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はじめに
こんにちは!市川です!
僕の自己紹介はコチラ

循環器内科医としての病院勤務の傍らで、国際山岳医(DiMM)として以下のような活動をしています。
✔️登山者検診/登山者外来による予防・登山サポート
✔️赤岳鉱泉山岳診療所を運営(日本で唯一冬季診療も行っている診療所)
さらに「医療から登山をもっと安全に」をミッションとしてブログを通じて登山における医学的内容を発信しています。
2026年5月末〜Tozan Medical Officeを立ち上げました。
「山岳医療を、相談できる距離に。」
まずはTozan Medical Consulting〜登山×医療相談〜という名の登山者に対する個別のオンライン面談を開始しています。興味がある方はぜひこちらのリンクから詳細をご覧ください😊
今日のテーマはこちら👇
「山でバテて動けない。その時どう判断する?」です。
紅葉の季節、登りの途中で仲間が座り込んで立てなくなった。
あるいは自分自身が、休んでも休んでも足が出なくなった。
そんな経験はありませんか?
近年、「疲労遭難」が急増していることをご存知ですか?

警察が「疲労」を原因とカウントしている山岳遭難者数は、2019年 219人➜2025年 356人(遭難者全体の9.8%)まで増えました。
コロナ前と比較して、約1.6倍に増加しています。
なお、この「疲労遭難」は警察の分類であって、医学的な診断名ではありません。
疲労、いわゆる「バテ」の中身にはいろいろな要因が含まれています。
- 水分が足りなかったのか
- カロリーが切れたのか
- 体が冷えたのか
- 心肺機能の限界か
- 脚の力が尽きたのか
──統計には、その中身は書かれていません。
でも、登山者にとっては、大事なのはバテの中身です。
「疲労」の要因を医学的に捉えられれば、疲労の遭難は防げる。
僕はそう考えています。

バテって、要は体力不足ですよね?
鍛えるしかないんじゃ…



体力も原因の1つです。
しかし、バテにはいろんな要因がありますし、中には心臓病などの病気が潜んでいることもあります。
この記事の目標は、バテの「中身」を考えて、中身に応じて対応できるようになることです。
僕のこれまでの山岳診療経験からは、「多くの疲労遭難は、適切な知識を持って対処すれば、安全に登れるぐらいに回復させることも可能なケースが多い」です。
一方で、中には登頂を断念して、下山を優先させるべきケースもあります。
安全第一で考えるならば、疲労=バテてしまったら登頂は断念して下山するのが正解かもしれません。
しかし、僕は山岳医療の役割は、登山者に対して登頂を諦めさせることだとは思っていません。
「適切に評価して、安全に登山を続けられるかどうかを見極めること」が山岳医療の仕事だと考えています。
そのための手順を、この記事にまとめました!
- バテの評価
- 評価の順番は状況評価→一次評価→二次評価
- まず命の危機がある状態か:状況評価→一次評価。
- バテの中身は1つではありません
- 水分・カロリー・体温・体力・筋力低下などの要因を全部検討して、当てはまる問題は同時に対処する
- バテている本人は、意外とバテに気がつきにくい
- 秋山登山は喉の渇きを感じにくい
- 気づかぬうちに進行する脱水
- バテの裏に隠れている病気に気をつけよう!
- 山中で発症する心筋梗塞の多くは、本人が気づいていない。
結論 ── バテたときの対応フローチャート
結論からいきます!
バテたときの対応フローチャートは以下のとおりです👇ジャ~ン!


僕たち医療者が山で体調不良の人を診るとき、どんなときでも順番は同じです。
①状況評価 → ②一次評価 → ③二次評価
- 今いる場所は安全か
- 時刻と日没時間
- 天候
- 同行者と通信
- 中枢神経系:受け答えは正常か?
- 循環器系:冷や汗?顔色不良?手首で脈は触れる?
- 呼吸器系:安静時でも息切れ
➜上記の1つでも異常があれば、緊急事態
➜「改善しないバテは病気?!」へ
- 今日の行動を振り返る:前夜の睡眠時間、行動時間、水分量、摂取カロリー
- 持病について振り返る:過去の病気、内服薬の有無、アレルギーの有無
- 5つの質問で疲労(バテ)につながるものを探る:「二次評価」へ
⭕️回復した
①状況評価をもう一度行い、残り行程・時刻・天候・エスケープ・ビバーク装備の有無で「進む/戻る/泊まる」を決める:「残りの行程を歩き切れるか?」へ
❌️回復しない・悪化する
➜ 「改善しないバテは病気?!」へ



どんなときでも、
①状況評価
②一次評価
③二次評価
の順に評価することで、“重大で緊急度の高い問題=一次評価の異常”を速やかに見つけることができます。
「なぜバテたのか」を考えるのはもちろん大事ですが、一次評価に問題がないと分かってからでも遅くはありません。
この評価法は、以前の記事でも取り上げています👇


今回はこの手順を、「バテ」という一番よくある体調不良に当てはめます。
さて、全体像を踏まえたうえで、各論に移ります。
1つ1つの思考回路・行動を見ていきましょう!
状況評価と一次評価 ── 重大で緊急度の高い問題を先に見つける


なお、状況評価から一次評価までは時間をかけずに一気に行います。
そのうえで、行動が続けられなくなった場所が稜線上の風の通り道なら、二次評価より先にまず風をしのげる環境を作るほうが先です。
二次評価には時間がかかるため、安全な環境でないと評価に時間がかかることで、病態が悪化してしまうことがあるためです。
状況評価 ── 場所・時刻・天候・仲間
仲間が座り込んだら、原因を考える前に、まず周りを見ます。
- 自分と相手が安全な場所にいるか
- 風雨を避けられるか
- 落石や滑落の危険はないか
- 時刻:日没まであと何時間か
- 天候:予報と、現在の空模様
- 同行者と通信:誰がいて、電波は入るか
上記を把握しておくことで、一次評価以降の対策が立てやすくなります。
一次評価 ── 4つの項目を1分で見る
一次評価とは、いのちに関わる3つの障害──中枢神経(脳)・循環(心臓と血管)・呼吸──に異常がないかを確かめることです。
以下の4項目を1つ10秒程度、合計1分以内に評価しましょう👇
| 評価項目 | 問題なし | 問題あり |
|---|---|---|
| 意識と会話 (中枢神経系) | 普通に会話できる | 返事が遅い・つじつまが合わない・眠り込む |
| 手首の脈 (循環器系) | しっかり触れる・規則的 | 触れにくい・明らかに乱れる・休んでも普段より極端に速い/遅い |
| 冷や汗・顔色 (循環器系) | なし・顔色は悪くない | 顔色が悪く、冷や汗でぐったり |
| 呼吸 (呼吸器系) | 休めば呼吸が落ち着く | 休んでも息切れが続く |
一次評価に異常があったら ──
一次評価は、”生命に直結する異常”を見つけるための最重要ポイントです。
一次評価の4項目のうち1つでも「問題あり」なら、対応が遅れると命に直結しますので、二次評価に移る前に対応をする必要があります。
「休息しても改善しないバテは病気?!」へ進んでください。
すべて「問題なし」なら、ここからが二次評価。
「なぜ動けないのか」を考える段階に入ります。
一次評価に大きな異常がなくても、病気が隠れていることはあります。
そのまま二次評価に進みましょう。
パルスオキシメーターがあれば、酸素飽和度と脈拍数を同時に測れて、経時的変化も見られるためオススメです。
市川愛用のパルスオキシメーターはコチラ👇️
二次評価 ── 今日の行動を振り返れば、足りないものが見えてくる


自分の行動を把握する5つの質問
体調不良に対する対応の方向性を決める判断材料は、今日、自分が何をしたかにあります。
次の5つを順に振り返ってください👇
| 質問 | 要因 | 思い当たる行動 |
|---|---|---|
| 前日の睡眠時間は? | 疲労の蓄積 | 車中泊でほとんど寝ていない |
| 何をどれだけ食べた?飲んだ? | カロリー 水分・塩分 | 朝食を抜いた・行動食を2時間以上口にしていない 排尿回数が少ない・尿の色が濃い・汗の量に見合っていない |
| 気温と風、汗は? | 体温 | 寒冷環境:汗で濡れたまま休んだ・風・雨 暑熱環境:炎天・無風の登り |
| ペースと心拍は? | 体力(心肺機能・脚力) | 普段のペースと比較してどうか・コースタイムより速い・会話できない息づかい |
| 持病と薬は? アレルギーの有無 | 病気の背景 | 降圧薬・利尿薬・糖尿病の薬・インスリン・アレルギーの有無 |
【登山中の消費カロリー・脱水量を推定する式】
登山中の消費カロリー・脱水量=5×体重(kg)×行動時間(時間) kcal or ml
例)体重60kgの人が5時間登山したなら…
5×60kg×5時間=1500
消費カロリーは約1500kcal、脱水量は約1500mlが目安になります。
※脱水量は歩く速さ、荷物、気温によって変わります。
※登山中にはこのうち7−8割を補給すればよいとされています。
中原玲緒奈, 萩原正大, 山本正嘉. 登山のエネルギー消費量推定式の作成. 登山医学. 2006;26(1):115-121./山本正嘉『登山の運動生理学とトレーニング学』東京新聞, 2016
消費カロリーの目安(5×体重×行動時間)と行動食の量については、以前の記事にまとめてあります👇


前述の表の当てはまる行には、全部○をつけてください。
2つ以上つくのが普通です。
そして、◯がついた項目の中でどれが原因かなんて考える必要も時間もありません。
できることは全部やりましょう。
カロリーが足りなくて、低体温を疑う環境であれば…
防寒着を着込んで、行動食を食べましょう。
ペースが早すぎて、熱中症を疑う環境であれば…
休息してうちわで扇いで、水分・塩分(カロリー)を補給しましょう。
前夜の睡眠不足は社会人登山者あるあるかもしれませんが、その時点で疲労遭難予備軍だという認識は必要です。
【血糖値が正常でも、行動食が足りているとは限らない】
あなたが医療従事者であれば、低血糖を疑った際に血糖値を測定したくなると思います。
しかし、興味深い研究があるので紹介します。
- 21kmの山歩き(16人)で摂取カロリーを減らしたところ、血糖値は保たれたのに、反応時間・バランス・体温維持が悪化した
Ainslie PN, et al. J Appl Physiol. 2003;94(3):1075-1083. (PMID: 12571136)
検査ができなくても、行動歴や現状から対応することの意義は十分あると考えます。



この研究では、血糖値が保たれていても、食事が少ないと反応の速さやバランス、体温を保つ力が低下していました。
血糖値だけで「補給は足りている」と判断せず、何をどれだけ食べたかも振り返ることが大切です。
持病と薬 ── 診療所で実際にあったこと
5つ目の質問は、見落とされがちですが、
- 単純な疲労なのか?病気が隠れているのか?
- 薬の副作用ではないのか?
このあたりを見極めるためには、非常に重要になります。
生活習慣病=高血圧・脂質異常症・糖尿病を患っている登山者は非常に多いです。
これらは全て心筋梗塞のリスクファクターになるため、登山中の心臓突然死リスクを上げるとされています。
生活習慣病のある方が登山中に体調不良を訴えたら、病気の可能性がより高くなります。
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山岳診療所では、朝に薬を飲み忘れたからと、昼に倍の量の降圧薬を飲んで、低血圧でフラフラで行動不能になった方を診たことがあります。
また、インスリンを使っている方が疲労で遭難したケースもありました。
血糖測定ができていないので詳細は不明ですが、シャリバテ(低血糖)が背景にあった可能性があります。
【持病をお持ちの方は…】
- 薬は定時にしっかり飲む
- 山では食事の時間が曖昧になります。
- 事前に登山中の薬の飲み方について主治医に確認しておきましょう。
- インスリン・血糖を下げる薬を使っている人は、行動食を「時間」で摂る
- 血糖を下げる薬を使っている場合には、食事との関連は非常に重要です。
- 登山時のインスリンの使い方について事前に主治医への相談が必須になります。
高血圧の薬と登山の関係は、こちらの記事で詳しく書いています👇


山では原因を1つに絞る必要がない
「バテ」と一言で言いますが、中身は1つではありません。
水分不足、カロリー不足、体力不足(心肺機能)、脚力不足。
さらにカロリー不足の結果として体が冷え、低体温が「バテ」として表に出る人もいます。
やっかいなのは、これらの症状が重なることです。
だるい、ふらつく、頭が働かない、吐き気──低血糖でも脱水でも低体温でも、出てくるサインはよく似ています。
そして山には血糖計も体温計もありません。
したがって、山中では無理に原因を1つに絞る必要はありません。
原因が絞れないまま立ち止まっていると、何が起きるか。
歩けなくなった瞬間から、体は冷え始めます。特に秋山では顕著です。
長野県警の秋山情報にも、行動中に日没となり、行動不能になった事例が挙げられています。
だから、1つの原因に絞りきれなくても、方向性を決めて動く。
それが山でのやり方です。
バテている本人は、バテに気づいていない
二次評価の際に1つ知っておいてほしいことがあります。
バテている本人には、バテている自覚がないことが多い。
理由は単純で、判断力そのものが落ちているからです。
行動食が足りないと、注意力が低下し、反応時間とバランスが落ちます。
脱水も注意力を落としますし、低体温でも判断が鈍ります。
山岳診療所を受診する「疲労」の多くが、本人は理解できておらず「なんか体調が悪い=原因不明の体調不良」として受診します。
その判断そのものが、すでに「疲労=バテ」の影響を受けています。



「何かおかしい」「予定通りに行動できていない」と感じたら、
①状況評価➜②一次評価➜③二次評価と体調チェックをするよう習慣づけてください。


涼しい秋山では、気づかないうちに脱水が進む


夏はバテやすく、秋はバテにくい
5つの質問のうち、秋山で見落とされやすいのが「脱水」です。
涼しい環境では、暑い環境に比べて、脱水による運動能力の低下が目立ちにくくなります。


脱水が運動能力をどれだけ落とすかは、気温で大きく変わります。
暑いほど、わずかな脱水でパフォーマンスが急に落ちる。
涼しければ、同じ脱水率でも落ち方はゆるやかです。
では、「バテにくい」のに、なぜ疲労の遭難は秋にも多いのか。
秋には秋の落とし穴があります👇
寒いと、渇きが最大40%鈍る


8名男性を対象に、4℃(寒冷)または27℃(温暖)の環境下で、最大酸素摂取量(VO2 Max)の50%の強度で60分間、4回歩行。喉の渇き、血漿浸透圧、抗利尿ホルモンを調査。
- 4℃では、27℃に比べて渇きの感覚が最大40%低下
Kenefick RW, et al. Med Sci Sports Exerc. 2004;36(9):1528-1534. (PMID: 15354034)
当然、脱水が進行すれば、バテとして現れますが、喉の渇きを感じにくいので「脱水によるバテ」と気が付きにくいのです。
したがって、二次評価における脱水の程度を「喉の渇き」という感覚で評価すると誤認します。
感覚に任せるのではなく、前述の5つの質問にあるとおり、
- 登山中の脱水量を推定して、飲水量と比較する
- 尿の量、色を確認する
と言った方法で脱水がないかどうかを客観的に評価する必要があります。
また、長野県警は秋山情報として以下のような注意点も挙げています。
- 夏は水量のある水場でも、秋には涸れている場合がある
- 9月下旬から、多くの山小屋が営業を終了し始める
- 風速が1m上がると体感温度が1℃下がる
- 行動中に日没となり、ヘッドライト等を持っていなかったために行動不能となった事例がある
まとめると…、秋山のリスクは、
- 喉の渇きが鈍る
- 水場が涸れて水分補給しづらくなる
- 休憩のたびに汗で濡れた身体が冷たい風に冷やされる
となります。
休憩時の対応方法 ── 当てはまるものは同時に対処しよう


二次評価の5つの質問で該当する項目に対して、どれが真の原因か?などは考える必要はありません。
カロリー不足や脱水、寒さなど、当てはまる要因には同時に対応しましょう。



それまでの行動から何が不足しているか推測して(カロリー?水分?体力?温度?)、それらをすべて補充します。
例えば、寒い環境なら、20分間の休憩中にカロリー、水分を補給しつつ保温もします。
暑い環境なら水分、塩分を補給しつつ、あおいで体温を下げます。
つまり、1つ1つ潰すのではなく、想定されうる疲労要因を一気にすべて潰す感じです。
登山中には時間は大切で無駄に時間を浪費することが遭難につながります。
特に秋山では日没も早く、日没後には急速に気温が下がります。
決まった休憩時間はありませんが、目安としては20分
しっかり身体を休めつつ、足りない要因を補充して、疲労が回復するか様子を見てみましょう。
【対策のイメージ】
| 寒い日(秋の稜線・雨・風) | 暑い日(無風の樹林帯・残暑) | |
|---|---|---|
| 補給 | 温かい甘い飲み物+行動食(糖30〜60g) | 水+塩分(経口補水液) |
| 体温 | 濡れた層を替える・レインウェアを着る・風下に座る | 日陰に移る・あおぐ・首と脇を冷やす |
| 姿勢 | ザックに座って冷たい地面から体を離す | 足を上げて座る |
| 20分後 | ⭕️行動可能となれば、状況評価で次の行動判断を。 ❌️回復しない・悪化する場合には、一次評価から再チェック。病気の可能性も考慮。 | |
バテているときの行動食は、噛まずに済むものが役に立ちます。
バテている人は口が動きません。ようかん、ジェル、温かくて甘い飲み物などなど👇️
休憩で回復した➜残りの行程を歩き切れるか?


判断の材料は5つ
休息で回復したあと…
そのまま行動を続けるかどうかは、改めて状況評価を行いましょう。
コースタイム・時刻・天候・エスケープ・ビバーク装備の5つを総合的に判断します👇
| 項目 | 確認事項 |
|---|---|
| コースタイム | ここまでのコースタイムとここから先の予想コースタイムを比較する |
| 現在時刻と日没時間 | 日没まで何時間か ペースが落ちても日没までに下山できるか |
| 天候・気温 | 風・雨・気温低下の予報/稜線か樹林か |
| エスケープ・同行者の有無 | 近くに山小屋はあるか エスケープルートはあるか 同行者の有無 |
| ビバーク装備 | ヘッドライト・ツェルト・防寒着などいざとなったら一晩山中で凌げる装備があるか |
この先の予想コースタイムについては、ここまでコースタイムの1.5倍かかっているなら、残りも最低でも1.5倍はかかると見積もるべきです。
それで日没に届くなら、その時点で「撤退もしくは近くの山小屋に泊まる」を選択しましょう。
「戻る」=来た道を降りることが、必ずしも安全とは限りません。
山小屋が近ければ、行程を変更して、泊まるという選択肢も重要です。
休息による回復は一部だけ
20分休んで、回復して歩けるようになった。
ここからが、いちばん判断が難しいところです。
もともと体力・脚力がある方が、脱水やカロリー不足でバテていた場合
不足した水分・カロリーを補充しただけでも劇的に改善して、問題なく行動できるようになることが多いです。
一方で、根本的に体力・脚力が足りなくて、バテていた場合…
この場合には短時間の休息とカロリー・水分補給での回復は限定的であり、行動を再開するとすぐに再びバテてしまう可能性があります。
仮に登りは何とかなっても、下りで事故るのはこのためです。
残り行程で最も危ないのは下り


無理をしてなんとか登頂できたとしても、転倒・滑落事故の大半は下山中に起きています。
つまり、余力を持って登頂することが大切です。
転倒事故の4分の3は下山中に起きている(オーストリア・9年間5,665人)
- ハイキング中の転倒事故5,368件・5,665人を9年分(2006〜2014年)解析
- 75.3%が下山中、80.9%が整備された登山道や小道で発生
- 死亡した人の平均年齢は57.5歳で、非死亡例より約5歳高かった
Faulhaber M, et al. BMJ Open Sport Exerc Med. 2017;3(1):e000304. (PMID: 29259815)
富士山の下山では、疲労が強い人ほど転倒が多い(日本のデータ)
- 吉田ルートを下山した551人への質問紙調査。42%が下山中に転倒していた
- 吉田ルートでは疲労が軽い人、トレッキングポールを使った人で転倒が少なかった
Uno T, et al. Wilderness Environ Med. 2026;37(2):232-238. (PMID: 41138261)
トレッキングポールは、下りの筋肉のダメージを減らす
- ウェールズ最高峰スノードン山の登下降で、ポールあり群となし群を比較(37人)
- ポールあり群は登りの自覚的なきつさが低く、下山直後〜48時間後の筋力低下・筋肉痛・筋損傷の指標がいずれも小さかった
Howatson G, et al. Med Sci Sports Exerc. 2011;43(1):140-145. (PMID: 20473229)
バテた後の下りではトレッキングポールが威力を発揮します。
ぜひ登山装備に加えておいてください!
\ 僕の愛用トレッキングポール /
人気なのか製造数が少ないのか、万年売り切れです😅
もし販売しているところを見かけたら、オススメですよ😊
一次評価に異常がある・休息しても改善しないバテは病気?!


一次評価に異常がある場合
これは基本的に生命に危機が迫っていると考えます。
- 意識が悪い、会話がおかしい➜中枢神経系の異常
- 顔色が悪い、冷や汗➜循環器系の異常
- 安静時でも息切れがひどい➜呼吸器系の異常
いずれもすぐに対応しないと救助を待つ間に命を失いかねない危険な状態です。
しかも、①②③は個別に起こるわけではなく、それぞれ関連します。
②➜①、②➜③のような感じでどんどん進行します。
したがって、ここで一次評価の異常に対する対応を解説し始めると、それだけで1本の記事になるぐらいの文量なので、今回は割愛します😅
とても大事なところなので、またいずれ記事にできればと考えています。
一言で言えば、この場合にもやはり病態に応じた対応が必要になります。
なぜ一次評価に異常が生じているのか?そこを考えるのがポイントになります。
休息しても回復しない or 悪化する場合
通常の疲労=バテであれば、休息して不足した要因を補えば、回復に向かいます。
低血糖はカロリー補給で、脱水は水分補給で、低体温は保温で。
ところが、休息しても、補充しても体調が変わらない、あるいは悪化していくものがあります。
- 心筋梗塞
- 不整脈(心房細動)
- 重症高山病(高地肺水腫)
- 重症化した低体温症など
これらの初期症状は一見すると「ただのバテ」と間違えやすいので注意が必要です。
しかし、これら病気は現地でいくら対応しても悪化してしまうので、「病気が原因の体調不良」として見抜く目が必要です。
心臓病の初期症状は意外と一次評価は軽微
前述の通り「一次評価」は命に直結する異常を評価する方法です。
しかし、注意すべきは、登山中の心臓突然死をきたす代表的疾患である”急性心筋梗塞”
この初期症状の多くは、おそらく皆さんが想像しているよりも重症感はありません。



心筋梗塞や心房細動などの不整脈の場合、よほどの重症例でないかぎりは初期には一次評価の異常がごく軽微であり、気づきにくいケースも多いです。
心筋梗塞の典型的な症状である
「胸全体の圧迫感」
「肩や喉、奥歯への締めつけ感の波及」
などを覚えておき、リスク(生活習慣病や喫煙歴、年齢、性別など)を考慮して判断するのも大切です。
したがって、
一次評価の4項目(意識・手首の脈・冷や汗・息苦しさ)に加えて、心臓特有のサインを別に覚えておいてください。
- 胸全体の圧迫感(締めつけられる、重い、押される)
- 肩・喉・奥歯への締めつけの波及
- 動悸・脈の乱れ
- 休んでも戻らない息切れ
そして…
以下のような心臓病リスクがある方は、より心筋梗塞になりやすいという認識が重要です。
- 高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病
- 喫煙歴:過去の喫煙も含む
- 年齢:中高年
- 性別:男性
心臓が止まる前、半数には「警告」が出ていた
- 突然心停止839例(35〜65歳)の調査で、51%が4週間以内に胸痛や呼吸困難などの警告症状を経験していた
- 警告症状の段階で救急要請した人の生存率は32%
- 症状があっても救急要請しなかった人の生存率は6%
Marijon E, et al. Ann Intern Med. 2016;164(1):23-29. (PMID: 26720493)



僕の経験では、ほとんどの登山者が山中で心筋梗塞になっても、病院に来るまで心筋梗塞とは思っていなかったケースが大半です。
山中で「自分が心筋梗塞かもしれない」と認識できることは、命を守る上でとても重要です。
「バテ」だと思って自力で降りた心筋梗塞の2例


ここで、実際にあった2つの心筋梗塞の事例をご紹介します。
どちらも本人は「心筋梗塞だとは思っておらず」、「バテた・体調が悪い」と思っていて自力で下山してきています。
| 事例A | 事例B | |
|---|---|---|
| 年齢・背景 | 70歳代男性・登山歴50年・高血圧(薬3種)・喫煙46年 | 50歳代男性・登山歴10年・家族性高コレステロール血症・10年前に心房細動の治療歴・元喫煙者 |
| 症状が出たタイミング | 登りはコースタイム通り。山頂で昼食後、下山開始直後から胸の圧迫感を自覚。 | 横尾から涸沢への長い登りは無症状。 涸沢ヒュッテで休憩した後、涸沢小屋への短い登りと、小屋の階段で胸の圧迫感を自覚。 |
| 下山の様子 | コースタイム2時間の下りに4時間以上かけて休み休み自力で下山 | 翌朝に登頂を断念して下山開始。下りは平気であったが、小さな登り返しで胸部圧迫感が出現し、休み休み下山 |
| 結末 | 翌朝になっても症状が続くため、当院を受診し、急性心筋梗塞と診断。緊急カテーテル治療を実施。 | 3日目に徳沢ロッヂの階段で圧迫感+背中の痛み+吐き気。徳沢診療所の医師の判断で、急性心筋梗塞と診断され、当院に救急搬送。急性心筋梗塞に対して緊急カテーテル治療を実施。 |
どちらの事例もぱっと見は「バテているおじいさん・おじさん」にしか見えません。
本人たちも心筋梗塞とは思っておらず、なんか調子が悪いということで、事例Aの方は下山後に温泉に入っているぐらいです。



これらは笑い話ではなく、心筋梗塞は意外と軽症と言いたいわけではありません。
本人たちが心筋梗塞と自覚しないままに、なんとか下山してきたというのが問題なのです。
幸いにも彼らは病院にたどり着けましたが、中には病院にたどり着けずに山中で突然死をしているケースは決して少なくないです。
八ヶ岳から救急外来を受診した66例の内訳
「バテ」と感じている登山者の中に心臓の病気がどれくらい混じっているか、正確な割合は出せません。
ただ、手がかりになる数字があります。
八ヶ岳から諏訪中央病院の救急外来を受診した66例(2022年の1年間のデータ)


- 外科的な疾患(ケガ)51例(77%)
- 内科的な疾患15例(23%)
- 内科15例の内訳:急性心筋梗塞4例(最多)、熱中症3例、低体温症2例、高山病2例、心房細動1例、気胸1例、前庭神経炎1例、COVID-19 1例
諏訪中央病院救急外来 2022年集計(八ヶ岳からの受診66例。同院救急科 齋藤医師よりデータ提供)
この集計では、内科の病気15例のうち、最も多かったのが急性心筋梗塞の4例でした。
もちろんそもそも病院にかからないような軽微な病気もあるので、一概には言えません。
しかし、山中で突然死してしまう事例は一部で、その背景には山中で心筋梗塞をきたしたものの、なんとか病院にたどり着いている方は多くいるというのが僕の臨床経験でもあります。
山の心臓突然死の全体像については、こちらの記事で👇


登山と急性心筋梗塞の関係について知りたい方はこちらの記事をどうぞ👇️


登山中の突然死の主因「急性心筋梗塞」とは? 登山中の突然死の主因である「急性心筋梗塞」について、循環器専門医が登山者の視点から解説。発生メカニズム/よくある誤解/典型的な症状/山中での応急対応/予防法までを、事例を交えてわかりやすく紹介。胸の違和感を軽視しないための実践的ガイドです。
動くか、動かないか
一次評価に異常がある。あるいは心臓特有のサインがある。
そのとき、原則は救助要請です。生活習慣病や喫煙歴など心臓病リスクのある方は、特に注意してください。



原則は救助要請です。動かないほうが心臓の負荷を減らせるからです。
しかし、救助と言っても、結局そのほうが時間がかかるケースもありえます。また、秋山では停滞することが低体温リスクになります。
したがって、自分のいる場所、時刻、天候などを総合的に判断して、歩いて下山、もしくは山小屋まで移動したほうがいいケースもあります。
つまり、ここでも状況評価が必要になります。
救助要請を先に出したうえで、保温しながら救助を待つべきか、早めに動いて安全地帯に逃げ込むか、場所・時刻・天候で総合的に判断することになります。
救助要請を選択したとしても、それはゴールではありません。
到着までは数時間、荒天や夕方以降なら翌朝になることもあります。
その間をどう安全に過ごすか。
秋山はあっという間に体温を奪います。
こういった事態に備えるためにも、たとえ日帰り登山であってもビバーク装備の携帯は必須だと言えます。
ビバークの登山医学については、次回の記事で詳しく書く予定です。
乞うご期待😊
無事に降りられた方は、1分でも早く救急車で病院を受診してください。
心筋梗塞は本来1分1秒を争う緊急疾患です。その数分が命を守り、その後の後遺症を軽減します。
残念ながら心臓病を患ってしまった登山者の方へ。
心臓病があっても登り続けるための登山者外来については、こちらから👇


まとめ ── バテたときの手順をもう一度
まとめです!


- まず命の危機がある状態か:状況評価→一次評価(意識と会話・手首の脈・冷や汗・息切れ)
- 1つでも異常なら即対応して、原則は救助要請
- バテなら、その要因は何か?
- 5つの質問で今日の行動を振り返り、水分・カロリー・体温・体力のうち足りないものを列挙する。
- 本人の「感覚」は当てにせず、客観的に判断する。
- 足りない要因をできるだけ補充する
- 当てはまるものを同時に補充して20分ほど休息する。
- 寒ければ補給+保温
- 暑ければ水・塩+冷却
- 当てはまるものを同時に補充して20分ほど休息する。
- 回復した体で、残りの行程を歩けるか
- 残りの行程・時刻・天候・エスケープ・ビバーク装備で「進む/戻る/泊まる」を判断する
- 休息しても改善しない/悪化するなら病気を疑う
- 胸の圧迫感、肩・喉・奥歯への締めつけがあれば心臓を疑い、原則は救助要請
紅葉の稜線で、仲間がバテて座り込む。
そのとき、あなたは何を見て、どう判断するか。
秋山ではただの疲労が、低体温症につながり、時に命を奪います。
一方で、「疲労遭難」は適切な知識があれば、自助努力で回復可能な遭難です。
さらに、バテ=疲労の中に隠れた命に関わる病気を見逃さないようにすることも重要です。
そのために適切に自分の体・仲間の体を評価して、対応を判断する。
山岳医療の知識を備えて、行動して、秋山を楽しく登ってください!
最後まで閲覧いただきありがとうございました!



バテた・体調不良がある…
そんなときには、「登らせない。下山させる。」が安全第一なのは確かです。
しかし、僕は登山を諦めさせるのは、山岳医の仕事ではないと思っています。
適切に評価して、
⭕️登れるはずの人は登るサポートをする
❌️ハイリスクな人はそれを理解させる
この姿勢が山岳医療の求められる姿です。
今回の記事が皆さんの判断の一助になれば幸いです!
※本記事は医療情報の提供を目的としており、個別の医療行為を推奨するものではありません。実際の症状や治療については、必ず医師・医療機関にご相談ください。






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