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はじめに
こんにちは!市川です!
僕の自己紹介はコチラ

循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「医療から登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。
2026年5月末〜Tozan Medical Officeを立ち上げました。
「山岳医療を、相談できる距離に。」
まずはTozan Medical Consulting〜登山×医療相談〜という名の登山者に対する個別のオンライン面談を開始しています。興味がある方はぜひこちらのリンクから詳細をご覧ください😊
今日のテーマはこちら👇
「山でも熱中症に注意!」です。

日本全体では、熱中症で救急搬送される人は毎年とんでもない数にのぼります。
- 2025年(5〜9月)の熱中症による救急搬送は100,510人
──調査開始以来はじめて10万人を超え過去最多(死亡117人)
ここ数年は本当に猛暑ですよね😅
かつては北アルプス・八ヶ岳のような高山で熱中症なんてまず見ませんでしたが、残念ながら最近はそんなことはありません。
そこで皆さんに質問です。
“山でも熱中症になる”こと は知っていても、本当に「自分ごと化」ができていますか?

下界が猛暑でも、北アルプスならそこまで暑くならないから、熱中症にはならないでしょ?
確かに北アルプスの稜線は猛暑とまではいかないことが多いです。
しかし、樹林帯では、高温+高湿度+無風という環境であることも多く、そういった環境であれば、十分に熱中症を起こします。
一方で、「暑くなくても熱中症になることはある」という事実は、ぜひ登山者の皆さんには知っておいてもらいたいです。
2006年に以下のような症例報告がされています。
30代後半の男性ランナーがフルマラソンを3時間15分で走ったものの、ゴール10m手前で倒れ、救急搬送されました。
大会中:外気温6〜9.5℃と寒冷な環境
しかし、搬送時の深部体温はなんと40.7℃まで上昇していました。
- 呼吸状態が悪化し、気管挿管を行い、人工呼吸器管理
- 冷却+大量輸液を実施
以上の治療で 回復し、5日で退院。
気温10℃にも満たない寒冷環境下であっても、条件が揃えば重篤な熱中症を発症しうるという報告です。
当日の気温6〜9.5℃でしたが、湿度は62.5〜99%だったそうです。



「涼しい環境であっても、高湿度環境下では、運動による熱産生によって熱中症になりうる」ということです。
- 重度の熱中症でまず行うべき行動は?”
- 熱中症のメカニズムは?
- なぜ涼しい山でも熱中症になりえるのか?
- 暑熱順化(暑さに体を慣らす)は、いつから始めるのがいいのか?
今回の記事では上記疑問を解消しつつ、
「知っている」と「分かっている」の間にある大きな溝を埋められるよう構成しました。
- 「熱中症かも」は”3つの質問”(①意識→②水→③15分)で判断する
- 重症熱中症は”まず冷やす、それから搬送”
- 熱中症は”熱を逃がせない”ことで起こる
- 予防は山に行く”2週間前”から暑熱順化を
たくさん覚えるのではなく、大事な原則に集約してお伝えします。
「山での熱中症」を、知識から判断軸へ。一緒にアップデートしていきましょう!
用語の注意
過去に使われた「熱失神・熱疲労・熱痙攣・熱射病」という表現は現在は医療現場では使われなくなっています。
最新のガイドラインでは「熱中症」と統一され、重症度Ⅰ〜Ⅳ度で分類されています。
しかし、Ⅰ〜Ⅳ度という表現は非医療従事者には馴染みがなく、一般的には熱射病という言葉は残っていると思います。
重症熱中症≒熱射病ですので、本ブログでは、意識障害を伴うような重症熱中症のことを「熱射病」と表現します。
熱中症かな?と思ったら ── 山では”重症化させない”が重要





多くの山岳領域で起こる疾患は、
「軽症の段階で認識して対処すれば、現場で改善させることができます」
熱中症も同様で、軽症の段階で、行動を止め、身体を涼めて、水分・塩分を補給すれば、その場で回復することが大半です。
逆に軽症段階で気づかず、あるいは無理をして、行動を続ければ、当然重症へと進行します。
重症になってしまえば、救助〜病院搬送までに時間がかかる山岳領域では、単純に救助要請するだけでは容易に命に関わる事態に追い込まれてしまいます。
「気づいて、対応して、重症化を防ぐ」
これが山岳領域での疾患対応の基本になります。
それでは熱中症に関して、
- どのように気づいて
- どのように対処するのか
解説していきます!
現場での判断は”3つの質問”で ── WMS熱中症フローチャート
病院では深部体温や採血で重症度を判定しますが、山では体温計も採血もありません。
Wilderness Medical Society(WMS)の熱中症ガイドライン2024では、現場での判断をフローチャートで示しています。


ポイントは、最初に「意識状態で重症度を判断する」ということです。
だるい・頭痛・めまい・大量の汗・こむら返り──「熱中症かも」と思ったら…
以下の流れのとおり3つの質問に順に答えていきましょう。
- 受け答えがおかしい・反応が鈍い
- けいれん
- まっすぐ歩けない・ふらつく
- 様子がいつもと違う(無口・怒りっぽい)
これらは全て意識障害からくる症状です。
上記1つ以上+高体温を疑う状況であれば、重症熱中症=熱射病として対応しましょう。
対応の詳細は次の章で解説します。
※山中では体温測定は難しいので、「現場の気温が高い」、「皮膚に触れると熱い」などから高体温を疑えば熱射病として対応して問題はありません。
意識が問題なければ、水分を口から摂れるかどうかを判断しましょう。
軽症熱中症への対応の基本はPassive Cooling
つまり、
- 日差しをさけて
- なるべく涼しい環境で
- 水分・塩分を補給する
対応が正しければ5〜15分ほどで徐々に体調は回復してきます。
ただし、行動再開するかどうかは、しっかり休んでから見極めましょう。
しっかり休む時間がないのであれば、下山がベストです。
- 改善しない・悪化する
熱中症以外の原因(低血糖・低ナトリウム血症・高山病など)の可能性も考えながら、 下山・搬送手配へ
- 改善した
それでも当日は「予定を短縮する・引き返す」を第一に考えましょう。
同一環境で行動を続ければ熱中症の再燃リスクがあります。
WMSでも行動再開の最低ラインは「意識と歩行が完全に戻ってから2時間」です。
実質、山では「その日はもう登らない」という判断が安全です。
※医学的には熱中症はI〜IV度に分類され、最重症のIV度=熱射病は「深部体温40℃超+意識障害」と定義されます(日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024」/米国スポーツ医学会)。
現場での対処法── “まず冷やす、それから搬送”


低体温症や高山病など山中で発生しやすい疾病の多くは、最重症となってしまうと現場での対応は困難であり、いかに早く下山(救助要請〜病院搬送)させるかが重要になります。
しかし、熱中症ではこの点が少し異なります。



最重症の熱中症(≒熱射病)では、救助・救急搬送を待つより先に、その場で体を冷やすことが生死を分けます。
これは“cool first, transport second(まず冷やして、それから搬送)”という、世界的な合言葉になっています。
米国の市民マラソン(Falmouth Road Race)での18年間の記録では、
- 運動誘発性熱射病274例を、その場で冷水浸漬(冷たい水に体を浸ける)で冷却
- 生存率100%、平均の冷却スピードは0.22℃/分
DeMartini JK, et al. Med Sci Sports Exerc. 2015; 47(2): 240-245.
521人の運動誘発性熱中症患者を対象
適切な冷却速度(>0.15 ℃/分) vs 不十分な冷却速度(<0.15 ℃/分)の2群に分けて、生存・合併症の発生について評価した。
【結果】
- 適切な冷却速度(>0.15 ℃/分)での治療→死亡0例
- 不十分な冷却速度(<0.15 ℃/分)での治療
→合併症の発生が 4.57倍
→死亡23例(4.41%)
つまり、発症から短時間でしっかり深部体温を下げられれば、最重症でも救命できるということです。
逆に「とりあえず救助を呼んで、来るまで何もしない」のがいちばん危険です。
山では救助要請〜搬送までに何時間もかかります。だからこそ、その場で冷やせるかどうかが決定的に重要になります。
なぜ”搬送”より”冷やす”が先なのか
熱射病の怖さは、「体温が高いこと」そのものより「高い体温が”続く時間”」にあります。
深部体温が危険域(およそ40℃超)にとどまる時間が長いほど、脳・肝臓・腎臓・筋肉の細胞がダメージを受け、多臓器不全へ進んでいきます。
「高体温 × 時間」の面積分だけ体が壊れていく、というイメージです。
だから、搬送に何十分もかけて“高温のまま搬送する”より、その場で今すぐ体温を下げて、危険域にいる時間を最短にすることが生命予後に大きく影響します。



目安として発症からおよそ30分以内に深部体温を39℃未満に下げられれば予後が良いとされています。
Casa DJ, et al. J Athl Train. 2015;50(9):986-1000.
運動誘発性熱射病では、冷却が遅れて30分を超えると、臓器障害・後遺症・死亡が有意に増える。
山岳領域で救助要請から病院搬送まで30分ということはありえません。
つまり、現場での皆さんの処置・対応が山中での重症熱中症の予後を分けるということになります。
山で”重症の熱中症”をどう冷やす? ── 理想と現実


当然ですが、山中での冷却には限界があります。
重症熱中症になるからには暑熱環境であることが多く、暑熱環境で冷やすには工夫が必要です。
まずは理想の冷却方法を知ったうえで、現場でできることを選択していきましょう。
冷やし方のオススメ順と実際の冷却速度は以下の通り。
| 冷却法(推奨順) | 冷却速度の目安 | 位置づけ・根拠 |
|---|---|---|
| ① 冷水浸漬 | 約0.20〜0.22℃/分 (最速) | ◎ 最優先 WMSで唯一の「強く推奨・高品質」。 迅速に行えば生存率ほぼ100%の報告 |
| ② TACO法 (タープ即席氷水風呂+揺動) | 約0.12〜0.17℃/分 | 〇 ①の現場版 沢やプールがなくても全身冷却に近い効果。ただし大量の水+氷+複数人が必要。 |
| ③ 蒸発+対流による冷却 (濡らして扇ぐ) | 約0.05〜0.11℃/分 (浸漬の約半分) | △ 次善 浸漬できない時の二次選択(WMS・低品質)。高湿・無風で効率が大きく低下 |
| ④ 手のひら・足の裏(動静脈吻合)を冷やす | 首・脇・鼠径部など従来推奨部位の1.76倍との報告 | + 補助 単独では冷却が足りないので、補助的な扱い |
| ⑤ 首・脇・鼠径部への氷嚢 | 冷却への寄与が小さい | ✕ WMS2024で非推奨 日本救急医学会では否定はされていません |
| ⑥ 解熱薬 (ロキソニン等) | 体温は下がらない | ✕ 禁忌 熱中症の高体温には無効で、むしろ肝・腎に負担 |
各数値の詳細と文献は本文を参照。
※⑤の補足:「首・脇・鼠径を冷やすのは非推奨」というのは、国際野外学会WMS2024の見解です。
国内の日本救急医学会(2024)は特定の冷却部位を否定しておらず、氷嚢も許容される方法として挙げています。「やってはいけない」というより、手のひら・足の裏・頬のほうが効率が良い、と理解してください。
🥇 最も推奨されているのは「全身の冷水浸漬」
冷水浸漬とは、冷水に全身を浸すということです。
水の温度が上がらないように、氷水にする、もしくは、沢水のような流水である必要があります。
- 冷水浸漬の冷却速度は約0.2℃/分=あらゆる冷却法で最速。
- 国際野外医学会(WMS)で唯一の”強く推奨・高品質エビデンス”
WMS Heat Illness Guidelines 2024 / DeMartini JK, et al. Med Sci Sports Exerc. 2015.
➜ これが最速で、いちばん確実。
運動誘発性熱射病の大規模な記録で、迅速な冷水浸漬なら死亡率ゼロの報告があります。
しかし、山中で全身を冷水に浸からせられるのは、沢水ぐらいのものです。
現実的にはなかなか山中で使用できる方法ではありません。
山小屋などであれば、ある程度実現性がある方法として、TACO法をご紹介します。
近年、スポーツ現場や消防・軍で注目されているタープを使って”即席の氷水風呂”を作る方法です。
山でも作れる”氷水風呂” ── TACO法とは?


最強の冷却は冷たい水に全身を浸ける「冷水浸漬」──とはいえ、山にバスタブはありません。
- ツェルト・タープ・ブルーシートを数人で持ち、ハンモック状のくぼみを作る
- そこに患者を寝かせて、上から冷たい水(あれば雪渓・沢の冷水、氷)をかけて身体を浸ける
- さらにタープの縁を上下左右に揺らして(揺動=oscillation)水を循環させると、体のまわりの温まった水が入れ替わり冷却効率が上がる ➜ これが正式名称“Tarp-Assisted Cooling with Oscillation(TACO)”
TACO法の冷却スピードは、扇ぐだけの冷却より格段に速いことが実験で示されています。
- TACO 0.116℃/分 vs 送風のみ0.065℃/分(Klous L, et al. Appl Ergon. 2022)
- TACO 0.17℃/分 vs 何もしない0.04℃/分(Hosokawa Y, et al. Ann Emerg Med. 2017)
【TACO法のデメリット】
- しっかり浸けるのに氷水がたくさん必要(Tucker L, Evans E. Adv Emerg Nurs J. 2023)
- 深部体温計のない現場では冷やしすぎに注意
- 本来は深部体温38度で冷却中止するが、山中では測定できない。
- 意識やふるえで判断し、ぐったりが和らいだら止めましょう。
- つまりTACO法は、雪渓や沢が近い夏山・複数人パーティ・タープを携行しているときの”切り札”です。
- 単独や水が乏しいときは、無理をせず③「全身を濡らして扇ぐ」+④「手のひら・足の裏・頬を冷やす」で代用を



ちなみに、この”氷水風呂”に使うツェルトは、低体温症では「風雨を断つシェルター」として使う装備でもあります。
夏山の熱中症にも低体温症にも効く”1枚”。持っていない方は、この機会にザックに常備をおすすめします。
\ 熱中症の即席プールにも、低体温症の風雨よけにも /
※TACO法の具体的方法は以下のYoutubeがわかりやすいです👇️
🥈 【現実解】蒸発+対流:全身を濡らして、あおいで風を送る
全身の冷水浸漬がベストですが、水場のない稜線や単独では、正直むずかしいです。
だから山では、
蒸発+対流:全身を濡らして、あおいで風を送る
が“現実的な冷却方法”になります。
【方法】
衣服をゆるめ、残った飲み水や沢水で全身をたっぷり濡らし、レインウェアや帽子であおいで風を送りましょう。
「濡らして→扇いで」をくり返す。
水が少ない山でも、いちばん現実的にできる方法です。
過去記事で解説した「4つの熱移動経路」のうち“蒸発”と“対流”を利用した方法ですね。


- WMSは「浸漬ができない時の二次選択」として推奨。
- ただしエビデンスは”低品質”
- 冷却速度は約0.05〜0.11℃/分=浸漬の約半分
- 「救命に十分」とされる冷却速度0.15℃/分を下回る。
- 主な根拠は高齢者の(運動によらない)熱中症で、登山者での裏づけは弱い
WMS Heat Illness Guidelines 2024
⚠️ 限界:高湿度だと蒸発が起こりにくいので、効きが大きく落ちます。
\ “濡らして扇ぐ”の道具に・行動中の暑さ対策にも /



こちらは僕も愛用している透扇子。コンパクトでじゃまにならず、夏山では汗ばんだ首すじや腕に風を送ると、想像以上に涼しいですよ。
“あおぐ”は原始的ですが、蒸発を助ける立派な暑さ対策です。
優先的に冷やすべき部位は”手のひら・足の裏・頬”
体温を下げるためにはできるだけ表面積を大きくするのが大切です。
だからこそ🥇 “全身冷水浸漬”が最も効果的であり、🥈”全身を濡らして仰ぐ”がついで効果的なのです。
でも、現実的にはなかなか難しいですよね。
冷却できるアイテムが限られている場合に、どこを優先的に冷やせばいいのかわかりますか?
優先的に冷やすべき部位は”手のひら・足の裏・頬”とされています。



え?
血流が豊富な”首・わき・鼠径部”を冷やすのが効果的なんじゃないの?
従来から”首・わき・鼠径部”を冷やすのが効果的とされていますが、実はそれを覆す研究があります。
【対象】健康な成人男性10名
【方法】加熱室(40℃)で断熱軍用服を着てトレッドミル歩行し、食道温が39.2℃に達したところで冷却開始
各人が以下の3条件をクロスオーバー:
- 無処置
- 従来推奨部位(首・鼠径・脇)に化学冷却パック
- 頬・手のひら・足の裏に化学冷却パック
【結果】
| 条件 | 冷却速度 |
|---|---|
| 無処置 | 0.12℃/10分 |
| 従来推奨(首・脇・鼠径) | 0.17℃/10分 |
| 手のひら・足の裏・頬 | 0.30℃/10分 |
【結論】
従来推奨されている”首・脇・鼠径部”と比較して、“頬・手のひら・足の裏”を冷やしたほうが1.76倍≒約2倍早く冷却できた。
Lissoway JB, et al. Wilderness Environ Med. 2015;26(2):173-179. PMID 25771030
なぜ首・わき・鼠径部を冷やしても効率が悪いのか
これまで応急処置では、首・わき・鼠径(足の付け根)を冷やすよう教えられてきました。
「皮膚のすぐ下を太い血管(頸動脈・腋窩動脈・大腿動脈)が通っているから、そこで血液を冷やせば効率がいい」という発想です。
直感的にはもっともらしく聞こえますね。
しかし、以下の理由から近年この考え方は見直されています。
- 当たる面積が小さい
首やわきに保冷剤を当てても、体表全体から見ればごくわずかな面積。全身の熱を逃がす力にはなりにくい。 - 皮膚と脂肪が”断熱材”になる
大血管は深くにあります。血管の上には皮膚・皮下脂肪があり、外から当てた冷たさは深部に届きません。
代わりに注目されているのが、手のひら・足の裏です。
ここは動静脈吻合(=AVA)という、放熱に特化した”太い抜け道”のような血管が高密度に存在します。
AVAは、体が熱いときに大量の血液を流して熱を逃がす、いわば体内の”ラジエーター”
犬が舌や肉球で、ウサギが耳で熱を逃がすのと同じ仕組みが、ヒトでは手のひら・足の裏に備わっています。
ここを冷やせば、大量の血液を一気に冷やして体内へ戻せるわけです。
【限界・注意点】
- この根拠は小規模な1件で、エビデンスの質は高くありません。
- 絶対的な冷却スピードは0.03℃/分と冷水浸漬(約0.2℃/分)にはるかに及びません。
- 頬はAVA(動静脈吻合)が多いわけではないので、手のひら・足の裏が優先になります。
※あくまで“なるべく冷やす表面積を多くとる”が基本となり、”全身を冷やす”が第1選択です。
\ 手のひらを冷やすなら… /



ヒヤロン単体で深部体温を下げることは難しいです。
しかし、もしそれしかなくて使用するなら、ヒヤロンで手のひらや足の裏を冷やしつつ、全身を濡らして扇いで風を当てるのが現実的です。
冷やす際に必ず守る3つのポイント
- 意識がおかしければ、冷やしながら”ためらわず”救助要請(冷却と救助要請は同時に)
- 冷やしすぎない
目安は深部体温38℃台。現場では「意識が戻ってきた・ぐったりが和らいだ」ら冷却をゆるめる - 解熱薬(ロキソニン®等)で”熱”を下げようとしない
熱中症の高体温には効かず、むしろ肝臓・腎臓に負担がかかります(ガイドラインも使用を推奨せず)
水分補給については、汗で失うのは水だけでなく塩分(ナトリウム)も、という点が大事です。
水だけを大量に飲み続けると、逆に血液中のナトリウムが薄まる「低ナトリウム血症(運動関連低Na血症・EAH)」という別の危険もあります。「水だけガブ飲み」ではなく、塩分も一緒にが合言葉です。
水分・電解質の詳しい話は、こちらの過去記事をどうぞ👇


なぜ”山で”熱中症が起きるのか ── カギは”熱を逃がせない”こと


「熱中症=暑い場所で体の外から熱せられる病気」と思っていませんか?
じつはこれは半分正解で、半分間違いです。
そもそも熱中症とは? ──「古典的」と「労作性(運動誘発性)」の2タイプ
医学的に、熱中症は大きく2つのタイプに分けられます。
ここを分けて理解すると、「山中の熱中症」の正体が理解しやすくなります。
- 古典的熱中症(classic)
高齢者・乳幼児・持病のある人が、安静にしていても高温環境下で発症します。
体温調節が追いつかず、進行すると汗が止まって皮膚が高温・乾燥に。
ニュースで報じられる熱中症の多くはこちらです。 - 労作性(運動誘発性)熱中症(exertional)
若く健康な人でも、激しい運動が生む熱で発症します。
汗はむしろ保たれ、運動をやめた後もしばらく出続けるのが特徴。
筋肉が壊れる横紋筋融解を起こしやすいのもこちら。
登山・マラソン・部活・炎天下の肉体労働で起こります。
そして、登山者に関係するのは、ほとんどが”労作性”のほう。
つまり「暑い場所にいたから」ではなく、自分の体が動いて熱を生んだから起こる熱中症です。
だから──必ずしも高温環境でなくても起こることがあり、高山でも起こりえます。
体温は、体が「作る熱(熱産生)」と「逃がす熱(放熱)」のバランスで決まります。
労作性熱中症は、運動でどんどん熱を作る一方で、その放熱が追いつかなくなったときに起こります。
カギは、筋肉を動かすと、その内側で大量の熱が生まれることです。
運動が生む熱は、決して小さくありません。
総説によれば──
- 高強度運動の熱産生は非常に大きく、もし放熱が追いつかなければ、深部体温を37℃から約25分で42℃まで押し上げうるほど。
- だから発症は猛暑日に限らず、涼しめ〜温暖な日でも、放熱が妨げられれば起こりうる
- 脱水は発汗=放熱を落とし、発症リスクを高める
冒頭で外気温6〜9.5℃という寒冷環境下であってもマラソンという高強度運動で重度熱中症になったのは、
- 高湿度環境下では汗が蒸発しないため放熱できない
- 高強度運動によりどんどん熱産生される
体温バランスが放熱≪熱産生になったことで、寒冷環境でも重度熱中症になることを実際に示しています。
体が熱を逃がす最大の手段は「汗の蒸発」
体が熱を逃がす最大の手段は「汗の蒸発」です。
ポイントは、
「汗は”かいた”だけでは体を冷やさない。”蒸発した”分だけ冷やす。」ということ。
液体の汗が水蒸気に変わるとき、体表から大きな熱(気化熱)を奪います。
その量は汗1mLの蒸発で約0.58kcal。
運動でたまる熱を逃がす、いわば体温調節の”最終防衛線”です。
ところが、蒸発は「まわりの空気が、汗の水分をまだ受け取れるとき」にしか進みません。
- 湿度が高いと、空気がもう水分でいっぱい ➜ 汗は蒸発できない
- 無風だと、体のまわりに”汗で湿った空気の層”が居座る ➜ そこで蒸発が頭打ち
だから、ポタポタ滴り落ちる汗は”仕事をしていない汗”。
蒸発せずに流れ落ちた汗は、体温をほとんど下げないまま、水分と塩分だけを奪っていきます。
逆に言えば、扇いで湿った空気を入れ替えてやれば、蒸発が再開して体は冷える。
これが前述した「濡らして扇ぐ(蒸散冷却)」の原理そのものです。
ちなみに、汗で濡れた体で風に吹かれれば、同じ夏山が今度は”低体温症”にもなります。
夏山の低体温症については、こちらの過去記事もどうぞ👇




なぜ”登山で”熱中症を起こすのか?
では、山では何が要因で”放熱≪熱産生”となるのでしょうか?
- 汗が”蒸発”できない
樹林帯の高湿・無風、レインウェアの中の蒸れで、放熱の主役である汗の蒸発が封じられる。
湿度が高い環境では汗の蒸発による冷却はほとんど働かなくなります。 - 強い日射・照り返し
森林限界より上や雪渓・岩場では、太陽と反射から“もらう熱”(輻射)が大きい。
標高が上がるほど日射は強まります。 - 高強度運動
その人にとって登高ペースが速すぎると、登山は高強度運動となり、過剰な熱産生を生じます。
ペースを抑えて、運動強度を上げすぎないことも熱中症予防に重要です。 - 暑さに体が慣れていない
暑熱順化されていないと、熱中症の発生率が高くなることが知られています。
冷房生活の都市住民が、週末にいきなり炎天下の行動というギャップが熱中症の要因になります。 - 脱水
汗の材料である水が足りなければ、うまく汗をかけず放熱が極端に低下します。
ちなみに国内でも、標高3,250mという日本最高所の富士山8合目診療所で、持続する運動と大量の発汗による熱中症(軽症の熱痙攣)が少数ながら報告されています。
涼しい高所でも、脱水と運動がそろえば起こりうるという一例です。
暑熱順化で予防しよう ── 山に行く”2週間前”から始まっている


熱中症対策でいちばん大切なのは、当日の小手先のことより「事前に体を暑さに慣らしておく」ことです。
予防にまさる治療はありません。
これを暑熱順化と言います。
暑熱順化の効果と日数は、
- 適応は開始3日目ごろから(発汗の改善・心拍数の低下)現れはじめる
- ほぼ完成するまでおおよそ2週間(主要な適応は最初の1週間で立ち上がる)
- 慣れると、同じ暑さでも汗を早く・たくさんかけるようになり、体温・心拍が上がりにくくなる
環境省「熱中症環境保健マニュアル」/Racinais S, et al. Sports Med. 2015; 45(7): 925-938.
具体的には、山行の2週間ほど前から、汗をかく軽い運動(早歩き・軽いジョグ・入浴でしっかり発汗)を続けておく。たったこれだけで、当日の体の余裕がまるで違います。
冷房の効いた生活で夏本番にいきなり登る──これが一番あぶないパターンです。
暑熱順化のもう少し詳しい話は、こちらの過去記事をどうぞ👇


当日の行動で予防 ── 早出早着とWBGT(暑さ指数)
当日できることは、シンプルです。
- 早出早着
気温が上がる前の涼しい朝に標高をかせぐ。
午後の雷雲対策にもなって一石二鳥。 - 「暑さ指数(WBGT)」で行動を判断
日本スポーツ協会の運動指針では、WBGT31℃以上は「運動は原則中止」、28〜31℃は「厳重警戒」。
低山の夏は街と変わらない高WBGTになることもあります。 - 水分と塩分をこまめに
汗をたくさんかく日は塩分(経口補水液・塩タブレット・行動食の塩気)も忘れずに - こまめな休憩と日陰の活用
通気性のよい服・帽子・濡らして使える手ぬぐい - 寝不足・二日酔い・体調不良の日は無理をしない
脱水状態でのスタートはリスクを大きく上げます
公益財団法人日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」熱中症予防運動指針
ちなみに「WBGT(暑さ指数)」は数字で見えないと判断しづらいもの。
ザックに付けられる携帯型の熱中症計(WBGT計)があると、”いま危険な暑さか”をその場で数字で確認できて便利です。
\ 山でも安心の防水・防塵設計 /
よくある質問(Q&A)


Q1. OS-1とスポーツドリンク、どっちを飲めばいい?
A. たくさん汗をかく夏山では、水だけより塩分の入ったものがおすすめ。
普段の山行中の水分摂取としてはカロリーもしっかり入ったスポーツドリンクがオススメです。
しかし、いざ熱中症のような体調不良となってしまったら、経口補水液(OS-1)が理にかなっています。
Q2. 塩タブレットだけ舐めていれば大丈夫?
A. いいえ。塩分は水分とセットで意味を持ちます。
さらに塩タブレットの塩分量は意外と少ないです。できればしっかり行動食を食べることによる塩分補給をお勧めします。


Q3. 高山病と熱中症、どう見分ける?
A. ざっくり以下の通り
「体が熱くて暑い環境なら熱中症」
「高度を上げてから(おおむね2,000m超)出てきたら高山病」
迷うときは、それ以上登らず、涼しい所で横ならずに休み、改善しなければ高度を下げる
──どちらも対策してしまうのが安全です。
Q4. 冷たい飲み物で内側から冷やすのと、外から冷やすの、どっちが効く?
A. 両方やってください。
意識がはっきりしていれば冷たい飲み物も有効ですが、冷たい飲み物で内部から冷やしているわけではなく、あくまで水分補給(発汗の元になる)です。
最重症(意識障害)のときは無理に飲ませない。その場合は外から冷やすのが主役になります。
まとめ ── 知識と準備で暑い夏でも登山を楽しもう!


まとめです!
なんだかんだと長くなってしまいましたが、この記事で覚えてほしい原則は2つです👇
- 原則① 熱中症リスクが高まるのは”熱を逃がせない”とき
暑さよりも、汗が蒸発できない(高湿・無風・レインウェア)+脱水で放熱が止まると危険。
運動強度を上げすぎると熱産生が高まるのでペースを落とすのも重要 - 原則② 身体を触って熱ければ、冷やす
最重症(意識障害+高体温)は”まず冷やす、それから運ぶ”
冷やす方法はできる限り全身!それができなければ、水をかけて扇ぐ!
そして、大切な合言葉を2つ👇
- 「熱中症かな?」は”3つのSTEP”で対応する
①意識状態は?→②水分摂取はできる?→③15分経過観察 - 予防法は4つ
- 2週間前の暑熱順化
- WBGTで判断
- 早出早着
- こまめな水分塩分補給
朝もやの樹林を抜け、風の通る稜線に出たときのあの開放感。
暑さも寒さも、敵にするのではなく、仕組みを知って味方につける。
それが、山をもっと長く楽しむコツですね。
しっかり学んで備えれば、今年の夏も安全に、楽しく登れます!
最後まで閲覧いただきありがとうございました!
※本記事は医療情報の提供を目的としており、個別の医療行為を推奨するものではありません。実際の症状や治療については、必ず医師・医療機関にご相談ください。



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