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はじめに
こんにちは!市川です!
僕の自己紹介はコチラ

循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「医療から登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。
2026年5月末〜Tozan Medical Officeを立ち上げました。
「山岳医療を、相談できる距離に。」
まずはTozan Medical Consulting〜登山×医療相談〜という名の登山者に対する個別のオンライン面談を開始しています。興味がある方はぜひこちらのリンクから詳細をご覧ください😊
今日のテーマはこちら👇
「夏山の心臓突然死アップデート」です。
連日のように山岳遭難事故が報道されていますが、この2026年7月11日〜8月2日の1ヶ月弱の間だけで、報道で確認できただけでも”7人が山で突然倒れて亡くなっています”。
そして、“病気”で救助要請されているケースが夏に多いことは、あまり知られていません。
登山の途中、前触れもなく胸を押さえて、その場に倒れる──。
循環器内科医として、僕はこの「心臓突然死」と長年向き合ってきました。
皆さんにお伝えすべきことは、
「山岳心臓突然死のほとんどが、倒れた日は”普段どおり”元気だった」
ということです。
この「登山中の心臓突然死」というテーマは、当ブログでも過去にくり返し取り上げてきました。
ありがたいことに、日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)が2025年10月に発表した「第22回 山岳遭難事故調査報告書」のなかで、僕のブログ記事「登山中の突然死の主因、急性心筋梗塞とは」を参考文献として引用いただきました。
今回はその報告書のデータと、この夏に実際に起きた事故を並べて、「夏山と心臓死」について改めてアップデートしておきたいと思います。
結論からお伝えすると、
登山中の心臓突然死は、”運の悪い人にたまたま起きること”ではありません。
起きる季節も、時間帯も、行程のどこかも、はっきり偏っています。
偏っているということは、避ける方法があるということです。
この記事では、データ → この夏の実例 → 突然死の型 → なぜ夏に多いのか → 予防 → 仲間が倒れたらの順に、できるだけ判断軸になる形でお伝えします。
- 夏は「病気」の遭難が、夏以外の約2.6倍(遭難した人の6〜7人に1人)
- 山岳突然死には”型”がある
- 前兆なし・登山初日・昼前後・登り坂・空腹脱水時
- 夏に心臓が危ない理由=暑さ・脱水・急登、そして高所
- 山岳突然死事例の多くは心臓病の既往がない(=隠れ心臓病)
- 予防は3本立て
- 事前のメディカルチェック
- 心拍数で登高ペースを管理する
- 環境対策:危険な時間帯を避ける、こまめな水分・電解質補給、高度順応できる日程を組む、防寒対策

心臓突然死は、「起きてから助ける」のは極めて難しい。
「起こさない」ことが圧倒的に大切です。
正しく知れば、心臓突然死は”予防できる事故”に寄せられます。
一緒にアップデートしていきましょう!
データで見る夏山の心臓リスク ── 夏は「病気」で倒れる人が増える
まずは”数字”から入りましょう。
感覚論ではなく、公的な統計で「夏山と心臓死」の実態を見ておきます。
夏の遭難では「病気」が上位に来る


警察庁が発表した「令和7年夏期(7〜8月)における山岳遭難の概況」によると、昨年夏の全国の遭難者は917人。
その原因(態様)の内訳はこうです。
- 転倒:216人(23.6%)
- 道迷い:171人(18.6%)
- 病気:142人(15.5%)
「病気」が第3位。しかも全体の6〜7人に1人という無視できない割合です。
さらに遭難した人のうち何%が「病気」だったのかを、夏季(7〜8月)とそれ以外(9月〜6月)に分けて並べてみると以下のとおりです。
| 年 | 夏季(7〜8月) | 夏以外(9月〜6月) |
|---|---|---|
| 2021年 | 13.4% | 5.6% |
| 2022年 | 14.5% | 6.3% |
| 2023年 | 16.9% | 6.2% |
| 2024年 | 14.9% | 5.6% |
| 2025年 | 15.5% | 5.6% |
| 5年合計 | 15.2% | 5.9% |
- 夏は6〜7人に1人が「病気」
- 夏以外は17人に1人が「病気」
その差は約2.6倍で、しかも5年連続でほぼ同じ差が出ています。
つまり、夏山では、病気で倒れる人の”割合”そのものが上がっているのです。
- ここで言う「病気」には、医学的な診断名ではなく、警察が状況から振り分けた区分です。
- 心筋梗塞などの心臓トラブルはもちろん、高山病や熱中症なども含まれると考えられますが、「病気」の中身は正確にはわかりません。
さらに重要なのは、「病気」は他の遭難よりも”死につながりやすい”という点です。
2024〜2025年の2年間で長野県内での「病気」による遭難死亡率は31.8%(14/44人)です。
一方で、同期間の長野県内での「病気以外」での遭難死亡・行方不明率は13.5%(94/698人)です。
病気による死亡率は実に2.4倍になります。



夏は登山者数そのものが増えるうえに、暑さ・脱水という「心臓に効く」条件が重なります。
循環器内科医・山岳医視点では、登山者にとっては夏こそ心臓に厳しい季節なんです。
誤解のないように言っておくと、心臓にとっていちばん厳しい季節は冬です。心筋梗塞も心停止も冬に増えるのは循環器では常識で、日本の全国データ(心原性の心停止66万件の解析)でも、冬と低気温が明らかなリスクになります。
それでも「山で」心臓の事故が起きるのは、圧倒的に夏です。
冬山は登山者が少ないという事情もありますが、夏山には暑さ・脱水・急登・高所での寒暖差という、心臓に効く条件がそろってしまうからです。
今年の夏山で相次ぐ「心臓突然死を疑う遭難」


ここまでは統計の話でしたが、今年の夏季前半の実報道を見てみましょう。
2026年7月からの約1か月で、報道と警察発表から確認できただけでも、7人が突然死を疑う状況で山で倒れて亡くなっています。
| 日付 | 山域 | 何が起きたか |
|---|---|---|
| 7月11日 | 岩手山(2,038m) | 63歳男性。知人ら6人と登山中、午後2時頃、9合目付近で突然倒れた。翌日死亡が確認され、警察は病死とみて調べている |
| 7月13日 | 北アルプス 北穂高岳 | 67歳男性。午後3時前に山小屋の中で倒れているところを発見。翌日救助されたが死亡確認。長野県警の分類は「発病」 |
| 7月17日 | 富士山 富士宮ルート | 65歳男性。午前6時20分頃、ツアー登山中に8〜9合目付近で倒れて動けなくなり通報。救助隊が現場に着いた時には意識がなく、その後、医師によって死亡が確認された。 |
| 7月18日 | 南アルプス 北岳 | 50歳代男性。午前9時半頃、登山道で倒れているのを別の登山者が発見。山小屋で待機していた医療ボランティアの医師が現場で死亡を確認した。 |
| 7月21日 | 富士山 富士宮ルート | 58歳男性(スイス人)。登山中に体調不良となり、新七合目にある山小屋で休憩していた。午後4時前にその場で倒れ、スタッフのAEDで一時意識を取り戻したが、ブルドーザーで搬送中に再度心肺停止となり、死亡。 |
| 7月28日 | 北アルプス 剱岳(2,570m) | 66歳男性。午後3時20分頃、同行者が降りてこないと山小屋に相談。登山道上で動けなくなっているところを発見。外傷なく発見当時は呼吸があったが、山小屋に収容後に心肺停止となり、死亡。死因は病死とみられる。 |
| 8月2日 | 八ヶ岳連峰 縞枯山 | 63歳男性。下山中の午前11時前に意識を失い、搬送先の病院で死亡確認。急性心筋梗塞の疑いがある。 |
この7人のうち、医学的な死因が報じられたのは、8月2日の1件だけです。
8月2日、八ヶ岳連峰の縞枯山。2人パーティで山頂から下山していた63歳の男性が、午前11時前に意識を失って倒れました。通りかかった登山者が119番通報し、午後0時半ごろに県の防災ヘリが救助して松本市内の病院へ運びましたが、午後1時前に死亡が確認されています。
報道は「急性心筋梗塞の疑い」と伝えています。
上記報道ではいずれも
- 中高年男性
- 日中(午前6時20分〜午後4時前)
- 突然倒れた or 体調不良を訴えてその後に心肺停止
といった特徴があります。
これらは次の章で見る“山岳心臓突然死の型”に、そのまま重なります。



残る6人については、医学的な死因は公表されていませんが、報道を見る限りでは、全例が心臓突然死であった可能性は高いと考えています。
「普通に登山をしていたにも関わらず、急変してその日のうちに亡くなる人」が、この夏も続出しています。
山で亡くなる原因の第3位が「心臓死」


日本国内の山岳死を分析した、山岳医療の第一人者・大城和恵先生らの研究があります。
大城らは、2011〜2015年に日本国内で山岳活動中に救助された非生存者548件の死因と特徴を分析しました。
その結果、亡くなった方の83%は男性で、死因は次の順でした。
- 第1位:外傷 ── 49.1%
- 第2位:低体温 ── 14.8%
- 第3位:心臓死 ── 13.1%
Oshiro K, Murakami T. BMJ Open. 2022;12(2):e053935.(PMID 35115353)
ヨーロッパでも状況は似ています。
オーストリア・アルプスでは登山中の山岳遭難死亡の44%が心臓突然死だった(転倒・転落は46%)と報告されています。
Gatterer H, et al. Int J Environ Res Public Health. 2019;16(20):3920. doi:10.3390/ijerph16203920
転倒・滑落という”外側の事故”に次いで、心臓という”内側の事故”が上位を占める
──これは日本のみならず世界共通で同様の事象がみられます。
心臓突然死のさらに詳しい全体像は、こちらの過去記事で解説しています👇


登山中の突然死には”型”がある ── 前兆なし・登山初日・昼前後・急登中


63歳の男性。持病はなし。前の晩に登山口へ入り、朝5時に歩き出した。
午前11時すぎ、山頂付近の登山道上で登山中に、突然苦しみだして、前のめりに倒れた。
これは特定の誰かの話ではなく、過去のデータから描き出した”よくある山岳突然死の型”です。
過去の研究で山岳心臓突然死に関して判明していることを整理してみます。
| どんな人が? | 圧倒的に中高年の男性です。 日本の山岳死548人を分析した研究では、心臓死72人のうち、 ・93.1%が男性 ・全員が41歳より上 ・年齢の中央値は64.5歳 |
|---|---|
| 山行の何日目が多い? | 入山した初日が最も多い。 長期縦走の最終日というよりも、初日のほうが圧倒的に多いです。 「長時間歩いたから」というわけでもないのです。 |
| 何時頃? | 午前の遅い時間帯がピーク 通報時刻は午前11時にピークで、7〜13時に70.8%が集中します。 |
| どこで? | ふつうの登山道の上です。日本の心臓死の88.7%は登山道で見つかっています。 下りよりも登りで多く発生しています。 |
| なぜ気づけないのか? | トレッキング中に突然死した人のうち、心筋梗塞の既往があったのは17%だけ。 8割以上は「持病なし」の人≒大半は隠れ心臓病ということです。 |
もうひとつ、引き金として指摘されているのが「最後に食べてから、どれだけ時間が経っているか」です。
オーストリアの研究群では、最後の食事や水分をとってからの時間が長いほど、突然心臓死が増えると報告されています。
Burtscher M. Heart Lung Circ. 2017;26(8):757-762



つまり、空腹や脱水が突然死の誘引になりうるということです。
「中高年男性が朝食を抜いて、登り始めから飛ばす」
この組み合わせがいちばん危険ですね。
「今日は調子がいい」
「去年も同じ山に登れた」
──その感覚は、残念ながら当日の”心臓の安全”を保証してくれません。
だからこそ、「感覚」ではなく「事前の備え」が大切なのです。
登山中の突然死の”型”を覚えて、それを避けるように行動しましょう。
- 中高年男性はハイリスクと心得て健康管理に気をつける
- 必要に応じて山岳医による事前相談・検診もおすすめ
- 登山初日の昼前後に多い
- 稜線や山頂に登り切る手前付近で身体への負担が大きくかかるので、あえてペースを落とす
- 空腹や脱水は突然死リスクになる
- 適度に休憩して行動食・水分摂取をしっかり行う
日本国内の登山中の循環器系事故のアンケート調査
冒頭で紹介したJMSCAが2025年10月に発表した「第22回 山岳遭難事故調査報告書」は、登山中の循環器系(心臓・血管)の事故37件を詳しく分析しています。
そのうち16件が死亡、11件が重症・重体。
報告書では「死亡者16人はすべて急性心臓病で亡くなっている」と明記されており、これは心臓突然死を意味します。
ちなみに、この37件がどんな病気だったのかも報告書に載っています。
山で起きる「病気」の中身がわかる、日本でほぼ唯一のデータなので、まとめておきます。
※このJMSCAのデータは、日本山岳協会、日本勤労者山岳連盟などの加入者に配られた事故アンケートがもとになっています(回答率は2〜3割)。原文は「大動脈かえり」のような明らかに間違った病名もあえてそのまま記載していますが、今回は僕の判断でわかりやすいようにまとめました。アンケート調査であるため、病名に高い信頼性はないという点は要注意です。
| 病気 | 件数 | 死亡数 |
|---|---|---|
| 虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症・急性冠症候群) | 16 | 8 |
| 急性心不全 | 8 | 7 |
| たこつぼ型心筋症 | 1 | |
| 致死的不整脈 | 1 | 1 |
| 心房細動 | 1 | |
| 急性大動脈解離 | 2 | |
| 深部静脈血栓症、肺動脈血栓塞栓症 | 3 | |
| 脳卒中(脳出血、脳梗塞) | 4 | |
| その他(低体温症+凍傷+心不全?) | 1 | |
| 合計 | 37 | 16 |
報告書には、こんな生々しい記述もあります。
「全く急に予告的動作もなく前にのめるように倒れ、直後に2回転して山道を転げ落ちたが、後続者が止めた。この時点で既に意識不明の状態であった」──。
前触れなく、あっという間に進む。これが心臓突然死のいちばん怖いところです。
なお、実際には直前に胸部絞扼感(胸が締め付けられる感じ)・息切れといった体調不良を訴え、その後に意識不明・心肺停止になるというケースも多いです。
前述の報道にも何件かそういうケースもありましたね。
心臓突然死の大きな原因の1つである急性心筋梗塞は「その半数以上は前兆なく突然発症する」とされています。
山岳現場のデータでも同様の傾向がみられますね。
急性心筋梗塞そのものの仕組みは、こちらの過去記事で詳しく解説しています👇


登山中の突然死の主因「急性心筋梗塞」とは? 登山中の突然死の主因である「急性心筋梗塞」について、循環器専門医が登山者の視点から解説。発生メカニズム/よくある誤解/典型的な症状/山中での応急対応/予防法までを、事例を交えてわかりやすく紹介。胸の違和感を軽視しないための実践的ガイドです。
なぜ夏の登山で心臓が危ないのか ── 暑さ・脱水・急登、そして高所
では、なぜ夏の山でとくに心臓トラブルが起きやすいのでしょうか。
それは、夏の登山では、心臓に負担をかける4つの条件が重なりやすいからです。
- 暑さ── 体を冷やすために心臓が働かされる
- 脱水 ── 血液がドロドロ+心臓の仕事量増加
- 急登 ── 交感神経が一気に高ぶる
- 高所 ── 低酸素+寒冷刺激が心臓の負担になる
- このうち夏山で特に影響するのは①暑さと②脱水です。
① 暑さ ── 体を冷やすために心臓が働かされる


暑い環境では、体は熱を逃がそうとして皮膚の血管を大きく広げます。
すると、皮膚に多くの血液を回しながら、同時に筋肉にも血液を送らなければならず、心臓は普段より大量に血液を送る必要があり、その分、心臓は速く・強く働く必要が出てきます。
「暑さだけで心拍出量が最大2倍になる」という報告もあります。
つまり、暑さそのものが、心臓へ負荷になるのです。
② 脱水 ── 血液がドロドロ+心臓の仕事量増加


汗をかいて体内から水分が失われると…
- 血液の水分が減って”濃く”なります(血液濃縮)。
- 血液が濃くなると流れにくくなり、血の塊(血栓)ができやすくなります。
※機序としては妥当ですが、暑さが心筋梗塞を増やすという疫学的な裏づけは一貫していません。
- 血液が濃くなると流れにくくなり、血の塊(血栓)ができやすくなります。
- 循環血液量(体内の血液)が少なくなるため、全身に血液を巡らせるため、心臓はさらに負担が増えます。
水分管理は、心臓を守るうえでも土台です。
飲みすぎ(低ナトリウム血症)も含めた”ちょうどいい”水分のとり方は、こちらで詳しく解説しています👇


③ 急登 ── 交感神経が一気に高ぶる


登り始めの急登は、体がまだ運動に慣れていないタイミングで、いきなり大きな負荷がかかります。
交感神経(体を興奮・緊張させる神経)が急激に高ぶり、血圧・心拍数が跳ね上がる。
この”急な負荷”が、もろくなった動脈硬化(プラーク)を破り、血栓を作る引き金になり得ます。


急激な運動負荷が心筋梗塞の原因となることを示した研究があります。
心筋梗塞を起こした1,228人に「発症の直前1時間」と普段の様子を同一人物で比較した研究です。
その結果、強い運動(6METs以上)の直後1時間は、心筋梗塞のリスクが5.9倍に上がっていました。
さらに…、普段から運動習慣がない人ほど、強い運動が心筋梗塞の引き金になりやすいと報告されています。
| 普段の運動の頻度 | 強い運動の直後1時間のリスク |
|---|---|
| 週1回未満 | 107倍 |
| 週1〜2回 | 19.4倍 |
| 週3〜4回 | 8.6倍 |
| 週5回以上 | 2.4倍 |
30年後にまとめられた12研究・約2万人のメタ解析でも、運動の習慣が週に1回増えるごとに、この引き金効果は約43%ずつ小さくなると報告されています。
Čulić V, et al. Eur J Prev Cardiol. 2023;30(9):794-804.(PMID 36790838)



普段あまり運動しない人が、年に一度の夏山だけ、いきなり急登を飛ばす
──これが、いちばん危ない登り方だということになります。
「突然死は登山初日・急登中」というデータは、まさにこの結果を反映していると考えられます。
④ 高所 ── 低酸素+寒冷が心臓の負担になる


3,000m級の山では、これに低酸素+寒冷刺激が加わります。
- 交感神経が緊張し、高血圧を起こす
- 酸素不足を補うために心拍数を上昇させる。
- 寒冷/寒暖差が突然死を引き起こす
➜高所順応と寒暖差対策が突然死予防に重要!
低酸素環境では、平地と同じ動きをしているだけでも生理学的な負荷が上乗せされます。
しかし、低酸素環境そのものが突然死のリスクになることを示した文献は乏しく、高所順応の有無が突然死に関与することが示されています。
AHA米国心臓協会が2021年に「心疾患患者の高地での運動に関する声明」を出しています。
- 高所での突然死の50%超が初日に起きる。
- 標高1,000mより上で1晩寝ることで突然死リスクが減弱する
と報告されています。



つまり、高所=低酸素環境そのものが悪いというよりも、“高所順応不足が突然死リスクになりうる”ということです。
逆に言えば、“しっかり順応することで突然死リスクを下げられる”ということですね。
もうひとつ、高所には「夏なのに寒い」という顔があります。
寒冷刺激や寒暖差は突然死の誘引として知られており、暑さと寒さが入り乱れる夏の高所はハイリスクと言えます。
Nakashima T, et al. Heart. 2021;107(13):1084-1091(PMID 34001636)
実際に富士山では標高3000mより上部で体調不良による死亡事例が多いと報告されています。
朝日新聞が山梨・静岡両県の遭難記録を独自集計したところ、
- 2023〜2025年の3年間に富士山で「体調不良」により亡くなったのは16人
- 16人のうち13人(81%)が標高3,000mより上で死亡した。



なお、16名の死亡者は
✔ 全員男性
✔ 1名をのぞいて中高年:38歳〜77歳(中央値59歳)
✔ 38歳男性も死因は病死の可能性が高いと報道
➜いずれも心臓突然死の可能性が高いと考えています
ただし、富士山は3,000mより上を歩く時間が長い山なので、一概に「3,000mだから危ない」ことの証明にはなりません。高所という要因に加えて、上り終盤で疲労が溜まっている≒交感神経活性が高まっていたことも要因の1つでしょう。
低山で心臓突然死している事例も多数報告されていますので、低山だから安全ということはありません。
夏山×心臓の危険な方程式
暑さ(心拍数↑) + 脱水(血液濃縮・心負荷) + 急登(交感神経↑) + 高所(低酸素・寒冷)
= 心臓への急激な負荷
最大の予防は「自分のリスクを事前に知る」こと


くり返しますが、登山中の心臓突然死の多くは前兆がありません。
つまり、「体調が悪くなってから引き返す」という当日の判断では、間に合わないことがあるということ。
だから、登山中の心臓突然死を防ぐ方法は、山に登る”前”の予防にあります。
- 対策①:自分の心臓のリスクを”数値化”する≒登山者検診
- 対策②:心拍数を管理して”急登のペース”を抑える
- 対策③:環境対策
- 危険な時間帯を避ける
- こまめな水分・電解質補給
- 睡眠不足・二日酔いでの入山を避ける
- 高度順応できる日程にする
- 防寒対策も忘れずに
対策① 自分の心臓リスクを”数値化”する(登山者検診)
いちばん重要なのは、「自分の身体の状況」を事前に知っておくことです。
とくに、心筋梗塞・狭心症の既往、高血圧、糖尿病、脂質異常症(コレステロール高値)、喫煙歴がある方は、リスクが高い側に入ります。
オーストリアの研究グループは、山岳ハイキング中の心臓突然死のリスク因子を分析しました。
すると、
- 心筋梗塞の既往があると、オッズ比10.9倍
- 糖尿病で7.4倍、コレステロール高値で3.4倍
一方で、
- 日頃から山や運動の習慣がある人はリスクが低い
Niebauer J, Burtscher M. Int J Environ Res Public Health. 2021; 18(4): 1621./Burtscher M et al. の一連の研究より



繰り返しになりますが、
山岳突然死の多くが「隠れ心臓病」であり、亡くなった本人は「自分は健康だと信じていた」という点は知っておきましょう。
先ほどのJMSCA報告書で亡くなった16人のうち、循環器の既往症があったのは1人だけでした。
2013年に長野県の夏山で心臓突然死された14人も、ご家族への聞き取り調査では心臓病の既往を持つ人は1人もいませんでした。
だからこそ、山岳医による運動負荷まで含めた評価ができる”登山者検診”をお勧めします。
心電図や運動負荷の評価を通じて、「現在の体で登山を続けて大丈夫か」「どのように登るべきか」を数値と経験でできる限り具体的に相談できます。





実際に松本協立病院の登山者検診を受診した方の11.3%が何らかの心疾患が発見され、治療されています。
(2019年4月〜2026年3月末時点)
これは当初に想定した以上の割合です。
山岳突然死をする方は氷山の一角であり、その背景には非常に多くの登山者が不安定な状況で登山をしていることが示唆されます。
対策② 心拍数を管理して”急登のペース”を抑える
心臓突然死を来しやすいのは、「登山初日・急登中」でしたね。
ということは、登り始めの飛ばしすぎを抑えることで、心臓への過剰な負荷を是正することができます。
- 特に最初の30分〜1時間は、あえてゆっくり(会話ができるペース)
- 心拍数を”見ながら”登る──感覚だけに頼らず、上がりすぎたら意識的にペースを落とす
- 暑い日・寝不足の日は、いつもより一段控えめに
心拍数を”登山の目安”として使う考え方は、こちらで詳しく書いています👇


心拍数を”見ながら”登るには、心拍計測ができるGPSウォッチが便利です。僕自身も愛用していて、機種ごとの得意・不得意はこちらのレビューでまとめています(心拍計としての実力も比較しています)👇


血圧を山で”可視化”したい方には、腕時計で血圧が測れるモデルのレビューもあります👇


ただし、スマートウォッチの心拍・血圧・SpO₂は”参考値”であって、心臓突然死を予知・診断できる医療機器ではありません。
心拍数はあくまで「飛ばしすぎ・ハイペースに気づくための目安」です。
異常を感じたら、あなた自身の症状を優先して行動を止めてください。
対策③ 環境対策
- 危険な時間帯を避ける:涼しい早朝スタートで前半をゆっくり通過する。
- こまめな水分・電解質補給:のどが渇く前に、少しずつ。脱水による血液濃縮を防ぐ。
- 睡眠不足・二日酔いでの入山を避ける
3,000m級では…
- 高度順応できる日程にする:低酸素の負担が上乗せされるため、一気に高度を上げて心臓に負担をかけないようにしましょう。
- 防寒対策も忘れずに:寒暖差は突然死リスク!



持病があって「この体で山に登っていいのか」不安な方は、ぜひ一度事前に相談・評価してみてください。
“登らない”ではなく、“どうすれば安全に登れるか”を一緒に考えるのが僕らの仕事です。
仲間が倒れたら ── 最初の数分がすべて


仲間が倒れた!最初にすべき4つの行動
予防を尽くしても、突然死のリスクはゼロにはできません。
目の前で仲間が突然倒れたとき、最初の数分の行動が生死を分けます。
細かい手技より、「順番」を体で覚えておくことが大切です。
- 反応を確認する:肩を叩いて声をかける。反応がなければ大声で仲間を集める
- 救助要請:電波が入らなければ、動ける人が電波の入る場所へ。同時にAEDの場所(山小屋・ロープウェイ駅・登山口など)へ人を走らせる
- 意識なし+正常な呼吸がない=心肺停止➜胸骨圧迫(心臓マッサージ)を開始
- 迷ったら心臓マッサージを始めましょう
- 仮に心肺停止ではない人に心臓マッサージをしても害はあまりないとされています
- AEDが手に入れば、電源を入れて音声ガイドに従う
山では救助まで時間がかかります。
だからこそ、その場に居合わせた仲間の胸骨圧迫+AEDが最も大切です。
登山中の心肺蘇生の詳細については、過去に記事にしているので以下をご参照ください👇️




意識はあるが胸を苦しがっている場合には…


心臓突然死はいきなり倒れるケースばかりではありません。
その前段階として、急性心筋梗塞のために胸痛で苦しんでいるケースのほうがむしろ多いくらいです。
ここで注意すべきは、急性心筋梗塞の胸痛は「歩けなくなるほどつらくはない」ということです。
胸痛というよりも、胸部圧迫感と呼ばれる症状であり、我慢すれば行動を続けられます。
しかし、心筋梗塞のときに行動を続ければ、突然死リスクが跳ね上がります。
身体ひいては心臓を休めることで心臓のダメージを減らすことが大切です。
登山中に心筋梗塞を疑ったら以下の3つを行いましょう。
- 救助要請
- 無理に動かず心臓を休める
- 低体温症対策をする



心筋梗塞なら動かないのがベスト。
一方で、山中では動かないことで低体温症のリスクが高まります。
この両者のバランスをとるために、
✔ 環境リスク
✔ 時刻
✔ 安全地帯までの距離
を総合的に判断して行動を決めることが山岳現場では重要になります。
AEDは蘇生の要 ── 「登山前」に設置場所を調べておこう
AEDは心原性心肺停止状態から復活させうる唯一の道具です。
以下の文献では「山中での心肺停止で救命できた事例は全例AEDを使用」しています。


オーストリアの山岳で2005〜2015年に起きた心停止781件を調べた研究では、
- AEDを使った蘇生が行われたのは136件(17%)
- 生存した人は、全員がその場ですぐに心肺蘇生とAEDを受けていた
Ströhle M, et al. High Alt Med Biol. 2019;20(4):392-398.(PMID 31618064)
山中にはAEDはほとんどありませんが、近年多くの山小屋にはAEDが設置されるようになってきています。
では、どこにあるのかをどう調べるか。
AEDの場所を探せるサービスは、いま3つあります。
- 日本全国AEDマップ(株式会社アルム)
- 利用者の自由に投稿できるのがメリットだが、古い情報も混ざり信頼性は担保されていない
- 財団全国AEDマップ(一般財団法人 日本救急医療財団)
- 設置者が任意で登録
- AED N@VI/救命サポーターアプリ(公益財団法人 日本AED財団)
- 2人以上の”サポーター”が現地を確認して登録・更新する仕組み
- 上記2つと比較すると登録数が6分の1しかなく現時点ではオススメしない
| 日本全国AEDマップ | 財団全国AEDマップ | AED N@VI | |
|---|---|---|---|
| 運営 | 株式会社アルム | 一般財団法人 日本救急医療財団 | 公益財団法人 日本AED財団 |
| 登録数 | 約36.9万件 | 約36.6万件 | 約6.0万件 |
| 誰が登録するか | 誰でも投稿・編集できる+自治体の公開データ | 設置者・設置管理者が登録(公開の同意が必要) | 市民サポーターが申請し、2人以上の確認で登録 |
| 承認 | なし | 財団 | ゴールドサポーターか財団事務局。 申請から掲載までに最大1か月。 |
| 品質の担保 | 運営自ら「情報が古かったり誤っていたりする可能性」と明記 | 精度A〜Dのランク(パッド・バッテリ期限の管理状況を評価) | サポーターが継続確認。サポーター24,885人/週1,146件更新 |
| 独自の強み | 緊急モード(近隣AED一覧+119番に必要な住所をリアルタイム表示)、アプリあり | 厚労省の指示に基づく公式ルート。AED出荷時に登録書が同梱 | オープンデータとして他マップに提供する前提で設計 |
では、実際に山ではどうなのか。
主要な山域の山小屋を上記サイトで調べてみました。
| 山域 | 日本全国AEDマップ | 財団全国AEDマップ |
|---|---|---|
| 八ヶ岳 | 5軒 赤岳鉱泉/行者小屋/オーレン小屋/硫黄岳山荘/青年小屋 | 1軒 硫黄岳山荘 |
| 槍・穂高 ・涸沢 | 3軒 槍ヶ岳山荘/槍平小屋/涸沢山岳総合相談所 | 5軒 槍ヶ岳山荘/槍平小屋/南岳小屋/涸沢小屋/北穂高小屋 |
| 常念・燕 | 1軒 大天荘 | 3軒 燕山荘/蝶ヶ岳ヒュッテ/大天井ヒュッテ |
| 白馬岳 | 3軒 頂上宿舎/天狗山荘/猿倉荘 | 3軒 頂上宿舎/天狗山荘/猿倉荘 |
| 立山・剱 | 3軒 天狗平山荘/立山荘/剣山荘 | 2軒 天狗平山荘/立山高原ホテル |
| 南アルプス (北岳) | 5軒 肩ノ小屋/北岳山荘/白根御池小屋/広河原山荘/広河原インフォメーションセンター | 2軒 肩ノ小屋/広河原山荘 |
| 富士山 (山頂から5km) | 32件 山頂の浅間大社奥宮も掲載済み | 吉田・富士宮の山小屋は多数登録。 ただし山頂の奥宮は未掲載 |
個人的な印象になりますが、日本全国AEDマップが最も使いやすいと感じました。
- 簡単に登録できるので、誤っていたり古い情報が掲載されたままになる可能性がある
というデメリットがある一方で、
- 山小屋関係者や登山者自身が山小屋などに設置されたAEDの設置情報を簡単に登録できる
- 情報が早い
- アプリやマップが見やすい
といったメリットが大きいと感じました。



事前にアプリで調べておいたうえで、最終的には自分の目でみて設置状況を確認しておきましょう!



AEDが設置されているのに掲載されていない山小屋・施設を見かけたらぜひ登録してください!
簡単に登録できますよ。
よくある質問(Q&A)
Q1. 健康診断で「異常なし」なら、心配いりませんか?
安静時の健康診断で異常がなくても、登山のような強い負荷がかかった時にだけ現れる異常は見つけにくいのが実情です。
目安としては、
- 全く異常なしでも60歳を過ぎたら
- 生活習慣病がある方は40歳を過ぎたら
運動負荷を含めた評価(登山者検診・CPXなど)を一度受けておくと安心です。
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Q2. スマートウォッチで心臓突然死は防げますか?
スマートウォッチだけで突然死を防ぐことは難しいです。
スマートウォッチがあっても事前に予測したり、発症したときにその場で対応できるわけではありません。
しかし、心拍数を見ながら飛ばしすぎを抑える、いつもと違う変化に早めに気づく、といった「ペース管理・気づきの補助」には役立ちます。
また、以下のような心電図機能を持った機種であれば「心房細動」の診断ができるため、特に中高年男性は持っておくことをオススメしています。
心電図計測が可能なオススメのスマートウォッチはコチラ👇️
Q3. 持病(心臓病・高血圧など)があると、もう登山はできませんか?
一律に「ダメ」ということはありません。しかし、ハイリスクとは認識してください。
大切なのは、病状のコントロール状況と、選ぶ山・ペースを、その人に合わせて設計することです。
適切に管理された高血圧の方が、無理のない山を選んで楽しんでいる例はたくさんあります。
逆に、コントロール不十分なまま適切な評価もなしに登山を続けるのは危険です。
“登れるか・登れないか”ではなく”どうすれば安全に登れるか”を、主治医や山岳医と相談して決めるのが理想です。
主治医に相談しても答えてもらえないという方はコチラをオススメします👇️
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まとめ ── “自分は元気”を過信しない
まとめです!
- 夏は「病気」の遭難が、夏以外の約2.6倍(遭難した人の6〜7人に1人)
- 病気遭難の死亡率は31.8%!(病気以外の約2.4倍!)
- 山で亡くなる原因の第3位が「心臓死」
- 山岳突然死には”型”がある
- 前兆なし・登山初日・昼前後・登り坂・空腹脱水時
- 上記を避けることが”登山中の突然死予防”につながる
- 夏に心臓が危ない理由=暑さ・脱水・急登、そして高所
- 山岳突然死事例の多くは心臓病の既往がない(=隠れ心臓病)
- 予防は3本立て
- 事前のメディカルチェック
- 心拍数で登高ペースを管理する
- 環境対策:危険な時間帯を避ける、こまめな水分・電解質補給、高度順応できる日程を組む、防寒対策
登山中の心臓突然死は、季節も、時間帯も、行動も、場所も、これだけはっきり偏っています。
その事実は、“知って備えれば、突然死リスクを減らせる”ということでもあります。
「今日は元気だから大丈夫」という根拠のない感覚を、「事前に知って調整したから大丈夫」という自信に置き換えていきましょう。
正しく備えれば、心臓に不安があっても山は楽しめます。
最後まで閲覧いただきありがとうございました!
※本記事は医療情報の提供を目的としており、個別の医療行為を推奨するものではありません。実際の症状や治療については、必ず医師・医療機関にご相談ください。


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