【登山者検診とは?】体力を数値化し、突然死を防ぐ山岳医による人間ドック

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はじめに

こんにちは!市川です!

僕の自己紹介はコチラ

今日のテーマは「松本協立病院の登山者検診・登山者外来とは?」です。
そうです。CMです😅

しかし、僕自身は登山者の方達、特に中高年登山者には登山者検診は必須だと思っていますので、是非紹介させてください。

あなたは自分の体力を正しく把握できていますか?
そして、登山中に突然死するリスクがあることをご存じでしょうか?

2025年夏季(7〜8月の2ヶ月間)の山岳遭難統計が発表されましたが、
✔️発生件数 808件(前年対比+148件)
✔️遭難者数 917人(前年対比+181人)

と急増しています。

この理由として「体力的に無理な計画を立てる」など、体力不足が一因として指摘されています。

松本協立病院では2019年4月から「登山者検診登山者外来」を開始しました。

《登山者検診とは?》
登山を楽しむ人のために設計された特別な健康診断です。
登山中の安全を守るために必要な“登山者専用の人間ドック”です。

一方で,

《登山者外来とは?》
心臓病を持っている方のための登山サポート外来です。

もともと山が大好きだったのに・・・
❌心筋梗塞を患ってしまった・・・
❌ペースメーカーが入ってしまった・・・
❌不整脈といわれて治療を受けた・・・
こんな人達が再び山を楽しむための外来です。

今回は「登山者検診」をメインに
「登山者検診とはどんなことをしているのか」
「なぜ必要なのか」

を解説します!

登山者外来については別で記事を作成しますので、少々お待ちください。

登山者検診とは?

登山者検診は、登山を安全に楽しむために行う健康チェックです。
一般的な人間ドックに加えて、登山に特有のリスクを見つけ出す検査が組み込まれています。
「登山者向けの人間ドック」と考えてもらうのが一番適切ですね。

実施している検査内容

登山者検診の検査内容と流れは以下の通りです。
身体測定〜心電図ぐらいまでは一般的な健康診断でも実施する内容ですが、血液検査の項目は一般の健診にはないような心臓病の検出に特化した項目も含まれています。

さらに、心エコー検査、肺機能検査、心肺運動負荷試験といったところが一般の健診ではほとんど行われない検査になります。

  • 身体測定
    身長、体重、血圧など測定します
  • 血液検査・尿検査
    貧血の有無、肝機能、腎機能、脂質異常症、糖尿病、甲状腺機能、心不全等のチェックを行います。
  • 胸部レントゲン
    心臓の大きさ、肺の異常をチェックします
  • 心電図
  • 心エコー検査
    心臓の動きや弁膜症の有無をチェックします。
    過去の検診でこの検査で心臓腫瘍が見つかった方もいます。
  • 肺機能検査
    いわゆる肺活量の検査です。肺活量だけでなく、COPDなども評価できます。
    高齢者、喫煙者にはCOPDが多いので注意です。
  • 心肺運動負荷試験(CPX)
    登山者検診の核となる検査です。
    心電図、血圧計、酸素飽和度、呼気ガスモニターを装着して限界まで運動してもらいます。
    この検査によって、運動中のみ現れる不整脈や狭心症といった心臓病を検出できたり、体力レベルの客観的な評価ができます。
心肺運動負荷試験(CPX)を実施中の様子

なぜ登山者検診が必要なのか? -2つの理由-

僕が考える「登山者検診を受けるべき」という理由は大きく2つあります。

山岳遭難の背景に「疲労 」がある

冒頭でも述べたように警察庁としても「山岳遭難の背景には体力不足がある」ことを指摘しています。

疲れ果てて動けなくなってしまう疲労遭難が増えていることもありますが、それだけではなく、道迷いや転倒・滑落といった主要な遭難理由の背景には疲労があると考えられます。

  • 疲れ果てているから、ルートロスしてしまう、道に迷ったと思っても登り返す気力がない。
  • 疲れ果てているから、ちょっとした段差で躓いて転倒、滑落に繋がる。

そうなんだよな。
最近、SNSだけで登りに来る人も多いし、ちゃんと毎週登って体力をつけないと。

そう思ったあなた自身は本当に体力に問題はありませんか?
毎週登っているからといって体力が維持できているわけではありません。

杉田浩泰: 登山研修, 31: 93-100, 2016 より引用・筆者作図

上図は長野県警を介して、2014年7月2日〜9月3日までの山岳遭難者(死者・行方不明者を除く)83名に依頼して76名から回答を得たアンケート調査結果です(回答率91.6%)。

遭難者の多くは、
✔️トレーニングをしている 94%
✔️同年代より体力があると思う 75%
✔️選んだコースに対して力量が妥当 78%

と考えていましたが、

「事故後の反省として体力が足りなかった」と回答した方は58%と半数以上に上ります。

過去5年間の当院の登山者検診・登山者外来受診者の状況も似たような印象があります。

松本協立病院の登山者検診/登山者外来受診者の実態

2019年4月〜2025年3月末時点で松本協立病院の登山者検診/登山者外来はのべ206名が受診しています。
・年間平均山行日数:28.6日
・登山以外の運動習慣あり:81.6%
・同年代の体力平均値を上回っている人:80.1%

と確かに前述のアンケート調査の結果を裏付けるように、
・日常的に登山の習慣があって
・登山以外でもトレーニングをしていて
・同年代より体力が上回っている人が多い

そんな状況です。しかし・・・

登山を行うのに十分な体力を有しているという人は27.0%しかいません。
注)AT<5.5METsだからといって登山をすべきでないとは考えていません。適切な登高ペース・登山計画に調整すれば登山は楽しめます。

人は自分の体力を過大評価しがちです。
そこで役立つのが 心肺運動負荷試験(CPX:cardiopulmonary exercise test)です。

CPXでわかること

  • 体力の上限値
    短時間のみ発揮できる最大運動負荷能力(Peak VO2)
  • 有酸素運動能(AT:Anaerobic Threshold)
    余裕を持って登り続けられる体力
  • 運動中の心臓のポンプ機能評価
    心臓は安静時と運動時では3〜8倍ぐらいポンプ機能が増加します。
    安静時は体力の有無で差はありませんが、運動中には体力の有無でポンプ機能は大きく差がつきます。
  • 運動中の血圧の評価:運動時高血圧
  • 運動時にのみ出現する不整脈や狭心症の評価

これらの結果を山岳医・循環器内科医が解析することで、受診者の体力を正しく評価し、無理のない登山計画を提案することができます。

心肺運動負荷試験(CPX)は奥深いので、これは単独で後日別記事で解説予定です。
興味がある方はお楽しみに。

山岳遭難死亡の約20%が「心臓突然死」

登山中に起こる山岳遭難死因の「第3位が心臓突然死」とされており、全体の約20%を占めます。
日本国内では毎年300名ほどが山で命を失っているので、毎年およそ60人前後が登山中に心臓突然死を来している計算になります。

背景には、動脈硬化生活習慣病が隠れており、登山中の過度な負荷で急性心筋梗塞を引き起こすことがあります。

登山者検診では心臓病を早期に見つけ、突然死を未然に防ぐことを目指しています

登山中の突然死、急性心筋梗塞については過去記事をご参照ください!

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実際にどのくらい心臓病が見つかるのか?

2019〜2024年度の登山者検診では、心臓病の検出率は13.4% にのぼりました。

これは僕が登山者検診を始めようと思った際に想定していた数字を大きく上回るものでした。
もちろん検出された心臓病がすぐに突然死に繋がるものばかりではありません

それでも登山中に心臓突然死をされてしまう方は氷山の一角であり、水面下にはハイリスク状態で登山をしている方がいかに多いのか痛感しました。

発見された代表的な心臓病

上記のように様々な種類の心臓病が見つかっています。
このうちの多くは当院もしくは地元の病院(受診者の半数以上は県外から来院)で治療しています。

まだ治療までは必要なく、当院や他院で定期検査をしている方もいらっしゃいます。

心臓病ではないですが、
・間質性肺炎
・慢性閉塞性肺疾患
など肺の病気が見つかることもあります。

登山者検診で見つかった病気の治療例

56歳男性
生来健康でこれまでの検診では特に異常を指摘されたことなし。
沢登りバックカントリーがメイン。

登山者検診で心肺運動負荷試験を行うと、運動負荷に伴い心房細動が誘発された。
iPhoneユーザーであったため、Apple watchをオススメしたところ、普段の登山中にも心房細動を発症していることが発覚した。

当院でカテーテルアブレーション治療を施行。
アブレーション後の心肺運動負荷試験では心房細動は誘発されずApple watchでも再発はなく経過良好。

心房細動は不整脈の一種であり、放置すれば脳梗塞心不全を発症することがあります。

やっかいなことに心房細動そのものは約40%程度が無症候性つまり症状がありません。
したがって、知らないうちに心房細動を患っていて、脳梗塞や心不全になって初めて心房細動であったと発覚する例は少なくありません。

登山者検診で必ず無症候性の心房細動が見つかるわけではありませんが、過去の事例では割と再現性高く、心房細動が誘発されています。

心房細動を見つけるという目的なら、Apple watchもオススメですね。

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登山者検診を受けるメリット

登山者検診では単に「検査をしてその結果を説明する」だけというような、一般的な健康診断・人間ドックとは異なり、1人あたりの受診者に30分以上の時間をかけて結果説明をしたり、質疑応答をしています。

  • 山岳医が専門的に結果を解説
    • 1人1人の受診者の状況や検査結果に合わせて説明内容を変えている
    • 心臓突然死に繋がりうる要因を客観的に評価して、対策も説明
  • 心臓に負担のかからない登山方法を確認できる
    • 体の負担にならない心拍数を指導
    • 標準コースタイムに対して、自分に合った安全な登高ペースがわかる
  • 質問も自由にできて満足度が高い
    • 高山病になりやすい・・・
    • よく足が攣ってしまう・・・

単に病気を見つけるだけでなく、受診者に合った登山スタイルを提案しますので、登山の楽しみ方そのものを変える力があります。

例えば、表銀座縦走コースを歩きたいなら・・・

《中房温泉→燕岳→大天井岳→槍ヶ岳山荘(標準コースタイム:16時間42分)》

標準コースタイム通りなら・・・
1日目:6:00中房温泉→14:55大天荘(8時間55分)
2日目:6:00大天荘→13:47槍ヶ岳山荘(7時間47分)
こんな感じで、2泊3日の行程で組むのが一般的でしょう。

登山者検診の結果、体力がやや不足しており、標準コースタイムの1.2倍が適正な登高ペースであると分かれば・・・

1日目:6:00中房温泉→16:42大天荘(10時間42分)
・・・行動時間が長す
ぎる

標準コースタイムの1.2倍で計画
1日目:6:00中房温泉→燕岳→12:18燕山荘(6時間18分)
2日目:6:00燕山荘→ヒュッテ西岳(8時間24分)
3日目:6:00ヒュッテ西岳→12:20槍ヶ岳山荘(5時間20分)
こんな感じで3泊4日で余裕を持った行程にすべきと提案し
ます。

体力を具体的に数値化することで、自分に合った無理のない計画が立てられます

注意点

登山者検診を受けていれば、人間ドックは受けなくてもいいですか?

たまにこんな質問をいただきます。
その答えは・・・

登山者検診と一般の人間ドックは目的が違います
登山者は両方受けるのがベストです。
松本協立病院では登山者検診・人間ドックセットも用意しています。

《それぞれの目的》
✔️登山者検診登山中のトラブル・遭難を防ぐための健康チェック
✔️一般の人間ドック生活習慣病や癌を早期に発見するための健康チェック

上記の通り、登山者検診と人間ドックは目的が違います。
目的が違えば検査項目も異なります

登山者検診でも生活習慣病のチェックはしていますが、癌を見つけるための検査はしていません。
逆に言うと、登山者検診の検査で見つかるレベルの癌だとかなり進行してしまっていて手遅れの可能性があります。

したがって、登山者はどちらも受けていただくのがベストです。

そうはいっても重複している検査項目も多いので、それら重複部分を省略して割安にしているのが当院で実施している登山者検診・人間ドックセットです。
こちらを毎年受けていただければ、登山中のトラブルも癌の早期発見もできるため、是非ご検討ください。

詳細は当院のホームページをご参照下さい!

おまけ:登山者検診を始めた経緯

僕自身は循環器内科医として20年近く研鑽を積んできています。
2018年に国際山岳医を取得しましたが、僕が得意なのはやはり循環器診療であり、山岳医療の花形である外傷治療が得意かと言えば全く得意ではありません😅

しかし、山岳医療を勉強する中で、
「山中での心臓突然死が意外に多い」
「山岳遭難の背景には疲労=体力不足がある」
ことを知りました。

循環器内科の領域では昔から心肺運動負荷試験を用いた心臓病の評価・加療を行っています。

  • 心肺運動負荷試験というツールと山岳遭難の現状(体力不足や心臓病)が非常にマッチすること
  • 自分自身の長年の循環器診療スキルがフルに生かせること
  • 山中で心臓病で倒れた方を助けるよりも、病院で治してから安全に山を楽しんでもらう方がみんなハッピー
  • 受診者から病院に対して対価をもらえる

これらが登山者検診・登山者外来を始めようと思ったきっかけです。

さらに今は亡き国際山岳看護師・小林美智子さんの言葉
「私はプロだから山岳医療でお金をもらう。それを先生が無料でやってしまうと困る。」
実際はもっとマイルドな表現でしたが、端的に言うとこんなことを言われたことがありました。

山岳医療を発展させていくためには、適切な対価をもらうべき

僕自身、現在は山岳医療を発展させるために活動しており、この言葉は根本的な理念となっています。

この辺を語り始めると収集がつかなくなるのでやめておきましょう😅
またいつか機会があればこの辺も語りたいですね。

まとめ

まとめです!

登山者検診の2本柱はこちらになります!

1. 自分の体力を客観的に評価すること
2. 心臓病を早期に見つけて、山中での突然死を防ぐこと

 松本協立病院での登山者検診における
心疾患検出率は13.4% と高い

実際に多くの登山者の安全につながっています。

僕としては、結果説明を非常に重視していて受診者1人1人に合わせて時間をかけてしっかり説明させていただいています。

絶対に満足すると思いますので、安全で楽しい登山のために、ぜひ一度「登山者検診」を受けてみてください!

最後まで閲覧いただきありがとうございました!
次回は、「登山者外来とは?」について解説しますので、是非こちらも合わせてチェックして下さい!

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • お世話になります。
    登山者検診を最初に知ったのは多分2019年で関西方面で受診出来る医療機関についてメールで問い合わせさせて頂きました。その際折り返しお電話を頂き関西方面での医療機関は残念ながら無かったのですがとても丁寧に説明頂き、機会があればと常に頭の片隅にあった中、たまたま脳ドックを受けた時に脳には問題はなく心臓の冠動脈に軽度石灰化、精査必要との結果から、これはどうせならば山の特殊な環境を理解されてる医師の方でないと。と思い先生の所で診て頂く機会を得て今日に繋がっております。
    元々不整脈もあったので不安材料てんこ盛りでした^^;私の場合は登山者外来でしたが
    あの時は前もって色々相談に乗って頂いてからの受診で本当にお世話になりました。
    ありがとうございました。

    大阪から松本まで行くだけの費用対効果は絶大だと感じています。
    大阪で心臓ドックを受けるのとは全く別物だと思います。
    来年再度受診を考えています。
    次回の登山者外来の記事も楽しみにしています。

    • 遠藤さん

      そう言っていただけると大変ありがたいです。
      北は仙台、南は山口と多くの方が遠方から受診してくれていてありがたいと思う反面、全国にこういう試みが広がればいいなと思っています。

      今はまだ手をつけられてないですが、将来的には登山者検診のシステムを全国に広げる手伝いができればなとも考えてます。
      実は登山者検診は病院としてはあまりコスパの良くない検診なので、多くの病院が赤字の現状ではなかなか広めていくのは難しいなと感じてますが…(^_^;)

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