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脂質を燃やして登山を楽しむ〜バテないためのAT活用術〜

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目次

はじめに:なぜ山で「バテる」のか?

こんにちは!市川です!

循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。

✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営
(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)

さらに「医療から登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。

今回のテーマは「脂質を燃やして登山を楽しむ」です。
タイトルそのままですね😅

近年は登山人口の多様化に伴い、山岳遭難件数は高い水準で推移しています。

その主要な要因は技術不足や悪天候だけではなく、登山者自身の「疲労=相対的な体力不足」にあると僕は考えています。

「疲労」とはかなり複雑な概念で、心肺機能のみならず、筋力不足、脱水、中枢神経の影響など様々な要因がかみ合っている現象ですが・・・

登山のような長時間の比較的強度の高い運動を行う際に、
疲労の大きな要因になっているのが、エネルギー枯渇による「ハンガーノック」です 。

そして、エネルギー枯渇は山岳遭難に直結しますし、状況によっては低体温症から命に関わる事態にもなり得ます。

人体のエネルギー源は2つ

  • 糖質: すぐに利用可能だが、高強度の運動では数時間で空っぽになります 。
    • 糖質が枯渇した状態=ハンガーノック≒遭難ハイリスク
    • 糖質のイメージは「財布」
  • 脂質: 使うのに一手間かかるが、膨大な量のエネルギーを蓄えている
    • 脂質のイメージは膨大な銀行預金

長時間の山行において、限られた糖質を温存し、いかに「脂質を上手く燃やすか」が、疲労を防ぎ、しいては転滑落事故や低体温症による命の危機を防ぐ要になります 。

結論!ATを知れば、脂質を燃やせる!

じゃあ、どうすれば脂質を燃やせるの?

ATを知りましょう!

今回の記事を読んでいただければ、以下のことがわかります。
ATとは何か?
これをつかんで、「脂質を燃やして」快適に登山を楽しみましょう!

今回の記事でわかること
  • 脂質を燃やして登山を行うメリット
  • 脂質代謝が最も増加するペース≒ATとは?
  • 脂肪を燃やして登山を楽しむ具体的方法

人体のエネルギー源は”糖質”と”脂質”

人体のエネルギー源には”糖質”と”脂質”があります。

糖質は解糖系を通じて速やかにATP(人体のエネルギー)に変換されるため、高強度運動における主たるエネルギー源となります。
しかし、糖質の貯蔵量には限界があり、主に肝臓と筋肉(骨格筋)にグリコーゲンとして貯蔵されていますが、肝臓のグリコーゲンは主に血糖値の維持に使用されるため、運動に使えるグリコーゲンは筋肉に蓄積されたグリコーゲンのみ
その量は一般成人で約300〜500g程度とされています(体格、筋肉量により異なります)。

糖質は1g=4kcalであるため、運動に使える糖質エネルギー蓄積量は400g×4kcal=1600kcal程度となります。

一方で、脂質は脂肪組織や筋肉内中性脂肪として体内に大量に蓄積されています。
具体的には、体重60kg、体脂肪率15%という一般的な体型の場合、9kg=9,000gもの脂肪が蓄えられています。

さらに、糖質が1g=4kcalに対して、脂質は1g=9kcal(脂肪は約20%が水分なので、1g=7.2kcal)とグラムあたりのエネルギー産生が糖質の倍以上あります。

その結果として、体内に蓄積された”糖質”と”脂質”を登山時間に換算すると、下図のようになります。

脂質を燃やして登山をするメリットは?

脂質を燃やして登山を楽しむ最大のメリットは前述の通り、極めて効率的かつ膨大な貯蔵量のエネルギーが使用できるという点です。

その結果として、

  • 脂質燃焼による体重減少効果
  • 長時間山行においても有限である糖質を温存できる
    • 疲労の進行を遅延させ、転滑落や低体温症といった致命的な事故を防ぐ

ことができます。
さらには、

  • 脂質が燃えやすいペースは心臓や血管への負担も少なく、登山中の心臓突然死を防ぐことにも繋がります。

つらくなくバテない登山ができて、安全で、ダイエット効果まで期待できる。
最高の登り方ですね😊

それでは、どうやってそんな「理想の登り方を行うのか」
その方法について次章で解説します。

脂質を使える魔法のペース「AT(嫌気性代謝閾値)」を知る

脂質をうまく燃やすためのカギとなるのが、「AT(嫌気性代謝閾値)」と呼ばれる運動強度の境界線です。

ATとは、有酸素運動から無酸素運動に切り替わり、血中に乳酸が急激に産生され始めるポイントを指します 。
端的に言うと「有酸素運動能力」とも言い換えることができます。


このAT以下のペース(有酸素領域)を守って歩くことには、極めて重要な医学的メリットがあります。

  • 疲労を感じにくい
    乳酸の産生や息切れ(代謝性アシドーシス)が出現する前のペースになるため疲労を防ぎます 。
  • 心臓を守る
    交感神経の過緊張を防ぎ、急性心筋梗塞などの重篤な心血管イベントリスクを減らします。

《運動中の心血管イベント≒急性心筋梗塞の発生率》
高強度インターバルトレーニング(HIIT)の場合:23,182時間に1回のイベント
に対して、
中等度強度の運動の場合:129,456時間の運動で1回のイベント

Franklin BA, et al. Circulation. 2020;141(13):e705-e736.


と報告されており、AT付近に相当する中等度運動であれば、約13万時間の運動で1回の心血管イベントとほとんど無視できるレベルにまで登山中の心筋梗塞発症リスクを下げられます

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FATmax(最大脂肪酸化強度)とATはほぼ一致する

では、脂肪が最もよく燃えるペースはどこなのでしょうか。

脂肪燃焼と運動強度の間には逆U字曲線関係があるとされています。
つまり、一定レベルの運動強度までは脂質燃焼は増加するが、一定レベルを超えると急速に脂質は燃焼できなくなることが分かっています。
脂肪燃焼が最大となる運動強度を”FATmax”と読んでいます。

Jeukendrup AE, et al. Eur J Sport Sci. 2001;1(5):1-11.より引用

脂質の燃焼量が最大となる運動強度=FATmaxは、一般的に最大酸素摂取量(≒最大運動強度)の50%〜60%付近で観察されます 。
ATは最大酸素摂取量の約60%に相当するとされており、トレーニングを積んだ人では、このFATmaxがAT付近の強度まで維持されることが分かっています 。

ちなみに運動強度が上がれば当然エネルギー消費量は増加するので、FATmaxを超えた後のエネルギーはどこから来るかというと“糖質”です。

つまり、

  • 脂質の燃焼量が最大になるのは、ATまで。
  • 高強度の運動では”脂質は一切燃焼せず”、”糖質はガンガン燃える”

ということになります。

心肺運動負荷試験の自験例

上図は松本協立病院で心肺運動負荷試験(CPX)を実際に行った際の“エネルギー消費量”“糖質代謝”“脂質代謝”に分けて示したグラフです。

茶色いグラフ:運動強度
青いグラフ:総エネルギー消費量
黄色いグラフ:糖質代謝
黒いグラフ:脂質代謝

を表しています。
なお、総エネルギー消費量=糖質代謝+脂質代謝」です。

運動強度を徐々に上げていった際に“糖質”と”脂質”がどのように燃えていくのか示しています。
なお、中央付近の青いバーがATに相当する運動強度になります。

運動強度と糖質代謝・脂質代謝のポイント

運動強度が上がると・・・

  • 指数関数的に総エネルギー消費量は増える(平行ではない)
  • 脂質代謝は増加するが、ATをピークに急激に低下し、最終的にゼロになる
  • 糖質代謝は低強度ではあまり燃焼しないが、ATを超えると指数関数的に燃焼する

つまり、前項のFATmaxと同じ内容ですね。
脂質が燃焼するのはATがピークと考えてください。

さらに特筆すべきはATよりも高強度では、糖質代謝が指数関数的に増加します。
つまり、糖質消費量は運動強度に応じて平行に増加するわけではないので、AT付近で登山を行うことで、

  • 脂質利用により糖質の消費を抑えられる
  • そもそもエネルギー消費量自体が抑えられる

この2つの観点でシャリバテ=ハンガーノックを防ぐことができます。

自分のATを知り、登山に活かそう

さて、ここまでの解説で「ATレベルに合わせた登山をする=脂肪燃焼効率がいい登山をする」ということが理解できたでしょうか。

それは分かったけど、
どうやったら自分のATレベルで登山ができるの?

ATレベルで登山を行う方法は以下の2つになります。

  • “ややキツい”ペースで登山をする
    • 会話が途切れないペースで登山をする
  • ATに相当する心拍数を目安に登山をする
    • 年齢から推定する
    • 心肺運動負荷試験でATを実測する

それでは順番に解説していきましょう。

①”ややキツい”ペースで登山をする

最も簡単なのがこの方法です。
“ややキツい”ペース、なんて抽象的な方法でしょう😅

しかし、適当に言っているわけではなく、ちゃんと科学的根拠があります。
運動生理学の世界で主観的運動強度(Borgボルグ指数)というものがあります。

6〜20の数値で”つらさ”を自己申告で表現したスケールになります。

このBorg指数12〜13=「きつさを感じる手前〜ややキツい」がATに相当するとされています。

ATとほぼ同じ概念でLT(乳酸閾値)というものがあります。
運動強度を上げながら乳酸を測定していくと、乳酸値が急上昇するポイント(=LT)があります。
これは有酸素運動の限界を迎えて、無酸素によるエネルギー代謝が始まった証拠であり、ATに相当します。
この“LT(AT)がBorg12〜13に相当する”という研究は複数あります。

一番の欠点は、あくまで主観なので個人差がどうしても大きくなってしまうことです。
つまり、「正確性に欠ける」ということです。

これを補う方法として「トークテスト」と呼ばれる方法があります。
これは心臓リハビリテーションの分野で使われている方法で、リハビリ中の患者さんと会話をして、息切れにより会話が途切れず運動を行えていれば、それはすなわちATを超えていない事を意味します。

逆に言うと・・・
登山中に”息切れで長い会話が途切れてしまう”ような場合には、ATを超えています

②ATに相当する心拍数を目安に登山をする

上図の通り、心拍数は運動強度に比例して平行に増加します。
つまり、心拍数が分かれば自分がどの強度で運動しているのか推定できます

したがって、ATに相当する心拍数を把握しておけば、その心拍数を目安に登山を行うことで脂肪を燃焼させながら効率よく安全に登山を楽しむことができます。

ATに相当する心拍数を把握する最も正確な方法は”心肺運動負荷試験”を受けることです。
興味がある方は、是非、松本協立病院の登山者検診を受けて下さい。

\ 松本駅から徒歩2分! /

一方で、それなりに手間ではあるため、「もっと簡便にATの心拍数を知りたい」という方は以下の方法をオススメします。

これらの方法でATに相当する心拍数を把握した上で、スマートウォッチを用いて登山中に心拍数を計測しながら登山を繰り返し行うことで、徐々に体感値(Borg指数)でもATレベルで脂肪を有効活用しながら登山ができるようになっていきます。

僕が個人的にオススメするスマートウォッチは、以下の3つです。

\ 登山系スマートウォッチの最高峰 /

\ iPhoneユーザーならオススメ /

\ 血圧測定もできる! /

いずれも登山中にも正確に心拍数が測定できて、いざとなれば心電図計測も可能です。
登山でも使いやすくてオススメです。
それぞれ特徴があるので、詳細は以下のレビュー記事をご参照下さい。

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まとめ

まとめです!

【人体が使えるエネルギー源は2つ】

  • 糖質
    • 速やかにエネルギーに変換できる貯蓄量が限られている
    • 高強度運動で主に使用され、エネルギー効率が悪い(燃費が悪い)
    • 糖質の枯渇(ハンガーノック)は行動不能や低体温症を招き命に関わる
  • 脂質
    • エネルギー変換に時間はかかるが1日では消費しきれないほどの貯蔵量を持つ
    • 中強度運動(AT)までが最も脂肪燃焼効率がよく、それ以上の運動強度では脂質は使えない

どちらが優れているというわけではないですが、それぞれ特徴があり、理解する必要があります。
登山の中でもどうしても高強度運動が余儀なくされるようなアルパインルートなどではどうしても糖質消費が必要になるシーンも出てくるでしょう。
しかし、圧倒的に出番が多くあるべきなのは、脂質消費によって持続的な運動を可能にする中強度運動すなわちATレベルでの登山でしょう。

【登山中のATレベルを知る方法は2つ】

  • 「ややきつい」ペース、会話が可能なペースでの登山
    • 非常に簡便というメリットはあるが、正確性には欠ける。
  • ATに相当する心拍数を目安に登山する
    • 手間はかかるが、正確。
    • 最大心拍数×75%(220−年齢)×75%を目安とする
    • 心肺運動負荷試験で正確に測定する

中高年の方は、意外と自分の体力を過大評価しているケースが多く、遭難ハイリスクとされています。

ぜひ②の方法でスマートウォッチを使って心拍数を、登山をする習慣をおすすめします。

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近年は「疲労遭難」つまり、疲れ果てて行動不能となり救助要請に至るケースがとても増えています

自身のATレベルを知ることで、脂質を効率よく使用することで、糖質消費を抑え、快適に登山が楽しめるだけでなく、結果的に行動不能や低体温症といった致命的な遭難を防ぐことができます。

以上です。最後まで閲覧いただきありがとうございました!
“脂肪を燃やして”効率よくエネルギーを使用しながら、快適に安全に登山を楽しみましょう!

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