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はじめに
こんにちは!市川です!
僕の自己紹介はコチラ

循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「医療から登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。
2026年5月末〜Tozan Medical Officeを立ち上げました。
「山岳医療を、相談できる距離に。」
まずはTozan Medical Consulting〜登山×医療相談〜という名の登山者に対する個別のオンライン面談を開始しています。興味がある方はぜひこちらのリンクから詳細をご覧ください😊
今日のテーマはこちら
「高山病の重症型 ── 高地肺水腫(HAPE)と高地脳浮腫(HACE)とは何か⁉️」です
高山病の予防法は、たくさんの記事で紹介されています。
ゆっくり登る、高度順応をする、水分をとる──このブログでも急性高山病(AMS)の記事や高度順応の記事で詳しく書いてきました。
でも、こう思ったことはありませんか?

高山病対策はしたよ。
それでも具合が悪くなったとき、どんな危険があるのか?
高山病のほとんどは頭痛や吐き気だけで時間が経てば順応します。
ただ、ごく一部に肺や脳に水がたまる重症型があり、これは対応が遅れると命に関わります。



重症型はがっつり発症してしまうと、誰もがヤバいとわかる状況になりますが、そのときにはすでに生命の危機です。
初期段階で「かもしれない」と疑うことで、下山や救助要請という行動につながります。
今回の記事では「疑うためのサインを知る」ことで、その後の行動のスイッチが入れられるようになりましょう!
- 日本の山で実際に起きている重症型は何か?
- HAPE(高地肺水腫)を疑う4つのサイン
- 最初に出るのは「息苦しさ」ではありません
- パルスオキシメーターの正しい使い方
- 自力で下山してよい段階と、救助を呼ぶ段階の線引き
- 発生しやすいタイミングと、疑ったときの対処
日本での重症高山病はほとんどがHAPE(高地肺水腫)
ひとくちに「高山病」と呼ばれているものは、医学的には3つに分かれます。
| 分類 | 何が起きているか | 主な症状 |
|---|---|---|
| 急性高山病(AMS) | 低酸素に対する体の反応 | 頭痛+吐き気・だるさ・めまい |
| 高地肺水腫(HAPE) | 肺に水がたまり、酸素を取り込めなくなる | バテ・息切れ・咳 → 安静時の呼吸苦 |
| 高地脳浮腫(HACE) | 脳がむくむ | ふらつき・言動の変化・意識障害 |


みなさんが経験したことのある「頭が痛い、気持ち悪い」は、ほとんどが急性高山病(AMS)です。
AMSそのもので命を落とすことはまずありません(対処はこちらの記事にまとめています)。
問題は高地肺水腫(HAPE)と高地脳浮腫(HACE)です。
そして日本の山では、この2つの現れ方に、はっきりした特徴があります。
日本で起きているのは高地肺水腫(HAPE) ── 高地脳浮腫(HACE)単独はほとんど報告がない
国内の報告を調べてみると、日本の山で起きている重症型は、ほぼすべてHAPE(肺水腫)です。
- 日本のHAPE(肺水腫)は北アルプスを中心とした中部山岳地帯に多く、報告される頻度は年間数例程度
- 若年男性に多く、再発する人が約2割
- 一方、日本の山で「HACEだけ」が起きたという報告は、ほとんど見当たりません
花岡正幸. 高地肺水腫. 日本病態生理学会雑誌. 2016;25(3):26-30.
ただし、「日本ではHACE(高地脳浮腫)は関係ない」という意味ではありません。
HAPEが進んで体が極端な低酸素になると、その先で脳に症状が出ることがあります。
日本で命に関わるのは、主にこのHAPE➜HACE合併です。
実際、富士山頂で発症した32歳男性の報告では、2日目に倦怠感・咳・頭痛が出たあとに意識がおかしくなり、胸部CTでは両肺に肺水腫の所見が出ていました。肺から始まって、脳に及んでいます。
Yanagawa Y, et al. J Rural Med. 2019;14(2):253-257.(PMID: 31788153)
もうひとつ大事なことがあります。
報告されている「年間数例」は、病院にたどり着いた重症例の数です。
軽いHAPEは、下山したら自然に良くなってしまうため、病院にかかりません。北アルプスを縦走中に発症し、帰宅してから診断されたという報告もあります。実際に起きている数は、報告よりかなり多いはずです。



登山者検診・登山者外来をしていると救助要請に至らず自力下山してきた高地肺水腫(HAPE)を散見します。
ということで、今回は主に国内登山を対象にHAPE(高地肺水腫)を中心に書きます。
早い段階でHAPEに気がつくことができれば、重症化を防ぐことができるからです。
国内の標高ではHACE(脳浮腫)は単独ではまず発症することはありません。
- 標高4,000mを超えるような高所では、HACE(脳浮腫)を単独発症することはあります
HAPEを疑う4つのサイン ── 最初に出るのは「極端なバテ」
Wilderness Medical Society(WMS)の高山病ガイドライン2024年版では、HAPEを疑う最初の手がかりをこう書いています。
「過去に高所で経験したときと比べて、あるいは同じ標高にいる他の人と比べて、不釣り合いなほどの労作時の息切れ」
Luks AM, et al. Wilderness Environ Med. 2024;35(1_suppl):2S-19S.(PMID: 37833187)



「急にバテやすくなり、ペースが極端に落ちる」
これはHAPE(高地肺水腫)の初期症状です。
これに加えて、咳・倦怠感・脱力・胸のゴロゴロする感じが出ることがあります。
進行すると、軽く動いただけで、あるいは安静にしていても息苦しくなり、やがてチアノーゼやピンク色の泡沫状の痰が出てきます。
ただし、
- 安静にしていても息苦しい
- ピンク色の泡沫状の痰が出る
これはかなり進行した症状であり、この時点では自力下山は不可能で、たとえ救助要請したとしても下山までに時間がかかれば命に関わります。
最も重要なのは、
初期症状が「息苦しさ」ではなく、「急にバテやすくなり、極端にペースが落ちる」という点です。
この段階で「何かおかしい」「HAPE(高地肺水腫)かも…」と疑いましょう。
以下、登山者が現場で気づける順に並べます。


① いつもと比べて極端にバテる
HAPE(高地肺水腫)の最初のサインは、「息苦しい」ではありません。「今までどおり歩けない」です。
肺に水がたまり始めると、取り込める酸素が減ります。
すると体は、まず運動の余力から削られていきます。
- 昨日と同じペースで歩けない
- 緩い登りなのに何度も止まる
- 仲間は平気なのに自分だけ極端に遅れる
──これが始まりです。
厄介なのは、これが「疲れ」「寝不足」「シャリバテ」と区別しにくいことです。
はっきりした息苦しさがないので、本人も仲間も「今日は調子が悪いね」で済ませてしまいますが、ここで気づけるかどうかが、いちばん大きな分かれ目です。



「平らな道はなんとか歩けるが、わずかな登りが上がれない」
高所で普段と違って異様にバテるというのはHAPEを積極的に疑います。
この感覚を覚えておいてください。
② 休んでも息切れが戻らない
疲れによる息切れは、荷物を下ろして5〜10分休めば戻ります。
HAPEの息切れは、休んでも戻りません。
肺に水がたまっているので、動くのをやめても酸素の取り込みは良くならないからです。
③ 咳が出はじめた
最初はコンコンという乾いた咳です。それが徐々に湿った咳に変わっていきます。
風邪でもないのに高所で咳が出はじめたら、肺に水がたまり始めているサインかもしれません。
日本のHAPE患者さんのデータでは、およそ3人に2人に咳がみられています。
①②に咳が加わったら、疑いはかなり強くなります。
遅くともこの時点で下山に踏み切りましょう。ここを過ぎてしまうともう自力下山はできず、命に関わります。
④ 横になると苦しい・夜に悪くなる
肺に水がたまると、横になったときに苦しくなります。
仰向けで寝られない、体を起こすと少し楽になる──これは肺水腫の典型的症状です。
HAPEは夜間に悪化します。
日本の報告では、約6割が夜間に増悪しています。
Hanaoka M, et al. Intern Med. 2024;63(17):2355-2366.(PMID: 38171855)



眠っている間は呼吸が浅くなり、さらに高所では周期性呼吸(呼吸が強くなったり弱くなったりを繰り返す状態)が加わって、体の酸素が下がるためですね。
「山小屋で息苦しくて眠れない」がHAPEの症状であることは、 以下の記事でも書いていますので合わせてご覧ください!


ここまで来たら、もはや「前兆」ではない
- じっとしていても息が苦しい(安静時の呼吸困難)
- 泡のような痰、ピンク色の痰
- 唇や指先が紫色になる(チアノーゼ)
これらの症状は、HAPE(高地肺水腫)がすでに進行した段階です。
ここまで来てしまうと命に関わります。
こうなる前に①〜③のうちに気づくことが重要です。
パルスオキシメーターの使い方 ── 数値は「変化」で読む




皆さん、パルスオキシメーターはご存知ですか?
コロナ禍で有名になったので、多くの方が知っているのではないでしょうか?
指先で酸素飽和度(SpO2)を測定できる機械ですね。



3,000m級に行く登山者ならぜひ装備に加えてもらいたいですね。
平地であれば酸素飽和度(SpO2)≧95%が正常だと考えてください。
一方で、標高が上がれば、低酸素環境の影響を受けて、SpO2は顕著に低下します。
ただし、使い方には重要なコツがあります。
絶対値で判断はできません
まず前提として、酸素飽和度(SpO₂)の数字そのもので高山病やHAPEを判断することはできません。
高所では健康な人でも数値は下がります。
標高ごとの目安は以下の記事にまとめています👇️が、個人差が非常に大きくて「◯%以下なら高山病」という線引はできません。
数字が悪くても元気な人はいますし、逆もあります。


当てになるのは「変化」です
一方、同じ人の数値がどう変わっていくかは、かなり当てになります。
次の2つは、AMSやHAPEを疑う重要な材料になります。
- 測るたびに、どんどん下がっていく
- 口すぼめ呼吸をしても改善しない(口をすぼめてゆっくり息を吐く呼吸法。ふつうは数値が上がります)
つまり、大切なのは、調子が悪くなってから初めて測るのではなく、元気なうちから測っておくことです。
自分の「いつもの数値」を知っていて初めて、変化が読めます。
同行者同士で測り合うのも有効です。
参考までに…
富士山でHAPEを起こした51歳男性の報告では、5合目(2,300m)まで下ろされた時点でSpO₂は73%でした。
Fukuda Y, et al. Intern Med. 2025;64(14):2229-2233.(PMID: 39756880)
Amazonなどで「パルスオキシメーター」と調べると、値段がピンキリで出てきます。
安いものを買いたくはなりますが、時として命に関わるツールなので、正確性、山での視認性(明るいと液晶が見えないものものある)はとても重要です。
僕も愛用しているパルスオキシメーターはコチラです👇️
ちょっとお高いですが、精度に優れ、明るい屋外でも視認性に優れていてオススメです。
コチラの記事も合わせてどうぞ!👇️


ふらつき・言動の変化 ── HAPEが進んだ先で脳に症状が出る=HACE


体の酸素が極端に下がると、高地脳浮腫(HACE)となり、脳がむくむことによる症状が出ます。
WMSガイドラインによれば、いちばん早く現れるのは「ふらつき(運動失調)」であることが多いとされています。
- まっすぐ歩けない(酔っぱらいのような足取り)── 最も早く出やすい
- 言動がおかしい(受け答えがずれる、時間や場所があいまい)
- 無関心・怒りっぽい・身のまわりのことができない
3つ目は見落とされがちです。
ガイドラインも「いずれもわずかな変化のことがある」と注意を促しています。
「なんだか反応が鈍い」「いつもならやることをやらない」は、疲れではなく脳のサインかもしれません。
そのまま放置すれば昏睡に進みます。
なお、日本の標高では単独の高地脳浮腫(HACE)の報告は見当たりません。
一方で、高地肺水腫(HAPE)になることで、低酸素血症が進行した結果として、HACE様の病態になることが報告されています。
信州大学が50年分の自施設のHAPE症例をまとめた報告によると…
- 日本アルプス(標高約3,000m)のHAPE 27例のうち14例(51.9%)に脳神経症状がみられた
- 亡くなった4例は全員が16〜23歳で、心臓や肺の持病はなし
- その4例すべてで、解剖により脳浮腫の合併が確認された
Hanaoka M, et al. Intern Med. 2024;63(17):2355-2366.(PMID: 38171855)
3,000m級の日本の山で、若く健康な登山者が、肺水腫から脳の症状まで進んで亡くなっています。
HAPE/HACEは体力に関係なく、HAPEについてはむしろ若年者に多いという報告があります。



若年者は「極端なバテ」を気力で押し切ってしまい、気づくのが遅れるのも重症化の一因かもしれません。
自力下山か、救助要請か ── 緊急下山の基準で線を引く


HAPEのサインに気づいたら、次は行動です。
「自力で下山するのか、救助を呼ぶのか」。
この決定を行うために、救急医療で使う評価の枠組みを紹介します。体調不良の見分け方の記事でも紹介した考え方です。
傷病者を見かけたら(あるいは自分がその傷病状態になったら)、以下の順に評価します。
- 状況評価 ── 何が起きたのか?自分で助けられるのか?安全な場所か?
- 一次評価 ── 生命に直結する異常がないかの確認
- 二次評価 ── 全身をくまなく調べる
①②③全てを解説すると1本の記事になってしまうので、今回はこのうち②一次評価に着目します。
一次評価とは、命に関わる重要臓器に障害がないかどうかを確認します。
そして、1つでも異常があればすぐに対処しないと命に直結します。したがって、救助要請も必須になります。
命に関わる重要臓器というのが以下の3つになります。
- 中枢神経障害 ── 脳・脊髄の異常(意識がおかしい、まっすぐ歩けない、麻痺がある)
- 循環器障害 ── ショック症状(顔面蒼白、冷や汗、立てない、脈が触れにくい)
- 呼吸器障害 ── 激しい呼吸苦(じっとしていても苦しい)
この3つは生命に直結します。
どれか1つでも当てはまれば、その場で救助要請です。様子を見てはいけません。
今回の重症高山病を、この枠組みに当てはめると──
- 安静時の呼吸苦まで進んだHAPE(肺水腫) = ③呼吸器障害
- 意識の変化・まっすぐ歩けないHACE(脳浮腫) = ①中枢神経障害
山では、救助を要請してから救助隊が到着するまで、最短でも数時間かかります。
一次評価(命に関わる重要臓器)に異常が出るところまで進んでから呼んでも、間に合わないことがあるのです。
前章の4つのサイン
①極端なバテ
②戻らない息切れ
③咳
④横になると苦しい
これらの①〜③の段階で、自力下山を始めてください。
歩けるうちに高度を下げれば、それ自体が治療になります。
HAPEが発生しやすいのは「登り始めて3日目以降」


HAPEには、起きやすい条件があります。
先ほどの評価でいう「状況評価」にあたる部分です。
- 標高2,500m以上
- 発症は登り始めてから48〜96時間(平均52.8時間)
- 約6割が夜間に悪化
Hanaoka M, et al. Intern Med. 2024;63(17):2355-2366.(PMID: 38171855)



標高2500m以上に3日以上滞在することが発症しやすい状況であるため、多くは中部山岳地帯(日本アルプス)で発症する印象があります。
平均52.8時間──つまり「登り始めて3日目以降」がいちばん警戒すべきタイミングです。
縦走3日目、登山中あるいは山小屋で仲間の様子がおかしいと感じたら、この記事のサインを思い出してください。
HAPEになりやすい体質があります
HAPEには、なりやすい人となりにくい人がいます。
低酸素になったときに呼吸を増やす反応が弱い体質の人がいて、そういう人は同じ行程でも発症しやすいことがわかっています。
努力や根性の問題ではありません。
過去の自分の経験がヒントになります。
HAPEに限らず高山病になりやすい方は、
- ロープウェイなどで急激に高度を上げる
- 標高の高い山小屋で宿泊する
際などに頭痛や息切れを感じている事が多いです。
つまり、過去に上記のような経験がある方は、そもそも自分は高所に弱い側かもしれないと考えて行程を組むことが大切です。
そして、一度HAPEになった人の再発率は約2割と非常に多いのが現実です。
一度でもHAPEを起こしてしまった方は、今後も同様の山行ではHAPEになりうると考えて、行程を見直す必要があります。
HAPE/HACEを疑ったときの対処法 ── 現場ですべきこと、山岳診療所でできること


現場ですべきこと
- 登るのをやめる
- 「せっかくここまで来たから」が最も危険です。
- 高度を下げる
- これが最も大切な治療になります。軽症のうちに下山しましょう。
- 目標は標高1,000m未満:できるだけ下界に近い標高まで降りるべきだとされています(後述)
- 本人にできるだけ体力を使わせない
- 同行者がいれば、荷物は同行者に持ってもらいましょう。
- 休憩は座って
- 横になると悪化します。ザックにもたれて座って休みましょう。
- 酸素があれば投与する
- 北アルプスの山岳診療所には酸素が配備されていることも多いです。是非受診してアドバイスを受けてください。
- 一次評価に異常があれば救助要請
- ふらつき、意識障害:中枢神経障害
- 顔色不良、冷や汗、立っていられない:循環器障害
- 安静時でも息苦しさが治まらない:呼吸器障害
どこまで下ろすか ── 中途半端な高さで止めない
HAPE症例は標高1,000m未満まで、可能なら平地まで下ろすべき



下山が重要というのは分かったけど、どのくらい降りればいいの?
WMS高山病ガイドライン2024では「少なくとも1,000m下げる、または症状が消えるまで」と書かれています。
つまり、下げ幅として1000m以上下ることを推奨しています。
一方、日本のHAPE研究をまとめた総説は、こう書かれています。
HAPEを疑ったら、できるだけ早く標高1,000m未満まで移し、症状が消えるまで低地に留めること。
Hanaoka M, et al. Intern Med. 2024;63(17):2355-2366.(PMID: 38171855)
こちらは到達すべき標高が1,000m未満までと指定しています。



僕としてはHAPEに関しては下げ幅1,000mではなく、できるだけ平地に近い標高まで下ろすべきと考えています。
下げ幅1,000mだと、標高3,000mから1,000m下げても、まだ標高2,000mです。
まだ十分に低酸素環境であり、実際に標高3,000mから1,500mまで降ろしてもHAPEが増悪した事例も報告されています。
【北アルプス縦走中に発症し、徳沢(1,550m)まで下りても悪化した59歳男性】


中房温泉(1,467m)から入山し、燕岳を経て3日目に槍ヶ岳へ登頂。
その下山の途中から息切れと食欲低下が出はじめましたが、その日は南岳小屋(3,033m)に泊まりました。翌日は予定を変更して槍沢ロッヂ(1,820m)まで下りましたが、この間に呼吸困難はさらに悪化。
5日目、5時間かけて徳沢診療所(1,550m)にたどり着いたときには、
- 平らな道はなんとか歩けるが、わずかな登りが上がれない
- SpO₂は60%
という状態でした。
ヘリコプターで信州大学病院へ搬送され、呼吸管理とニフェジピンで治療。
8日目に後遺症なく退院しています。
木野田文也ら. 登山医学. 2013;33:163-166.
この報告をまとめた信州大学のグループは、同じように上高地(約1,500m)まで下ろしても症状が進んだHAPEを、ほかに2例経験していると述べています。
そのうえで、日本では少なくとも標高1,000m未満まで下げる必要があると結論づけました。
下山させるとき、本人に頑張らせない
下山するとき、本人に頑張らせてはいけません。
身体に負荷をかけると…
- 運動負荷自体が肺動脈圧(肺の血圧)を上昇させる
- 運動が酸素消費量を増加させ、低酸素が強まるため、低酸素肺血管攣縮(低酸素による肺動脈の収縮)が強まる
これらの結果として、肺水腫を悪化させます。
WMS高山病ガイドライン2024では、下降の手段として車・ヘリコプター・動物による搬送を挙げ、どうしても自分の足で下りるしかない場合は「ザックを背負わせずに」と明記しています。
仲間の荷物を分担して持つ。
少しでも下山の負担を減らす努力をしましょう。
なお、市販の携帯酸素缶については、HAPEの治療には効果がないとされています。
一時的には効果があっても、数分で使い切ってしまい、すぐに元の状態にもどってしまうためです。
HAPE(高地肺水腫)の治療薬について
「下山すべき」と理解していても、天候などの理由で下山できないケースは存在します。
過去にHAPEで死亡している事例も多くは天候などの問題で下山できなかったケースです。
そこで活躍するのが治療薬になります。WMS 2024年ガイドラインの推奨を整理しておきます。
※これらはいずれも処方薬であり、医師の処方が必要です。
| 治療 | WMS 2024の推奨 |
|---|---|
| 下降 | 推奨(エビデンスの質:高) WMSは「1,000m以上下げる、または症状消失まで」 日本では標高1,000m未満まで下ろすことが推奨されています。 |
| 酸素投与 | 推奨(質:高) |
| 携帯型加圧バッグ | 下降できない・遅れる・酸素がないときに推奨(質:低) |
| ニフェジピン(Ca拮抗薬) | 下降が不可能または遅れ、かつ酸素も加圧バッグも使えないときのみ(質:低) 徐放30mgを12時間ごと。下降+酸素に足しても上乗せ効果は示されていない |
| タダラフィル・シルデナフィル | 上記に加えてニフェジピンも手に入らないときに限る(弱い推奨・質:低) ニフェジピンとの併用は低血圧のリスクがあり、避ける |
| β刺激薬(サルメテロール等) | エビデンス不十分 |
| デキサメタゾン | エビデンス不十分 HACE(高地脳浮腫)に対しては推奨されている |
| 利尿薬 | 脱水リスクが高まるので非推奨 |
| アセタゾラミド(ダイアモックス®) | HAPE治療・予防には推奨されない |
Luks AM, et al. Wilderness Environ Med. 2024;35(1_suppl):2S-19S.(PMID: 37833187)
見てのとおり、最も強く推奨されているのは薬ではなく「下降」と「酸素」です。
薬はいずれも、下ろせない・酸素がないという状況の次善策として置かれています。
エビデンスレベルが決して高くない治療薬の中でも推奨されるのは、ニフェジピンです。
特にHAPE既往者のHAPE予防としてはニフェジピン投薬は確立した治療と言えます。



HAPE既往者は登山をしないのが安全です。
しかし、どうしても登らなくてはいけない、登りたいという方に関しては、山岳医とよく相談した上で、ニフェジピン予防投与は選択肢になります。
※ニフェジピンを飲めばHAPEに絶対ならないわけではないので誤解なきようお願いします。
なお、高山病の予防でおなじみのダイアモックス®は、急性高山病の予防・治療には推奨されていますが、HAPEの治療薬ではありません。


まとめ
まとめです!
- 日本の山で命に関わる高山病は、ほぼHAPE(肺に水がたまる)
- 進行すると脳に及ぶ。
- HAPEの最初のサインは息苦しさではなく「いつもに比べて極端にバテる」
- 典型的発症パターンは標高2,500m以上・登り始めて3日目以降
- パルスオキシメーターは絶対値でなく変化で読む
- 下がり続ける/口すぼめ呼吸で改善しないは危険信号
- 疑ったら歩けるうちに自力下山が原則
- 安静時の呼吸苦・意識の変化(一次評価の異常)まで進んだら即救助要請
- 下ろす先は標高1,000m未満:中途半端な高さで止めず、症状があるまま高所に泊まらない
予防の基本は、これまでの記事と変わりません。
ゆっくり登り、高度に体を慣らすこと
急性高山病の予防と対処、高度順応についてもあわせて読んでみてください。
山で「今日はやけに調子が悪いな」と感じる日は、誰にでもあり、そのほとんどはただの疲れです。
でもその中に、ごくまれに降りるべき病態が混ざっています。
危険なサインを知って、楽観視せずに、サインに気づいたらすぐに下山しましょう!
HAPE/HACEは命に関わる怖い病気ですが、初期症状を知って対応すれば安全に下山できます。
最後まで閲覧いただきありがとうございました!
※本記事は医療情報の提供を目的としており、個別の医療行為を推奨するものではありません。特に薬(ニフェジピン・アセタゾラミド等)の使用や、持病がある場合の登山については、必ず医師・医療機関にご相談ください。



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