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はじめに
こんにちは!市川です!
僕の自己紹介はコチラ

循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「医療から登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。
2026年5月末〜Tozan Medical Officeを立ち上げました。
「山岳医療を、相談できる距離に。」
まずはTozan Medical Consulting〜登山×医療相談〜という名の登山者に対する個別のオンライン面談を開始しています。興味がある方はぜひこちらのリンクから詳細をご覧ください😊
今日のテーマはこちら👇
「山でクマに遭ったら?」です。
昨年の秋は、クマのニュースを見ない日がないほどでしたね。
環境省の統計では、2025年度のクマによる人身被害は238人・死亡13人。どちらも統計が残るなかで最多でした。
2026年度も7月末までにすでに53人が被害に遭い、6人が亡くなっています。
そして、これは里の話だけではありません。
この1年で、
- 羅臼岳では下山中の26歳の男性が亡くなり
- 奥多摩の六ツ石山では登山中の男性が顔と腕に重傷を負い
- 八甲田山では登山道が閉鎖されました。
いずれも登山中の出来事です。
クマ対策の情報自体は、各種メディアからたくさん出ています。
ただ、どれが本当に正しいのかを、登山者の側で確かめる方法がありません。
登山道の曲がり角で、クマと目が合ってしまったら。
そっと後ずさり?
走って逃げる?
大声で追い払う?
死んだふり?
──どう動くか、決めていますか?
この記事の目標は、“クマを適切に恐れて、山に登り続けられること”です。
そのために必要なのは、クマに遭ったその場で、体が動くこと。
読んで知っているだけでは、とっさには動けません。
やることを場面ごとに決めて、あらかじめ練習しておく──
今回の記事は、そのための手順書として使っていただければ幸いです。
- 昨年度のクマ被害238人・死亡13人は過去最多
- 登山道でも死亡・重傷が起きている
- クマの攻撃は顔に集中する
- 守るべきは顔と首!
- 走って逃げるのが一番危ない
- クマに襲われて助かった人の特徴
- 防御姿勢をとれた人は、重症化を免れている
- クマスプレーの選択・使い方
- 2026年8月に国がクマスプレーの性能要件を公開
- 「持っている」だけでは間に合わない
参考にした書籍は以下の2冊です👇️
どちらも読み応えのある医師向けの内容ですが、クマ外傷の現状、予防、実際の治療について克明に描いています。
注意点としては、医師がみても顔を背けたくなるような画像が入っています。怪我や血を見るのが苦手な方はオススメできません😥
しかし、クマ外傷2の第1章「クマ外傷の現状」、第2章「予防」だけでも野外で活動する登山者にとっては有益な情報ですので、ぜひ読んでみてください!
クマ対策:5つの場面でやること
クマ対策は、5つの場面に分けて考えます。
場面ごとにやることを表にまとめました。
それぞれ対応する章にリンクを貼ってあるので、気になる章から読んでもらってもかまいません。
| 場面 | やること | 該当する章 |
|---|---|---|
| 登山前 | ✔出没情報を事前に確認→登れるかどうか事前に判断 ✔クマスプレーの練習をしておく ✔クマスプレーはすぐに出せる場所に身につける | 遭わないために クマスプレー |
| 登山中 | ✔音を絶やさず、自分の存在をアピールする | 遭わないために |
| クマを見つけた! | ✔走らない ✔背を向けず、目を見てゆっくり後ずさる ✔有効な距離に入ったら、迷わずスプレー | 遭ってしまったら |
| 襲われた | ✔防御姿勢=うつ伏せになって、顔と首を守る | 襲われたら |
| ケガをした | ✔軽症でもその日のうちに必ず受診する | ケガをしたら |
クマによる人身被害の現状

こちらは環境省が都道府県から集計している人身被害の統計です👇
| 年度 | 被害人数 | うち死亡 |
|---|---|---|
| 2023年度 | 219人 | 6人 |
| 2024年度 | 85人 | 3人 |
| 2025年度 | 238人 | 13人 |
| 2026年度(7月末まで) | 53人 | 6人 |
環境省「クマ類による人身被害について[速報値]」(令和8年8月12日更新)
2025年度の死亡13人という数字は、それまで最多だった年(6人)の2倍以上です。
そして238人のうち232人がツキノワグマによる被害で、ヒグマ(北海道)は6人でした。
登山中に起きた3件のクマ被害
この統計の多くは、山菜採りや農作業中、あるいは市街地での被害です。
ですが、この1年で登山者にもクマ被害は起きています。
登山者が襲われた3件(2025年8月〜2026年7月)
- 羅臼岳(北海道・ヒグマ)2025年8月14日
岩尾別コースを下山中の26歳男性が襲われ死亡。同行者から離れて単独で先行し、走って移動していた可能性が高いと調査で報告。クマ鈴は携行していた。 - 六ツ石山(東京・ツキノワグマ)2026年5月17日
登山中の30代男性が顔と腕に重傷。翌日から石尾根が通行止めに。 - 八甲田(青森・ツキノワグマ)2026年6月
6月に2件の人身被害(うち1件は死亡)。7月1日に県がツキノワグマ出没特別警報を発令し、北八甲田のほぼ全域で登山道を閉鎖
ツキノワグマとヒグマは、危険の種類が違う
2008〜2025年の18年分の環境省統計を種別に分けると、こうなります。
| ツキノワグマ(本州) | ヒグマ(北海道) | |
|---|---|---|
| 18年間の被害者数 | 1,876人 年平均約100人 | 71人 年平均約4人 |
| 死亡者数 | 37人 | 17人 |
| 襲われた場合の致死率 | 約2% | 約24% |
中永士師明 編著『クマ外傷2』新興医学出版社, 2026.(環境省統計の分析より)
ヒグマに襲われた場合の致死率は、ツキノワグマの10倍以上。
一撃の重さはヒグマが桁違いです。
一方で、襲われる機会そのものは本州のツキノワグマが年平均約100人と圧倒的に多いです。
また、ツキノワグマの場合には致死率が低いと言っても無傷で助かったわけではありません。
後述しますが、クマによる最初の一撃の約9割は目を中心とした顔を狙って水平に殴打される事がわかっています。
そのため、顔面骨折・裂創、眼球破裂など、命は助かっても大きな傷害を受けているケースが多く、野生生物の恐ろしさがうかがえます。
僕はクマの生態の専門家ではないですが、危険の性質が違う、という理解でいいと思います。
- 襲われる頻度は低いが一度襲われると4人に1人は命を奪われるヒグマ
- 致死率こそ2%と低めだが、襲われるリスクは高く、頭部〜顔面に大きな傷害をうけるツキノワグマ
どちらも登山者にとって避けるべき対象という点では変わりありません。
クマが恒常的にいないのは、絶滅した九州と、ごく少数になった四国くらいです。
本州で山に登る人は、全員がツキノワグマの生息地に入っていることになります。
ピークは秋 ── 冬ごもり前の「食い溜め」の季節
クマは冬ごもりを前にした9〜11月に年間摂取量の約8割を集中して食べます。
ドングリやブナの実を求めて活発に動き回るため、人と出会う機会も増えます。
環境省の月別統計でも、人身被害は9月から急増し、10月が最多です。
もうひとつ注意点があります。
「クマは早朝と夕方に活動する」と言われますが、自動撮影カメラでツキノワグマの活動を解析した調査では、クマは時間帯を問わず活動していたことが報告されています。
人前に出るのが朝夕に偏るのは、人の活動時間を避けているためと考えられています。

秋山の登山中には、日中であってもクマと遭遇するリスクは十分あるようです。
クマはどこを狙うのか ── 攻撃の9割は顔に来る


ここからは、救急の現場がここ数年で急増した実際のクマ被害症例を分析してわかってきたことです。
まず、襲われた人の証言で共通しているのは、「クマの接近に気づかなかった」ということ。
クマは足音が静かで、匂いもほとんど感じません。気づいたときには数mの距離にいた、という報告が目立ちます。
そして至近距離で遭遇したクマは、威嚇のために立ち上がります。立ち上がったツキノワグマの高さは100〜150cm。前足がちょうど、人間の顔の高さに来ます。
攻撃の1発目の多くは、前脚をほぼ水平に振り、目を中心とした顔を狙って引っかく──これがツキノワグマ・ヒグマに共通する攻撃パターンだと分析されています。クマ同士の争いでも相手の顔を狙う習性があるためです。


クマに襲われた人は、どこをケガしているのか?
- 秋田大学が2023年の20例を分析:顔面90%・上肢70%・頭部60%。顔面骨骨折45%。失明などの重い後遺症が15.8%に残った
- 岩手医科大学の147例:顔面88%・上肢45%(顔をかばった際にできる「防御創」)
Tsuchida H, et al. Acute Med Surg. 2024;11(1):e70009. PMID: 39376231/中永士師明 編著『クマ外傷2』新興医学出版社, 2026.
約9割が顔をケガしている──これは偶然ではなく、クマが顔を狙って攻撃してくる結果です。
先ほどの六ツ石山の男性も「顔と腕に重傷」でした。この2か所は、顔を狙われ、とっさに腕でかばったという同じ形を示しています。
裂傷や骨折だけでなく、眼球破裂による失明、顔面神経のマヒ、嗅覚の障害など、命が助かっても生活を大きく変えてしまう後遺症が残ることがあります。



ニュースの「命に別状なし」という言葉の裏には、こうした現実があることは理解しておきましょう。
さらに、生死を分ける傷害部位についてもわかってきました。
岩手医科大学の分析では、
- 生存例では首の怪我は6%のみ
- 死亡例では首の怪我は4例中2例に及んでいた
死亡例そのものが少ないため、50%というような割合では語れませんが、首には太い血管が集まっていて、損傷すると数分で致命的な出血になります。
そして、死亡例に共通していたのは「防御姿勢がとれなかった」ことでした。
環境省のマニュアルも、同じ結論を書いています。
顔面・頭部が攻撃されることが多いため、両腕で顔面や頭部を覆い、直ちにうつ伏せになるなどして重大な障害や致命的ダメージを最小限にとどめることが重要です。
環境省「クマ類の出没対応マニュアル(改定版)」2021年3月



救急医療現場での経験も国からのマニュアルも、
「顔と首を守れ」というメッセージになっています。
これはクマ被害を最小限に抑えるために重要なメッセージです。
遭わないために ── 登山前・登山中の備え


いちばんの対策は、当たり前ですが遭わないことです。
クマは本来、慎重で臆病な動物です。人の存在に先に気づけば、ほとんどの場合クマのほうから離れていきます。
怖いのは、お互いに気づかないまま至近距離で出会ってしまう「バッタリ遭遇」。
予防の目的は、これを減らすことに尽きます。
① 目的の山に、行っていいのか
- 事前に出没情報を調べよう!
「そもそも登山をしても安全か?」を事前に判断しましょう。
行く前に、次の3つを見てください👇
- 都道府県の出没警報:
クマ出没注意報・警報・特別警報が出ていないか(県の鳥獣担当課のページ) - 登山道の閉鎖・規制:
自治体・山小屋・ビジターセンターの発表。閉鎖されているなら、当然入らない。 - 直近の目撃情報:
県の出没マップ(長野県「クマ出没マップ」、秋田県「クマダス」など)、登山口の掲示、登山記録アプリの直近の投稿。
複数の県にまたがる山域は、都道府県の公表データを全国1枚に集約した民間サイト「クママップ」も便利です。
羅臼岳の事故でも、事故の4日前に同じ登山道で子連れのクマが目撃され、看板とSNSで注意情報が出ていました。
事故に遭った個体と同じ個体である可能性が高いと報告されています。
同じ場所で目撃が続いているときは、コース変更や日程変更も選択肢に入れてください。
② 音・クマ鈴は有効か?
- 秋田県の報告では、クマ被害にあった人の約95%で、音を出す対策が不十分だった。
- クマ鈴が有効に機能しない場面がある
- 立ち止まっている
- 沢沿いや雨の日など音が消される
- 走っているとき
- 親子グマの場合
➜クマ鈴は万能ではありませんが、有効なアイテムです。限界を理解して使用しましょう!
クマ鈴の役割は、こちらの存在を、クマに先に気づかせることです。クマを追い払う道具ではありません。



クマ鈴って本当に有効なの?
鈴の効果を実験で確かめた研究は、ほとんどありません。
その代わり、被害に遭った人が音を出していたかどうかの記録が秋田県から発表されています👇
| 音が鳴る物(鈴・ラジオ等)の所持状況 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 所持していない | 48件 | 78.7% |
| 所持・不適切(荷物の中に入れたまま/音量が小さい/あまり鳴らさなかった) | 10件 | 16.4% |
| 所持・適切(十分な音量で所持していた) | 3件 | 4.9% |
秋田県「ツキノワグマによる近年の人身被害の状況」(令和2〜6年度の人身被害のうち対策の実施状況を確認できた61件65人)



被害者の95%は、音が鳴る物を適切に持っていませんでした。
確かに「音を出していれば安全」ということにはなりません。
しかし、実際に”クマに襲われた方の多くは音を出すものを所持していなかった”ということは事実です。
「人を恐れないクマが増えていて、音を出しても意味がない」という指摘もあります。
ただ、それは市街地や集落に出てくる個体の話です。山の中で登山者に対して音出しが効かなくなったことを示す記録は、この2〜3年の範囲では見つかりませんでした。
しかし、クマ鈴を持っていても有効に発揮できない場面もあります。👇
- 立ち止まっているとき(休憩・食事・写真撮影・地図の確認)── 鈴は揺れないと鳴らない
- 沢沿い── 水音で鈴もラジオもかき消される
- 風の強い日── 音が届かない
- 走っているとき(下り・トレランなど)── 音が先に届く前に、クマにばったり遭遇してしまう
環境省は2025年の羅臼岳の被害例を挙げています。 - 雨の日── レインカバーに押されて鈴が鳴らなかった事例あり。雨音でも消音される。
環境省「クマ類の出没対応マニュアル(改定版)」2021年3月/環境省「クマに出会わないためにできることや出会ってしまった時の対処について」2026年3月
羅臼岳で亡くなった方は、クマ鈴を携行していました。
しかし、トレランであったことから、おそらくはクマに音が届く前にばったり遭遇してしまったのかもしれません。
また、親子グマの事例では、クマ鈴があっても親が子を守るために攻撃してくる事例が報告されています。
クマ鈴は決して万能ではありませんが、有効でないわけでもありません。
過信せずに適切に装備しましょう。
クマ鈴以外にできる対策としては、以下のような感じになります👇
- 会話しながら歩く
人の声は「人がいる」と伝わりますし、鈴より確実に鳴り続けます。 - 見通しの悪い曲がり角・藪・沢沿いでは、意識して声を出す
羅臼岳の事故現場も、岩の陰で見通しの悪い区間でした - 休憩に入ったら、鈴は止まっている→別の手段も併用する
携帯ラジオの併用が勧められています
③ 食べ物 ── 匂いを残さない
- 行動食やゴミは密閉して必ず持ち帰る
- テント泊では食料を密閉容器に入れる
クマの嗅覚は非常に優れています。
人間の食べ物の味を覚えたクマは、警戒心より食べ物への執着が勝り、繰り返し人里や幕営地に現れるようになります。自分のゴミが、次に来る登山者の危険を作ることになります。
④ このサインを見たら、引き返す
山の中でこんなサインに出会ったら、その先へ進まず引き返してください👇
- 子グマ:近くにいる母グマは、子を守るために執拗に攻撃してきます。羅臼岳の加害個体も、0歳の子2頭を連れた母グマでした
- 土をかぶせた動物の死骸:クマが「あとで食べるために埋めた食料」です。所有物に近づく者は攻撃されます。
- 強い獣のにおい・新しい糞や足跡:クマが近くにいる可能性。迷わず撤退しましょう。
クマスプレーは「持っている」だけでは足りない


クマ撃退スプレー(唐辛子成分のカプサイシンを噴射するスプレー)は、近距離で遭遇したときの最後の手段です。
2026年8月、環境省が性能の推奨要件をまとめて公表しました。
そして、この装備は「持っている」と「いざというとき使える」の差が、非常に大きいのが特徴です。
この章では、“推奨される性能”と“使えるようにするための条件”を整理します。
距離30mから突進されたら、衝突まで”3秒未満”
環境省の文書に、こう書かれています。
クマは時速40km(秒速11m以上)以上の速さで走ることが出来るため、例えば30mの距離から突進された場合、わずか3秒未満しかクマ撃退スプレーの噴射を準備する時間がない。
3秒です。
ザックの中やサイドポケットに入れていては、絶対に間に合いません。
環境省も「取り出しが間に合わない」と明記し、ズボンのベルトやザックの肩紐を使って、腰か胸に専用ケースで装着することを強く推奨しています。
羅臼岳の事故では、同行者がスプレーを持っていました。
しかし、クマ撃退スプレーとしての性能を満たさない製品で、しかも一度使用したものだったため、噴射できていません。持っていたのに、使えなかったのです。
クマスプレーの使用により、9割で攻撃が停止



クマスプレーで本当に撃退できるのかな?
では、噴射できたときはどうだったのか。
国内のデータはありませんでしたが、アラスカで1985〜2006年に集められた83件の記録があります。


噴射できた場合に何が起きたか(アラスカでの83件まとめ)
- 撃退できた確率:ヒグマで92%、アメリカクロクマで90%
- 攻撃的なヒグマとの遭遇では、
- 86%が15m未満で初めてクマに気づき:平均6m
- 64%はすでに突進されていた
- それでも85%で攻撃が止まった
- 噴射した距離は平均4m:範囲1〜15m
- 3m以下で噴射した33件は、ほぼ全例クマを包み込んだ
- 一方で使用者の14%が自分にも影響を受けた
- 軽い刺激11%
- ほぼ行動不能3%
Smith TS, et al. Efficacy of Bear Deterrent Spray in Alaska. J Wildl Manage. 2008;72(3):640-645.
注目してほしいのは2つ目です。
「気づいたら6m、しかも、半数以上はすでに突進されていた」という、まさにバッタリ遭遇の場面でも、噴射できれば8割以上で攻撃が止まっています。
ただし、上記の数値には「噴射できた事例」だけで、持っていたのに使えなかった事例は入っていません。
「持っていれば9割助かる」のではなく、「適切に使えたかどうか」が重要になります。
実際、ケガをした3人のうち2人は、最初の一撃で缶を叩き落とされて2発目を噴射できていません。
選び方 ── 「ヒグマ用・ツキノワグマ用」という区別はない
クマスプレーは、ヒグマ用・ツキノワグマ用という区別は存在しません。
環境省は、種によるカプサイシンへの感度の差は確認されておらず、不意の遭遇時の危険はどちらの種も等しく高いとして、両種を一律に対象としています。
気をつけるべきなのは、製品そのものの中身です。環境省は、国内の流通実態をこう書いています。
対人用の催涙スプレーをクマ対策用と称して販売しているものや、EPA登録製品に酷似したラベルを貼りつけた模造品等、危険を回避する効果が小さいと考えられる製品が含まれることが確認されている
そこで2026年8月に示されたのが、次の推奨要件です。
買うとき・手持ちの1本を点検するときのチェックリストとしてご利用ください👇
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 有効成分 | CRC濃度1.0〜2.0%程度がパーセントで表示されている |
| 噴射距離 | 7.5m程度以上 |
| 噴射時間 | 6秒程度以上連続して噴射できる |
| 噴射パターン | 霧状(ミスト)で円錐状に広がる。狙いが要る棒状のものは非推奨。 |
| 操作性 | 手探りで安全装置を外し、噴射方向がわかる形(クマから目を離さないため) |
| 使用期限 | 期限が表示されている:期限切れ・一度使ったものは性能が落ちる |
環境省「クマ撃退スプレーの性能に係る推奨要件」令和8年(2026年)8月より作成
※CRC濃度:カプサイシン・関連カプサイシノイド濃度(CRC:Capsaicin and related Capsaicinoids)
すでに持っている方は、噴射距離を確認してみてください。
2021年の環境省マニュアルには「射程距離は5m程度と短い製品が多い」と書かれていました。
今回7.5m以上が目安になったので、古い製品は買い替えの検討が要ります。使用期限も同時に見てください。
そして、重要なのは練習です。
環境省は、練習用スプレーでロック解除と構えの動作を確認しておくことを勧めています。
オススメのクマスプレーはコチラ👇️
環境省の基準を概ね満たしており、ホルダーや練習用スプレーもあるのがGood。
仲間が襲われた!
眼の前で仲間がクマに襲われている!
環境省は、クマがその場にとどまっているときに、人間の側から近づいて噴射することは推奨していません。
「クマ撃退スプレーは接近・突進してくるクマに対する緊急的な防御手段であり、追い払いを目的とした使用は想定されていない」と明記されています。
ただし、これは「クマが人を襲っていない状況」の話です。
仲間が今まさに襲われている際、公的な推奨は、調べた範囲では見当たりませんでした。
助けに入った方が反撃されるリスクがあるため、推奨できないのは当然と言えるかもしれません。
実際に助けに入ったために命を落とした残念な事件も報告されています。
2025年10月24日、秋田県東成瀬村で、畑仕事中の70代の2人がクマに襲われました。
助けに行った30代の男性が亡くなり、同じく助けに入った60代の男性も重傷を負っています。
秋田県「令和7年度 ツキノワグマによる人身被害状況」(事故番号41)
さらに、羅臼岳の件では、同行者が「応戦と救助を試みたが、ヒグマは被害者から離れなかった」と報告されており、クマスプレーなしで撃退するのは困難です。
上記事件からわかる教訓は2つです。
- 助けに入ることで反撃されるリスクがある
- 助けるには素手では不可能
- クマスプレーがあれば撃退できる可能性がある?
素手で助けに入ると、助けに行った人が命を落とすことがある。
だからこそ、助ける側がクマスプレーを持っていることでそのリスクを軽減できるのではないでしょうか?



推奨はできませんが、仲間が襲われているときに助ける勇気を持てるのであれば、クマスプレーが有効である可能性があるのではないでしょうか。
遭ってしまったら ── 走って逃げるのが一番危ない


クマに遭遇してしまったら…、どうすればいいでしょうか?
いくつかのパターンで考えてみましょう!
遠くに見えたら ── 静かにその場を離れる
50m以上の距離があれば、クマのほうも静かに離れていくのが普通です。
ゆっくりとその場を立ち去ってください。
やってしまいがちなのが、写真や動画の撮影です。
気持ちはわからなくもないですが、クマは時速40km以上(秒速11m以上)で移動できる事を忘れてはいけません。
夢中になっているうちにクマが目前に迫っていた例が報告されています。
近距離で出会ったら ── 背を向けない、走らない
正解は、クマの目を見ながら、背を向けずに、ゆっくり後ずさりして距離をとること。
大声を上げる、物を投げつける──これらはクマを興奮させて攻撃の引き金になりうるため、してはいけません。
至近距離では、クマ自身も極度の緊張状態にあります。
刺激を加えないことが最重要です。
数十m以内の「バッタリ遭遇」
本能的には走って逃げたくなりますが、慌てて逃げた例では、ほとんどでクマに追いかけられています。
繰り返しますが、クマは時速40km(秒速11m以上)で走ります。
10mの距離なら1秒かからずに詰められ、背中から攻撃を受けることになります。
羅臼岳で亡くなった方は、単独で先行し、かなり速いペースで走って下山していた可能性が高いと報告されています。トレイルランニングに限らず、下りでスピードを出すほど、バッタリ遭遇の確率と、遭遇したときの危険が同時に上がります。
突進してきたら ── 多くは威嚇突進
クマが突進してきても、多くは途中で止まるか、目前でUターンして去っていく「威嚇突進」です。
木や岩などの障害物がクマとの間に来るように、落ち着いてゆっくり後退します。
クマスプレーを持っている場合、ここが使いどころです。
- クマの目・鼻・口に向けて噴射する。粘膜に当たって初めて効きます
- 有効な噴射距離に入ったら、威嚇か本気かを判別しようとせず、迷わず噴射する
- 環境省も「専門家でも判断は難しい」としています。
- 遠すぎる距離から撃たない
- 風向きによっては自分にかかります(記録では使用者の14%が自分に暴露)
- 目や喉の痛みが出ますが、それでも噴射をためらわないこと
- かかったら大量の水で洗い流してください
なお、ストックや杖で突いて戦うのは分が悪すぎます。
厚い毛皮と皮下脂肪に阻まれるうえ、興奮したクマは痛みをほとんど感じません。
遭遇時にやってはいけないこと
- 背を向けて走って逃げる(追いかけられる)
- 大声で威嚇する・物を投げる(興奮させる)
- 写真・動画を撮り続ける
- ストックで戦おうとする
- クマがその場にとどまっているのに、自分から近づいてスプレーを噴射する
襲われたら ── 防御姿勢をとれた7人は全員重症化を免れた


攻撃を受けてしまった場合に完全に防ぐ方法はありません。それでも、現時点で被害を最小限にすると考えられている方法が、うつ伏せになって顔と首を守る「防御姿勢」です。
長く「推奨」として語られてきたこの姿勢に、実際の有効性に関するデータが出てきました。
2023年度に秋田県で発生したクマ外傷70例の分析
- 防御姿勢をとることができたのは、70例中7例(10%)
- 重症は70例中23例(32.9%)
- 防御姿勢をとった7例は、全員が重症化を免れていた
石垣佑樹ら . クマに対する防御姿勢は有効か?―秋田県令和5年度データの解析―. 臨床整形外科. 2025;60(7):895-901.



7例という数は少なく、これだけで「証明された」とは言えません。
それでも、
✔クマが顔を狙ってくる
✔首をやられると致死率が高い
この2点を考えれば、顔と首を隠す姿勢は理にかなっています。
「クマはどこを狙うのか」の章で見たとおり、死亡例に共通したのは「防御姿勢がとれなかった」ことでした。
- その場にうつ伏せになる(体を低くするほど、顔への一撃を受けにくい)
- 首の後ろで両手を組む(首の血管を守る)
- 足を少し開いて踏ん張る(クマは相手を転がして仰向けにし、顔を咬もうとします。ひっくり返されないため)
- 顔を地面に伏せ、クマが完全に去るまで動かない
人里での遭遇と違い、登山者には、ひとつ有利な点があります。
背中のザックです。
背負ったままうつ伏せになれば、ザックが首から背中への攻撃の盾になります。
大事なのは「防御姿勢を解除するタイミング」です。
攻撃が止まっても、すぐに頭を上げないでください。
去ったと思って顔を上げた瞬間に、目の前にいたクマに顔を負傷した実例が報告されています。気配が完全に消えるまで、姿勢を保ち続けてください。



注意点としては、この姿勢は万能ではありません。
2025年に北海道と岩手で起きた死亡事故のように、ごくまれに人を「獲物」とみなして襲うクマに対しては、攻撃をやり過ごすこの方法では守り切れません。
それでも、被害の大多数を占める「出会い頭の防御的な攻撃」では、顔と首を守れたかどうかが重症度・生死を分けています。
ケガをしたら ── 「軽症」でも必ず病院へ


襲われてしまった場合には、仮に防御姿勢でやり過ごせてもケガを完全に避けることは難しいでしょう。
クマに限らず、動物外傷でやるべきことは以下の3つです。
- タオルやシャツで、傷を強く押さえて止血する(余裕があれば洗浄も)
- 迷ったら、ためらわず救助要請する(110番・119番)
- 軽症でも必ずその日のうちに病院を受診する
傷口の洗浄・圧迫止血
止血は、出血している場所を直接、圧迫し続けるのが基本です。
- ただし、眼球そのものを強く押さえてはいけません。眼球の損傷が疑われる場合は、圧迫せずに保護し、救助を要請してください。
出血の程度にもよりますが、洗浄も感染予防の観点から非常に重要です。
詳しくはケガの管理の記事で解説しています👇


迷ったら、ためらわず救助要請する(110番・119番)
救助要請をためらわないでほしい理由は、時間です。
重症の外傷では、受傷から最初の1時間の対応が生死を左右するとされています。
ところが岩手県のデータでは、山林で襲われた場合、医療機関への到着まで平均3時間以上かかっていました。
「歩けるから様子を見よう」と自力下山にこだわることが、いちばん時間を失います。
注意してほしいのは、襲われた直後は興奮状態で、痛みを感じにくくなっていることです。
「たいしたことない」という自分の感覚は、このときばかりは当てになりません。
ケガの見た目や痛みで、軽症だと自己判断しないでください。
軽症でも必ずその日のうちに病院を受診する
動物外傷で怖いのは“感染症”です。
クマは雑食で、口の中には多くの細菌がいます。
爪には土が付いていて、引っかき傷の奥深くに土壌の細菌が押し込まれます。
その結果、クマ外傷の約2〜4割で傷の感染が起きています。
動物による咬み傷の中でも高い頻度です。
中永士師明 編著『クマ外傷』『クマ外傷2』新興医学出版社, 2025-2026.
放置すれば壊死性筋膜炎のような重い感染症に進むことがあり、破傷風の予防も必要になります。
傷が小さく見えても、全例が「病院で診てもらうべき傷」だと考えてください。





クマ外傷では軽症であっても受診してくれる人が多いと思いますが、小動物の動物咬傷では傷口も小さく、出血もほとんどないので受診しない方もいます。
しかし、動物咬傷は感染リスクが極めて高いので、必ず受診しましょう!
そして、もうひとつ。
意外と重要なのが、急性ストレス障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)
クマ外傷が残すのは、体の傷だけではありません。心の傷が数十年単位で続くことがあります。
体の治療が終わったのに眠れない、山に入れない、フラッシュバックが起きる。
こういった症状が数週間続くなら精神科・心療内科の受診をオススメします。
- 耳や鼻などちぎれた組織は、あきらめずに病院へ持参してください。
再接合できた例があります - 抜けた歯は水で軽くすすいで汚れを落として、元の位置に戻す。
※歯の根部分をこすらない!
●耳や鼻などちぎれた組織は、あきらめずに病院へ持参してください。
運び方は、
①生理食塩水か清潔な水で湿らせて絞ったガーゼに包み
②ジップ袋に密封
③ジップ袋の外側から沢の水や雪、冷却パックで冷やす
の3段階です。
注意点は、「組織を水に直接浸けない」、「氷に直接当てない」です。
冷やせば12時間以上持つことがあります。ちぎれた時刻をメモしておいてください。
●歯が抜けた場合…
白い部分(歯冠)だけを持ち、根には触れないようにしましょう。
①汚れは水で軽くすすいで落とし、
②速やかに口腔内の元の位置に戻す
③戻したらハンカチなどを軽く噛んで押さえる。
これがベストです。
しかし、クマ外傷では顎の骨折も伴っていて元の位置に戻せないことの方が多いです。
その場合には、牛乳、本人の唾液、生理食塩水のいずれかをいれたジップ袋などで保管します。
- 歯根部には歯を元の場所に定着させるために大切な細胞が残っていますが、乾燥すると約60分でほとんどの細胞が死滅してしまいます。だから、乾かさないことが大事ですし、時間が過ぎても歯は必ず持参してください。
- 意外かもしれませんが、歯根膜の細胞を生かしておくためには、生理食塩水よりも牛乳が優れています。牛乳は体液と浸透圧が同じで栄養分もあるため、約6時間ぐらい歯根膜が生存できるとされています(生理食塩水は栄養がないので2時間程度まで)。
行動食兼ファーストエイドの1つとして、常温保存可能な牛乳を持つのもアリですね。
まとめ
まとめです!
- 登山前
- 出没警報・登山道の閉鎖・直近の目撃を確認
- 基準を満たしたクマスプレーを装備する
- 練習用スプレーで練習しておく
- 登山中
- 音を絶やさない:クマ鈴、ラジオ、会話など。
※休憩中には鈴は鳴らないので、要注意。
- 音を絶やさない:クマ鈴、ラジオ、会話など。
- クマが見えたら
- 走らない!
- 背を向けず、目を見ながらゆっくり後ずさる。スプレー噴射の準備を。
- 撃退率は約9割:有効な距離に接近してきたら迷わずスプレー
- 襲われたら
- 防御姿勢:うつ伏せで顔と首を守る(ザックは背負ったままで背中を守る)
- ケガをしたら
- 軽症であっても、その日のうちに受診する
今回の記事の医学的な内容は、秋田・岩手の救急現場の記録をまとめてくださった「クマ外傷」「クマ外傷2」の2冊の専門書から多く引用させていただきました。
なかなか経験できないクマ外傷について非常に詳しくまとめてくださり、僕自身勉強になりましたし、まだまだ分かっていないクマの生態を知るうえでも重要な書籍だと思います。
1冊目の『クマ外傷』は、医学書の編集者が選ぶm3.com医学書大賞2026で大賞を受賞した本です。医療者向けの本ですが、クマの生態から遭遇時の対応まで、一般の方にも読めるコラムが豊富に載っています。
クマに襲われた方の写真は苦手な方もいると思いますが、より深く知りたい方は是非購入して読んでいただきたいです👇
秋の山は、紅葉に澄んだ空気と、一年でいちばん贅沢な季節です。
その同じ山で、クマたちも冬ごもり前の大切な食事の真っ最中。
きちんと学んで備えて行動して、この秋も、来年も、登山を楽しんでいきましょう!
最後まで閲覧いただきありがとうございました!
※本記事は医療情報の提供を目的としており、個別の医療行為を推奨するものではありません。実際の症状や治療については、必ず医師・医療機関にご相談ください。





コメント
コメント一覧 (2件)
お世話になります。今年は去年に比べて熊のニュースが少ないですがこれからが本番ですね。
実は2024年7月25日、岳沢小屋まで後20分の登山道標高約2100で、丁度右カーブに差し掛かる手前で出合い頭至近距離で熊に遭遇しました。その日は昼過ぎから雨が降り出し何となく嫌な予感の中、途中から上下レインを着用し岳沢小屋に向かっていました。私は熊鈴を意識的に鳴らしていたつもりですが、そこそこの雨足で鈴の音もかき消されていたのだと思います。私の前を歩いていたガイドさんのうわっと言う小さな驚きの声。歩みがピタッと止まったと同時ぐらいに腰に携帯していたクマスプレーのストッパーを外す音を聞いた瞬間に足元しか見ていなかった私でも瞬時に察しました。熊の全体は確認できませんでしたがガイドさん越しに黒い塊がガイドさんの4m程前に居ました。その時の私は頭は真っ白で声も出ません。完全に身体は固まってしまいました。人間本当に恐怖を感じると声も出ないし身体も固まってしまうものだと改めて感じました。ガイドさんは何時でも噴射できる体制で私は後ろでただ立ち尽くすだけでした。幸い熊の方から樹林帯へと方向転換してくれ、事なきを得ましたが多分時間にしたら数十秒か1分ぐらいだったと思います。しかしながらその時間がどれ程長く感じたか。その後岳沢小屋に入り小屋の方に熊遭遇の報告。翌日下山した私たちに地元のレンジャーの方から聞き取り調査をされた時に言われたのが、声を出さず大きな動きをしなかった(出来なかったのですが)のが対応としては良かったらしいです。要は刺激しないと言う事だと思われます。ただ私が思ったのは、たまたま運が良かった。そしてたまたま温厚な個体だったからではないかと思います。遭遇、しかも至近距離でだと出来る事は限られてしまいます。もし気性の荒い個体だったら。。。私の場合はガイドさん同行だったのでまだ心強さはありましたが、単独だと思うと恐ろしさは何倍にもなるでしょう。その後罠が設置され捕獲され人里離れた山に放獣されたようでした。正直何が正解かわかりません。私はたまたま運が良かった。それでもやはり何よりもまず遭遇しない事の対策を人間側が意識する事が重要だと思いました。あの時は雨だったので熊鈴の音もかき消され熊に届かなかったんだと思われます。カーブは要注意です。そして今月また同じガイドさんで同じルートに向かう予定なのでスプレーはガイドさん頼みで私は熊鈴、ホイッスル、熊ホーンの3点セットで対策して行くつもりです。とにもかくにも遭遇しない事を願います。
遠藤さん
何事もなくてよかったです。とっさにクマスプレーを構えたガイドさんはさすがですね。
僕が考える範囲でもベストな対応だったと思います。
貴重な経験を共有していただきありがとうございました。