受診しています。

年齢分布は上図の通りです。
50歳代が8例と最多ですが、冬季受診者全体と比較すると興味深いことがわかりました。

冬季受診者全体に占める凍傷割合を年代別に算出すると・・・
10歳代 0%
20歳代 0%
30歳代 21%
40歳代 3%
50歳代 24%
60歳代 38%
70歳代 33%

高齢者に凍傷割合が多い
  • 50歳代受診者の4人に1人は凍傷
  • 60〜70歳代受診者の3人に1人は凍傷

と高齢者ほど凍傷で受診するケースが多い。

※30歳代も比較的多いですが、4例全員がアルパインエリアという厳しい環境下での凍傷でした(ビレイ・ロープワークなどが凍傷に関与していると推測されます)。

一方で、男女比はどうでしょうか?

上図を見てもらえばわかりますが、
男性6〜7割
女性3〜4割
といった感じです。

これは冬季受診者全体を比較しても、同様の比率です。
この事実からは、「凍傷のなりやすさには男女差はない」のかもしれません。

受傷部位

受診者のおよそ6割が手指の凍傷と圧倒的多数でした。

受傷理由は様々ですが、

  • スマホ操作の際に素手になる
  • ピッケルを同側でずっと握っていた
  • 手袋が風で飛ばされた(予備を持っていない)

など、雪山経験不足による操作ミス、準備不足が目立つ印象です。

次いで、多いのは足指の凍傷ですが、こちらはビバーク事例など長時間停滞しなければならなかった事例に多い印象です。

耳や頬・鼻は血流が良いので、よほど重症出ない限りはめったに欠損することはありません。
耳の方で1例、赤岳稜線をニット帽なしで歩いていて、無自覚に凍傷を受傷。
赤岳天望荘に宿泊中に両耳ともに水疱形成してきてしまい、翌日に診療所を受診された方がいましたが、その方も数週間後にはきれいに治っていました。

凍傷を疑ったら低体温症のチェックが重要

赤岳鉱泉山岳診療所の経験では、凍傷症例の約2割に低体温症を合併していました。

寒冷刺激を受けると、人体は重要臓器があるコアを守るために、末梢(手足の末端)の血管を収縮させて、冷たい血液が心臓に戻ってこないように代償します。

これは低体温症に対する防御反応とも言えます。

しかし、その代償として手足末端の血流は悪くなるため、凍傷になる可能性は高くなります
(血液を介して体温を末端まで伝えているため)

つまり、

凍傷と低体温症は併発しやすい

そして・・・
命に関わるのは低体温症
凍傷単独では死ぬことはない

ということです。

したがって、
凍傷を疑ったら、必ず低体温症も疑いましょう。
そして、低体温症と判断したら、優先すべきは低体温症に対する処置です。

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凍傷はどこで発生している?

赤岳鉱泉山岳診療所での過去4シーズン22例の凍傷症例を解析すると・・・
アルパイン:42%
アイスクライミング:8%
一般登山道(稜線):29%
一般登山道(尾根上):13%
一般登山道(樹林帯):4%

でした。

凍傷発生場所
  • 樹林帯での発生はわずか1例のみ(しかも、入山前にケガを負った部分でした)。
  • 実に92%が森林限界より上部で発生しています。

これは凍傷が”風”と強く関係していることを示唆します。

Wind Chill Chart

Wind ウインドChill チルTemperature テンパラチャーIndexインデックスという言葉をご存じでしょうか?
これは“気温と風速の組み合わせによって、人体がどれだけ早く冷却されるか” を数値化した指標です。

「体から熱が奪われる4つの仕組み」でも解説しましたが、風による対流や気化によって急速に身体から熱が奪われます。

以下の図はWind Chill Temperature Indexと凍傷発生までの時間を一覧表にしたものです。

米国National weather serviceより引用・作図

上図はあくまで露出した肌での話です。
しかし、実際に赤岳の稜線で、

  • 写真撮影や地図アプリの確認のために素手でスマホを操作した・・・
  • アイゼンが外れたので、素手で装着し直した・・・

こういう行動で凍傷になっている方は少なくありません。

雪山登山では、少なくとも森林限界を超えたら、素手になるのは絶対に避けましょう

凍傷になった登山者の”3つの共通行動”

症例から浮かび上がる共通点・凍傷受傷パターンは以下の3つです。

凍傷に繋がる3つの共通行動
  1. 準備不足
  2. 判断ミス
  3. 軽い寒冷障害の積み重ね

それでは、1つずつ解説していきます!

1.準備不足

  • そもそも手袋が薄い
  • 手袋の予備を持っていない
  • 弾丸登山

①②は論外ですね😅
そもそも雪山登山をするべき人ではありません。

防寒・防風性に優れた適切な装備は必須になりますし、手袋に関しては予備を持つのも雪山登山の常識です。

③弾丸登山については、社会人登山者は当てはまる人も多いのではないでしょうか?
かく言う僕自身も思い当たることはあるので、強くは言えません・・・😅

金曜日の夜、仕事が終わってから出発。
長距離運転の後に未明に登山口に到着。
極寒の車中泊でわずかな睡眠で登山開始。

睡眠不足、疲労、脱水、カロリー不足といった状態は“低体温症の予備軍”といっても過言ではありません。
そして、低体温症になると、凍傷のリスクが高まります

限られた土日という休日を最大限に活かすために、上記のような登山になってしまうのはやむを得ないという気持ちはとてもよく分かります😣
極論でいえば、日本人が働き過ぎなのが、凍傷・低体温症の一因ですね😅

2.判断ミス

  • 手袋を濡らしてしまった
  • 手袋を外した
    • スマホ操作・アイゼン装着・靴紐の締め直し
  • 同じ手でピッケルを持ち続けた
  • 稜線の登りで強風時に耳を露出させていた

これらはいずれも雪山登山では禁忌とされるような行動ですね。
そもそもやってはいけない行動です。

頭で理解していても、実際に山中の厳しい環境になると、「ついうっかり・・・」となりがちです。
きちんと学んで、適切に行動できるように日頃から練習をしておきましょう。

3.軽い寒冷障害の積み重ね

「装備不足」、「判断ミス」が特に初心者あるあるだったのに対して、
「軽い寒冷障害の積み重ね」は熟練の登山者にこそ起こりがちであるため、注意が必要です。

登山ガイド・山岳ガイドなどの熟練登山者によくみられる凍傷パターンがコチラになります。

  • 装備はバッチリ
  • 登山中の行動ミスもない

そんな状況にもかかわらず、
頻繁にハードな雪山登山を経験することで、微小な寒冷障害を繰り返していると・・・
ある日、突然ドカンと大きな凍傷を受傷することがあります。

※このような際には、同行者には凍傷はみられないことも多いです。
必ずしも気象条件が厳しかったわけではなく、本人の寒冷刺激耐性が落ちていたことが主な要因と考えています。

注意点としては、上記はまだエビデンスとしては確立していません

過去に凍傷を負った部位は、微小循環が損なわれており、再発リスクが高い

Zafren K. Frostbite: prevention and initial management. High Alt Med Biol. 2013;14(1):9-12.

一度、凍結した組織は寒冷誘発血管拡張(CIVD:Cold-Induced Vasodilation)が鈍化し、微小血管内皮障害が慢性的に残存する

McIntosh SE et al., Wilderness Medical Society Clinical Practice Guidelines for the Prevention and Treatment of Frostbite: 2024 Update

という文献は複数あります。

一方で、

  • 明確に凍傷になっていない・・・・・・・・・・・・非凍結性寒冷障害(NFCI:Non-Freezing Cold Injury)については、凍傷ハイリスクかどうかは文献上は定かではありません。

しかし、非凍結性寒冷障害(NFCI)であっても寒冷誘発血管拡張(CIVD)が鈍化することは指摘されているため、やはり赤岳鉱泉山岳診療所での経験的にも、「凍傷に至らないような寒冷障害が繰り返されることが凍傷のハイリスクである」するのは生理学的に十分合理的であると僕は考えています。

筋トレと異なり、凍傷によって組織が破壊されることで、寒冷刺激に強くなることはありません
むしろ、凍傷の既往は凍傷再発リスクが高いとされています。

急に「非凍結性寒冷障害(NFCI)」とか「寒冷誘発血管拡張(CIVD)」とか難しい用語が出てきて困惑している方もいるでしょう😅
僕もここで出すべきか悩みましたが、出してしまいました・・・。
これら「凍傷の病態生理」については第3回で解説予定です。
今回は読みながして下さい🙇

まとめ

まとめです!

4年間22例の凍傷症例から見えたのは、

  • 凍傷の重症度は受傷直後には判定できない
    • 重症として速やかに対応することが望ましい
  • 強風が最大のリスク:森林限界を超えたら要注意!
    • 森林限界を超える前に防風対策を!
  • 中高年の受傷割合が多い
  • 凍傷の多くは雪山経験不足(装備不足、判断ミス)
  • 経験者であっても、微小な寒冷障害を繰り返すことで、大きな凍傷に繋がりうる

という共通事項でした。

今回は以上です!
最後まで閲覧いただきありがとうございました!

次回以降は・・・

【第2回】凍傷の応急処置は温めるな!?山岳医が教える”急速解凍の危険性”と正しい初期対応
凍傷を疑ったら・・・。そんなときに“行うべき初期対応”、”やっては行けない行動”について解説します!
お湯を使った急速解凍は推奨しません。その理由も是非!

【第3回】病院での凍傷治療は?〜日本一の凍傷治療経験を誇る諏訪中央病院〜
日本国内で凍傷治療をできる病院はごく限られています。
そんな中で約17年にわたり八ヶ岳の麓で凍傷治療を続けてきた病院が諏訪中央病院です。
エビデンスも限定的な中で独自の経験を元に凍傷治療を確立してきたその内容をご紹介します。

どちらも非常に重要な内容になっていますので、是非第2回、第3回もご期待下さい!

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