はじめに
こんにちは!市川です!
今日のテーマは
「高所での酸素飽和度は何%なら正常なのか?」です。
気になったことはないでしょうか?
我々、医療従事者でも高所での正常値を知っている方は少ないと思いますので、今回はどちらかと言えば、山岳医療に興味がある医療従事者向けの記事です。
ちなみに、酸素飽和度というのは血液中の全ヘモグロビンのうち酸素ヘモグロビンの割合を表したもの
ざっくり言えば、血中酸素濃度のようなものです。
パルスオキシメーターで計測可能で、2020年頃には新型コロナで流行りましたね。あれです。

このパルスオキシメーターで測定した酸素飽和度のことをSpO2(エスピーオーツー)と表現し、
平地でのSpO2=95〜100%が正常値になります。
高所、つまり標高が高いところでは酸素飽和度(SpO2)が下がることはご存じですよね。
標高が上がれば上がるほど、SpO2も下がります。
そして、高所でSpO2が下がれば、急性高山病も発症しやすくなります。
病院でSpO2 < 90%なんていう人がいたら、酸素投与の適応になりますが、山の中では必ずしも必要ではありません。
それでは、
✓どのくらいの標高で、
✓どのくらいのSpO2の値だったら危険なのでしょうか?
結論から行きましょう!
🏔標高と酸素飽和度(SpO2)の関係

上図は高所低酸素血症研究会の新井康弘先生が高所旅行取扱業者から高所トレッキング中の酸素飽和度の数値を集めてまとめた記録を僕がわかりやすくグラフ化したものです。
SD=標準偏差(ばらつき)であり、高所では特に酸素飽和度のばらつきが大きいため平均-標準偏差×2=危険値として、これ以上SpO2が低下している場合には一般的な数値からかけ離れて低下しているので要注意ということになります。
標高 | SpO2平均値 | 危険水域(平均-2×SD) |
1,800m | 94% | 90% |
2,350m | 93% | 88% |
2,700m | 91% | 86% |
3,500m | 86% | 77% |
3,900m | 85% | 74% |
4,400m | 83% | 73% |
4,800m | 79% | 68% |
5,300m | 77% | 65% |
表にまとめるとこんな感じですね。
山岳診療所は標高2,000〜2,500mぐらいに設置されていることが多いので、
「2,350mではSpO2平均値93%、危険水域88%以下」というのが参考になるかもしれません。
ただし、このグラフや表をそのまま鵜呑みにして、「標高2,350mでSpO2<88% だから急性高山病だ!危険だ!」とは言えません。
ここからは、なぜこの表を鵜呑みにしてはいけないかを説明していきます。
🏔 高所と酸素分圧
ちょっと遠回りですが、そもそも高所ではなぜ低酸素血症(SpO2が下がる)のか考えてみましょう。
「そりゃ、標高が高いところは酸素が薄いからだよ」
という意見が聞こえてきそうですが、標高が高くても酸素は薄くありません。
昔、理科で習いましたが、地球上はどこでも空気中の酸素濃度は21%です。
標高が上がると、大気圧がさがるので、酸素分圧が低くなる
というのが正しい表現です。
標高が上がると気圧が下がるというのはよく聞きますね。
空気(大気)に占める酸素濃度はどこでも21%なのですが、標高が高いと空気(大気)そのものが低圧になるので、結果として、ヒトが吸入できる酸素分圧も下がるのです。
わかりにくいので、図示してみました。

どうでしょう?
まだわかりにくい気もしますが・・・😅
最終的に血液中に酸素を取り込ませるには圧力が必要です。その酸素を血液に入れるための圧力が下がっていると言うことですね。
「ガモウバック」ってご存じですか?

ヒマラヤのようなエクスペディションで重症高山病になった際に使用するもので、この中に患者さんをいれてフットポンプで空気を入れ続けることで、中の圧力を高めるのです。
中に酸素を入れるわけではなく、周辺の空気を入れているだけですが、内部の酸素分圧が高まるので、たくさんの酸素を体内に与えられるという道具です。
擬似的に標高をさげているんですね。
別に「高所は酸素が薄い」という認識で何か問題があるかといえば、そんなに問題ないので「よくわからん」という人はスルーして下さい😁
大事なのはこれだけです。
高度 | 吸入酸素分圧 | 動脈血酸素分圧 |
---|---|---|
0m | ||
3776m(富士山) | 平地の2/3 | 平地の1/2 |
5200m | 平地の1/2 | 平地の1/3 |
8848m(エベレスト) | 平地の1/3 | 平地の1/4 |
酸素分圧と酸素飽和度の関係
動脈血酸素分圧と酸素飽和度の関係は下図のグラフのような関係があります。
直線的ではありませんが、「酸素分圧が下がれば、酸素飽和度も下がります」
なので、標高が高いところでは酸素飽和度が下がるんですね。
余談ですが、動脈血酸素分圧を測るには動脈血を採血して測定する必要があります。
高所では現実的ではないので、気軽に測れる酸素飽和度(SpO2)で代用しているということですね。

🏔高所での酸素飽和度はバラツキが大きい
さて、なぜ標高と酸素飽和度の関係をそのまま鵜呑みにしてはいけないのか?
それは、
高所での酸素飽和度は各個人でバラツキが大きいからです。
下図のとおり、
平地では酸素飽和度(SpO2)は95〜100%という非常に狭い間に全員が収まります。
一方で、標高2500m、SpO2≦90%を下回ったあたりから
標高の高さに依存して、SpO2のバラツキが非常に大きくなります。

別に酸素飽和度(SpO2)が下がっている人が息苦しくて悶えているわけではありません。
なぜこれだけバラツキが出るのでしょうか?
原因がはっきりしているわけではありませんが、
個体間の高所への耐性の違い
によると考えられます。
つまり、
ということです。
高所に弱い人にとっては残酷な現実ですね。
運動によってSpO2は低下する 睡眠によってSpO2はもっと低下する

「山で睡眠薬をつかっていいのか?」の回でもお話ししましたが、
高所では、
🏃 運動によって低酸素状態は悪化する
😴 睡眠時には9METsの運動時よりも低酸素状態が悪化する
運動によって酸素消費量が増加するために、一時的に酸素飽和度(SpO2)は下がります。
特に高所順応できていないと顕著に下がります。
しかし、運動中には換気量を増やすことで代償するので、そこまで大きな低下になりません。
一方で、高所での睡眠中には中枢性無呼吸を発症しますので、誰もが必ず低酸素状態になります。
高所では睡眠中が最も低酸素状態にさらされるため、高所登山では「睡眠高度=睡眠をとる高度」をどこにするかという発想が重要になります。
高所での睡眠中の無呼吸についてはこちらの記事をご参照下さい!
意識呼吸(口すぼめ呼吸)で酸素飽和度は上げられる

こちらの図は僕自身が低酸素トレーニングをした際のグラフです。
- 高度4,500mに設定した低酸素室に入るとSpO2 80%前後まで低下します
- その状態で踏み台昇降運動を開始するとSpO2 70%以下まで低下しました。
- 運動は継続したまま「口すぼめ呼吸」をするとその間だけSpO2 90%程度まで回復しました
口すぼめ呼吸とはおもに喘息などの呼吸器疾患がある患者さんに指導する呼吸法です。
50cmぐらい先のロウソクを吹き消すつもりで、口先をすぼめて、フーーーーーッと息を長く吐きます。
口先をすぼめることで、抵抗をかけながら吐くことになるため、口腔内圧・気道内圧が上昇します。
その結果、末梢気道(細気管支など)が閉塞しにくくなり、結果として肺が有効活用されて酸素状態が改善します。

酸素缶は意味がない
登山用品店などで売られている「酸素缶」
Amazonなどでも気軽に買えますね。
例えば、こちらの商品は10Lの酸素を持ち運べるようですが、商品説明によると「ボタンの押し加減により持ち時間が変わりますが、目安としてボタンを押し続けた場合、約3分〜5分間使用可能」となっています。
ゆっくり酸素を出したとしても、わずか5分でなくなってしまいます。
確かにこの5分間は酸素化は改善するでしょう、しかし、その後はまた元の低酸素状態に戻ります。
サイズや重さを考慮すると、登山中に使うのはあまりにも効率が悪すぎます。
🏔高所順応とは?
高所順応という言葉をご存じですね。
高所に強い人、弱い人がいたとしても、誰もが大なり小なり高所順応することはできます。
どういったことが体の中で起こっているのでしょうか?
- 心拍数の増加:1分〜
酸素供給を改善させるために交感神経が活性化して、心拍数を上げます。この変化は順応が進めばやがて心拍数は元に戻ります。 - 換気量の増加:数分〜数時間以内
低酸素に対して頸動脈小体が反応し、呼吸回数、一回換気量を増加させます - 二酸化炭素への応答改善:1〜2日以内
尿中重炭酸排泄の増加により呼吸性アルカローシスを是正して、過換気を維持します - 2,3-BPG濃度:数日
酸素解離曲線を右方移動させて、組織に酸素供給しやすくする - 赤血球・ヘモグロビンの増加:2週間程度
酸素運搬能は向上するが、血栓形成しやすくなる - 毛細血管の増加、ミトコンドリアの増加:数週間以上
一般の登山で起こる高所順応はせいぜい④までですね。
アスリートとかの高所トレーニングでは⑤あたりまで期待して行うのだと思います。
高所衰退とは?:5,500m以上では順応に限界がある
「高所衰退」という言葉があります。
長期間の高所滞在によって生じる、順応の限界を超えた生理的・身体的機能の低下を指す概念で、その標高は一般的には5,500m以上だとされています。
Peter D Wagner. High Alt Med Biol 2010; 11(2): 111–119.
具体的には、以下のような機能不全を起こします。
ヒトの体は高所に順応できる反面、高所衰退も起こします。
5,500mが高所順応<高所衰退となる標高であり、これ以上の標高に長期間留まっていても衰退するばかりで順応のメリットが限定的になります。
ちなみに、エベレストベースキャンプは5,300mに設置されており、これは高所衰退が起こらないギリギリのラインだと考えられます。
📝まとめ:高所でのSpO2正常値は?
まとめです!
冒頭でも述べたように各標高におけるSpO2の平均値ならびに危険水域は以下の通りです。
これは400人以上もの高所トレッカーの数値から算出しており、かなり信頼性があると思われます。
ただし、トレッキングしきているのである程度順応された登山者の平均値といえます。ロープウェイなどで急に標高を上げた場合にはもっと下がる可能性があります。

しかし、一方で、
といったことから、一概に正常値は●●%以上と言えないのが高所です。
あくまでも上記数値は参考値として記憶・メモをしておきましょう。
むしろ、大切なことは、以下のような状態を適切に評価することです。
このような場合には、危険な状態になっている可能性があります。
少なくともこれ以上標高は上げず、場合によっては救助要請してでも早めに高度を下げた方がいいかもしれません。
急性高山病に関してはまた後日記事を書くつもりですので、そちらもご参照下さい。
以上になります!最後までご覧いただきありがとうございました!
コメント
今回も高所に弱めな私には参考になりました。
口すぼめの呼吸法は知っていたものの、何故効果があるのか?の原理までは分からなかったのでここの疑問も解消されました。今回はダイアモックスについては触れられていませんでしたが、ダイアモックスのメリット、デメリットについても取り上げていただけると参考になります。
遠藤さん
コメントありがとうございます。
「ダイアモックスのメリット、デメリット」面白そうですね。そのうち企画したいと思います!