はじめに
こんにちは!市川です!
今日のテーマは「登山中の息切れの原因が分かる!心肺運動負荷試験とは?」(後編)です。
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循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。
市川智英
「最近、登りで息があがりやすい・・・」
登山をしていると、こんな悩みを抱える方は少なくありません。
しかし、“息切れの原因” は人によってまったく違います。
- 体力不足?
- 脚の筋肉が足りない?
- 心臓の問題?
- 肺の問題?
症状だけでは息切れの原因を区別することは難しいです。
その答えを科学的に教えてくれるのが、今回紹介する 心肺運動負荷試験(CPX) です。
松本協立病院の登山者検診・登山者外来では、この検査を“中核を担う検査”として導入しています。
今回も前編記事に引き続き、CPXを行うと何がわかるのか、そして、最終的に登山にどう役立つのかをわかりやすく解説します!
CPXを行うことで、以下のような形で「持続可能な登高ペースが具体的に数値化」できます。
- 登山持続可能な心拍数ゾーンが分かる!
- 「標準コースタイムの●倍で登れる」か分かる!
- 「標高差●m/時間の登高ペースで登れる」か分かる!
それでは、具体的に解説していきましょう!

心肺運動負荷試験で何がわかる?
「心肺運動負荷試験で分かること」には以下の5つがあります。
前編では、
1.登山での潜在的疾病リスク
2.運動耐容能の評価:体力チェック
について解説しました。
- 登山での潜在的リスク
- 狭心症、不整脈、運動誘発性高血圧などのリスク評価
- 運動耐容能の評価:体力チェック
- 最大運動が可能な体力
- 呼吸性代償点(≒OBLA)
- 有酸素運動能力
- 循環器系の適応:心臓のポンプ機能評価
- 呼吸器系の適応:肺の換気能力
- エネルギー産生の質:脂質が使える体質かどうか
後編では3〜5について解説していきたいと思います。
3,4はちょっとマニアックで医療従事者向けなので、興味がない方は読み飛ばしてもらっても良いかもしれません😅
生理学、運動生理学に興味があるという方は是非ご覧下さい!
③ 循環器系の適応(心臓のポンプ機能)
心臓のポンプ機能は、医学的には”心拍出量”で表されます。
心拍出量は1分間あたりに循環している血液量を表しており、安静時には約5L/分といわれています。
心拍出量(L/分)=1回拍出量(mL)×心拍数(回/分)
という式が成り立ちます。
※1回拍出量:心臓が1回の収縮で送り出せる血液量
心拍出量と血管抵抗で”血圧”が決まります。
特に収縮期血圧(上の血圧)は臓器・組織に血液を供給する供給圧になります。
ということで、循環器系の適応に関して、
- 心拍数
- 1回拍出量
- 血圧
の3つに分けて解説します。
なお、運動時には心拍出量は5〜6倍に増加すると言われています。
運動時の心拍出量は、運動習慣の有無で大きく異なり、
一般人:20〜25L/分
持久系アスリート:35〜40L/分
とされています。
これは持久系アスリートの方が、心拍数も上昇させられるし、1回拍出量も増量できることで、運動中に大量の血液(酸素)を全身の筋肉に供給できることを意味します。
心拍数の上がり方

心拍数は運動強度に合わせて平行に増加するのが正常です。
しかし、以下のような影響で運動時に十分な心拍数上昇が得られない方もいます。
- 加齢による洞機能低下
- 自律神経障害、変時性不全:糖尿病など
- 薬の影響:β遮断薬など
そうなると、
1回拍出量×心拍数↓=心拍出量↓
の式から、運動中の心拍出量が相対的にあまり増加できなくなります。
運動中の心拍出量が増加しなければ、筋肉に届けられる血液量が減るので、運動パフォーマンスにダイレクトに影響します。
1回拍出量の変化
1回拍出量とは、「心臓が1回の拍動でどれだけ血液を送り出せるか」という指標です。
CPXでは 酸素脈(O₂ Pulse = VO₂/HR)という指標を使って、運動中の1回拍出量を推定します。
運動中には運動強度が上がるほど、1回拍出量も増えていきます。
したがって・・・
- VO2/HRが運動とともに伸びていく
→ 心臓がしっかり働いている
- VO2/HRが頭打ちになる
→ 心ポンプ機能が限界 or 重症狭心症などの可能性
心臓のサイズには限界があるので、誰でもどこかで1回拍出量が増えなくなりますが、それが早期に起こる場合には重症狭心症などの心臓病の可能性があります。
詳しいことは以下に図解しますが、CPXを実施する医師以外には関係ないことなので、読み飛ばして下さい😅

血圧の変化
血圧とは筋肉を含む臓器に血液を供給するための供給圧です。
したがって、血圧は運動に比例して上昇するのが正常です。
しかし、
運動時高血圧という疾患概念があり、最大負荷時に
男性で210mmHg以上
女性で190mmHg以上
となると過剰に血圧が上がりすぎです。
このような方は、現在の安静時血圧が正常だとしても、将来的に高血圧リスクが高いとされています。
Mohammed LM, et al. Cureus. 2020;12(12):e11988.
逆に、運動中にも関わらず血圧が上がらない or 下がってしまう
こういう方もごく一部にいて、そのような場合には運動時に心機能が低下してしまっている可能性があります。
このような方は軽い運動でも息切れが出やすくなりますので、要注意です。

「どの運動レベルでどのくらい血圧になるのか」把握しておくことは、
登山中の心臓トラブルの予防につながる重要なポイントです。
④ 呼吸器系の適応(肺の換気能力)
「登山中の息切れ」の原因の多くが「体力不足」であり、肺疾患が隠れていることは多いわけではありません。
一方で、少数ながら肺が悪い方が加齢とともに増加すること、特に喫煙歴のある方(過去を含む)で多いことも事実です。
では、CPXで呼吸器系のどのような能力が分かるのか?
- 換気効率:VE vs. VCO2 Slope
呼吸した空気の量に対して、体内のガス交換(酸素の取り込み&CO2の吐き出し)がどれだけ効率よくできているかを示す指標 - 呼吸予備能:BR
呼吸の余裕がどれだけ残っているかを示す指標
換気効率:VE vs. VCO₂ slope
呼吸の目的は「血液の酸素化」です。臓器に酸素を送るために、まずは「血液を酸素化」しているのです。
そして、血液を介して臓器に酸素を供給しています。
しかし・・・
- たくさん呼吸をすれば、必ずしもたくさんの酸素が血液中に溶け込むわけではありません。
酸素(O2)が血液中に溶け込んで、逆にCO2が血液から呼気中に排泄されることを”ガス交換”といいます。
換気効率は、換気量(呼吸の量)に対して、どれだけ効率よく”ガス交換”できているかを示す指標です。
呼吸の“ムダ”が多いほど値が高くなる。
特に拘束性換気障害(間質性肺炎)と呼ばれるような病的状態では、換気効率は悪化し、CPXではVE vs. VCO₂ slopeの上昇として反映されます。
呼吸予備能:BR(Breathing Reserve)
呼吸予備能(BR)=(MVV – Peak VE)/MVV×100
という式で表されます。
※MVV:最大努力換気量、Peak VE:最高分時換気量
※MVVを算出するには、呼吸機能検査も必要になります。
呼吸予備能が十分に残っている状態で息切れがするのであれば、肺に問題はなく、体力不足などが原因になります。
- 呼吸予備能が十分にある
→息切れの原因は肺以外が原因(体力不足?心臓?貧血?)
- 呼吸予備能が低い
→ COPDなどの肺疾患の可能性が高い- 拘束性換気障害でも低下しますが、特に閉塞性換気障害で顕著に低下します。



換気効率、呼吸予備能を評価することで、「息切れの原因が肺にあるのか」客観的に判定ができます。
⑤ エネルギー産生の質
CPXを行うことで、
- 脂質をエネルギーに変換しやすい体質なのかどうか
がわかります。
RER:呼吸商
一般的に中等度以下の運動強度では糖質に加えて、脂質も代謝することでエネルギーを産生しています。
しかし、高強度になってくると、脂質は代謝できなくなり、糖質からのみエネルギーを作ります。
RER(呼吸商)=VCO2/VO2 で表されます。
- RER<0.85だと、脂質代謝が有意
- RER>1.0だと、糖質代謝だけの状態
となります。
CPXを実施すると、運動強度に応じて「どの強度まで脂質を燃やせているのか」が評価できます。
高強度まで脂質を燃やせる人は「登山でバテにくい人」になります。
この辺に関しては、語り始めると長くなるので、また後日詳細に解説予定です😊
CPXで“息切れの原因”がわかる仕組み
これまで紹介した各項目を組み合わせることで、
- 体力不足か
- 心臓の問題か
- 肺の問題か
- エネルギー代謝の問題か
- 筋力不足か
を推定できます。
症状だけでは不可能な“原因の仕分け”をCPXが科学的に行えるというのが最大のメリットです。
CPXでわかる登山能力は?
さて、これまでCPXの詳しい解説をしてきましたが・・・



正直に言えば、難しくてよく分からなかった・・・
結局、CPXは登山にどう活用できるの?
こんな疑問を感じる方もいるのではないでしょうか😅
安心して下さい。
病気のことはとりあえず医師に任せるとして、CPXを登山にどう活かせるのか解説していきます!
CPXを行うことで、以下のような形で「持続可能な登高ペースが具体的に数値化」できます。
- 登山持続可能な心拍数ゾーンが分かる!
- 「標準コースタイムの●倍で登れる」か分かる!
- 「標高差●m/時間の登高ペースで登れる」か分かる!
それでは順番に解説していきます!
登山持続可能な心拍数ゾーンが分かる!
持続できる登山ペースとはATゾーンに該当します。
前述の通り、心拍数と運動強度は相関するため、ATに相当する心拍数によって、持続できる登高ペースがわかります。
これが大切になります。
最近は、登山中にも心拍数を測定可能なスマートウォッチが複数でています。
僕としてはApple watchやGarminがオススメです。
是非、以下の過去記事も参考にして下さい。




「標準コースタイムの●倍で登れる」か分かる!
「スマートウォッチは高くて買えない・・・」
「電池残量が心配で信頼できない・・・」
「本当に心拍数を正確に出してくれてるの?」
スマートウォッチに対してこんな不安・疑問を抱えている方もいるでしょう。
そういう場合には、
標準コースタイムと比較して
何倍ぐらいで登るのが自分にとって適正なタイムになるのか
を推定することができます。
CPXで実際に測定したAT(METs)と下記の式から算出される「推定必要METs」を比較しましょう。





例えば、標準コースタイム通りなら・・・
実測AT=5.0METs
推定必要METs=5.5METs
実測AT<推定必要METsとなり、ATを超える登山になる可能性が高いです。(休憩しないとどこかでバテる)



しかし、行動時間をコースタイムの1.2倍にして計算すると・・・
推定必要METs=4.9METs↓となるのであれば、
AT>推定必要METsとなり、ATの範囲内で安全に余裕を持って登山ができると推定できます。
※上記の数値は適当に入れています
「標高差●m/時間の登高ペースで登れる」か分かる!
下図の表を使えば、自分のAT=●METsというのが分かっていれば、それに相当する登高率(m/時間)を見ることで、
およそ1時間あたりの標高差をどのくらい登るペースが適切なのかが分かります。


上図はおなじみになってきた鹿屋体育大学の山本先生の著書「登山の運動生理学とトレーニング学」より引用しています。
CPXを行うと、AT=●METs、RCP=■METs、Peak VO2=▲METsというのが分かります。
ATに該当する数値を上記換算表をみることで、
「標高差●m/時間のペースで登れば、バテずに登山持続可能」
だと推定できます。
まとめ
まとめです!
- 登山での潜在的リスク
- 狭心症、不整脈、運動誘発性高血圧などのリスク評価
- 運動耐容能の評価:体力チェック
- AT:安全に登山を継続し続けられる体力
- RCP:短時間だけ踏ん張るためのギア
- Peak VO2:最大運動が可能な体力
- 循環器系の適応:心臓のポンプ機能評価
- 呼吸器系の適応:肺の換気能力
- エネルギー産生の質:どの強度まで脂質が使えるか
➡持続可能な登山ペースを数値化できます!
- 登山持続可能な心拍数ゾーンが分かる
- 標準コースタイムの●倍が自分の適性タイムか分かる
- 標高差●m/時間の登高ペースが適正か分かる
僕自身はCPXは登山者検診・登山者外来の中核を担う検査だと考えています。
- 心臓・肺のリスクの早期発見
- 登山者の体力、息切れの原因を知ることができる
- 心肺機能が弱いのか、脚筋力が弱いのか
- 安全に登り続けるための心拍数ゾーン
特に中高年となれば心疾患、肺疾患のリスクも上がり、体力も経年劣化してきてしまいます。
山岳遭難で最も多い年代は70歳代、60歳代になります。
山岳遭難死亡に限れば上記年代の割合はさらに上がります。
登山中の心臓突然死も決して少なくありません。
CPXを受けることで・・・
- 潜在的にある病気が検出できる可能性がある
- 自分の体力を客観的に評価できる
これらはとても大きなメリットです。
登山の安全性とパフォーマンスを客観的に確認できる検査です。
気になる方はぜひ検査を受けてみてください!
以上です!
最後まで閲覧いただきありがとうございました!


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